14話:キャリアウーマン……だけど?②

 人気読者モデル MIRA《ミラ》


 その正体は、紛うことなき涼森先輩。

 いくら有名人、熱狂的なファンがいるとはいえ。当時からオシャレに然程興味のなかった俺は、涼森先輩が読モとして活動していたことなど全く知らず。


 入社式で初めて挨拶したときなど、「綺麗なネーチャンだなー」程度の感想だった。

 隣にいた同期の因幡が気付くまでは。



「あ。MIRAだ」



 ガッシリ腕を掴まれた因幡が、廊下にまで連れ去られた瞬間を今でも鮮明に覚えている。


 その後、因幡と飲みに行ったときに、涼森先輩が赤文字系ファッション誌の看板モデルであったこと、順風満帆だったにも拘らず突然引退してしまったことなどを秘密裏に教えてもらった。


 その夜の帰り道は、MIRAについてググらずにはいられない。

 当然、検索結果にはMIRAという名の若かりし涼森先輩の画像や記事などが沢山出てくる。水着写真や3サイズなどのお宝情報も満載。気付いたらスクショしていた。

 お宝情報もさることながら、メイクやヘアスタイルだけでここまで印象が変わるものかと衝撃を受けたのが率直な感想である。


 人の噂も七十五日。誰にも気づかれず社会に溶け込む涼森先輩がすごいのか、初対面でいきなりMIRAの存在に気付いた因幡がヤバいのか。


 以上。元人気読者モデル、現キャリアウーマン。

 ハイスペックながら、少しミステリアスな経歴を持つ女性こそ、涼森鏡花という存在だ。




※ ※ ※




「風間君っ、ワインおかわりっ!」

「あの……、涼森先輩? このワインすげー高いんですけど……」

「飲まなきゃやってられません!」

「うす……」


 これ以上、意見しようものなら、ワイン瓶で頭をカチ割られる可能性アリ。震える右手を左手で押さえつつ、「ん!」と空になったグラスを突き出してくる涼森先輩へとお酌する。


 透明なグラスがルビー色の液体で満たされれば、酔っ払いお姉さんはクイッと一口。

 溢れ出る喜びを抑える必要はないと、恍惚な表情でうっとり。


「~~~~♪ シャトーが複雑でリッチ~~~♪」


 なんだろうなぁ。似たような日本酒好きの小娘がいたような気がする。

 どうして我が社の女性社員は、ここまで酒に強いのか。

 社風?


 一仕事終えた本来ならば、楽しい楽しい会食の時間だったのだろう。

 テーブルに並べられた、ハッシュドビーフ、カルパッチョ風サラダ、合鴨とクリームチーズの盛り合わせなどなど。至れり尽くせりなフルコースとワインを腹いっぱい、幸せいっぱい堪能していたのだろう。


 今現在、食事に集中できないのは何故だろうか。


「全く! 風間君はデリカシーがないよ! 女性の部屋を漁るとかスケベだよ!」

「はい……。スケベですいません……」


 アンサー。俺がファッション誌をガン見していたから。

 いくら高価で美味しいワインを飲もうとも、涼森神のご機嫌は傾いたまま。

 そんな先輩の顔が赤いのは、酔ってるから? 怒ってるから?

 両方なのだろう。


 そして、もう1つ。


「~~~っ……! 若かりし私を見られたぁ……!」


 恥ずかしいから。

 普段は余裕たっぷりなお姉さんが、これでもかというくらい羞恥に悶えている。両手で火照った顔を押さえ、スリッパをパタパタ鳴らす光景は『萌え』という言葉がよく似合う。

 すげー不謹慎だけども。


「そこまで恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか。裸見られたってわけでもないし」

「うう……っ、裸を見られたほうがマシだったまであるよ」

「…………。えっ!? それって、今ココで記憶飛ばせたら裸見せてくれるってこと――、」

「そこまで見たいなら、記憶飛ばすの手伝ってあげよっか?」

「ひっ……!」


 変身しました? と聞きたくなるくらい。

 萌えから恐怖へ。両手が仮面の如く涼森先輩から剥がれ落ちれば、ジト目を通り越したギロ目で睨まれてしまう。記憶どころか頭が吹き飛ぶビジョンしか思い浮かばなくなってしまう。

 エロスより命が大事。


「さ、さーせん……。記憶はステイの方向でお願いします……」

「素直でよろしい」


「君はスケベじゃなくて、ドスケベだよ」と昇格はしたものの、大切な命を守ることができて何より。

 落ちるところまで落ちれば、命以外、何を失っても怖くない。

 ドスケベな小生、恐る恐る挙手。


「あの、涼森先輩。質問いいですか?」


 育ちの良さが窺える。一口サイズの合鴨肉を口に運んだばかりの涼森先輩は、喋る代わりに小首を傾げる。

 そのジェスチャーだけでは、許可を得られたかまでは分からない。

 けれど、何も言えない今だからこそ、聞いてしまおうと思った。


「涼森先輩が人気読者モデル――、MIRAだったことを隠したい理由って、恥ずかしいからだけじゃないですよね?」

「っ!」


 咀嚼しながら聞いていた涼森先輩の動きが止まる。長い睫毛が揺れる。

 固まり続けるわけにもいかないと思ったのだろう。涼森先輩は水の力を借りて口の中をサッパリさせると、そのまま尋ねてくる。


「どうしてそう思うの?」

「うーん……、確信を持ってるわけじゃないんですけど、今回と前回の反応が結構違う気がしたからですかね」

「前回? ――えっと、この前のランチタイム中のこと、だよね?」

「はい」


 前回。それすなわち、因幡が涼森先輩が読モをやっていたことを伊波にバラそうとしたときのことだ。


「涼森先輩がMIRAだった頃のファッション誌を俺がガン見してたのって、前回の因幡と同じくらいやらかし度は大きいと思うんです。自分でいうのもアレですけど」


 下手すりゃ、因幡以上の刑に科されても、おかしくはなかっただろう。


「にも拘らず、今回の涼森先輩って『怒り』より『恥ずかしい』感情のほうが強いように見えるんです。因幡が伊波に秘密をバラそうとしたときは、本気で因幡のことをりにきてたのに」

「そんな、人を殺し屋みたいに言わないでくれるかな……?」

「さすがに殺し屋とまでは思ってませんよ。けど、それくらい必死になって因幡の口を封じようとしてたじゃないですか」

「……まぁ、そうなんだけどさ」

「ニュアンスが難しいんですけど、『恥ずかしいから黙らせたい』というより、『これ以上広まってほしくないから黙らせたい』って感じがしたんです」

「……」


 ついに涼森先輩は黙ってしまう。

 黙っているというより、考えているような気もするし、悩んでいるような気もする。悔しそうにも見えるし、ちょっと拗ねているようにも見える。


 何を考えているのかは分からない。分からないが、先輩の繊細で複雑な感情は、今飲んでいるワインのように思えた。

 そんなチープな表現が思い浮かんでしまえば、「俺も飲み過ぎてるんだろうな」と反省の色が滲み出る。


「あはは……、すいません。ちょっと踏み込みすぎッスよね。あの、涼森先輩が言いたくなかったら全然スルーしていただいても――、」

「ずるい」

「えっ」

「ここまでグイグイ聞いてきたくせに、最後の最後でいなくなろうとするの、ず・る・い」


 何この人、超可愛いんですけど。

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