13話:キャリアウーマン……だけど?①
「うし。直ったぁ……!」
パーツの交換作業も終わり、キーボードチェッカーで不具合が無いかも確認完了。
背伸びしつつ、窓から差し込む夕陽を目一杯に浴び込む。
オートロック式のデザイナーズマンションというだけでも恐れ多いのに、日当りも良好。
日当たり? ナニソレ美味しいの? 教えて環境アセスメントな
無駄な切なさや敗北感を味わってしまうものの、最後の動作チェックを見守ってくれていた涼森先輩の笑顔を見てしまえば、マイナスな感情など簡単に吹き飛ぶ。
「本当にありがとうね。風間君が直してくれたおかげで、明日からもバリバリ働けるよ」
「いえいえ。明日からは、あまり無理しすぎないように働いていただければと」
「えーっ。それじゃあ、明日からは風間君に沢山仕事回しちゃおうかな?」
「…………。……うす」
「あははっ! 嫌々なの丸分かり!」
「冗談、冗談」と肩を上下させる涼森先輩は、そのまま壁掛け時計へと注目する。
時刻は18時手前。黄昏時といったところか。
「ちょっと早いけど夕飯にしよっか。お腹ペコペコでしょ?」
「ぶっちゃけると、かなり減ってます。やっぱり変な時間に起きるのは良くないですね」
「そそ。規則正しい生活が一番だよ」
エプロンを整え直した涼森先輩がキッチンへ向かうと、そのまま炊飯ジャーを開く。
炊かれた白米からほんわり湯気が立ち上がれば、それだけで空腹が増してしまう。
「あとはバターライス炒めれば完成だから。悪いけど、もう少しだけゆっくりしててね」
「あっ。雑用くらいなら俺でもできるんで、どんどん使ってください」
「使わせてくれるの?」と尋ねてくるお姉さんにエロスを感じてしまうのはここだけの話。
「うーん。それじゃあ、来客用のテーブルと椅子の準備をお願いしちゃおうかな」
「お安い御用です。この修理したノーパソはどうします?」
「ここにあってもだよね。悪いけど、寝室まで運んじゃってください」
一つ返事しつつ、シャットダウンしたノーパソを抱えて移動を開始。
寝室。それすなわち、リビング以上にプライベートな空間。
そんな空間に入れるということは、後輩として信用されている証拠なのだろう。
「異性として、全く見られてないんじゃね?」という考察にも行き着いてしまうのがエグいところではあるけども。
そんなことを考えても悲しくなるだけ。さっさと任務を完了すべく寝室の扉を開く。
初見の感想。
家賃10万円で間借りさせてください。
柑橘系のルームフレグランスが部屋全体を包み込み、セミダブルサイズのベットは、いつでも夢の世界へ入れるようベッドメイキングがしっかり施されている。シーツの上にはルームウェアらしきモコモコなパーカーが無造作に置かれており、ちょっとした生活感がGOOD。
可愛らしい趣味もお持ちのようだ。手乗りサイズのぬいぐるみたちが専用の小さな棚に並べられ、案外、リビングよりも寝室のほうが素が出ているのかもしれない。
ギャップも感じつつ、『らしさ』もひしひしと感じる。
「やっぱ、スゲー勉強してんだなぁ」
PCデスクにノーパソを置きつつ、隣の本棚に注目。
資格に関する教本であったり、ビジネススキルを伸ばすための実用書であったり。3段ある棚の殆どが勉学で埋まっている。集英社や講談社、小学館だらけな俺ん家の本棚と大違い。
我が社に資格手当といった素敵な制度がないにせよ、直属の上司がここまで努力しているのだ。自分も何かしなければという感情くらい芽生える。
「何かオススメな本でも貸してもらおうかな」と思いつつ本を吟味していると、ふと、下段の左ゾーンに視線が吸い込まれる。
さすがは我が社のオシャレニスト。ファッションの勉強にも余念が無いようで、ファッション誌が各月ごと丁寧に並べられている。
のだが、
「これは――、」
とある一冊に違和感を覚えてしまう。
全て同じシリーズのファッション誌が並べられているにも拘らず、その一冊だけは、別シリーズのファッション誌。
別シリーズだから違和感を抱いているわけではない。
他の雑誌が全て今年発売なのに対し、その雑誌だけは7年くらい前のものだった。
皆目見当がつかない。
――といえば、嘘になる。
何となしに理由が分かっているからこそ、その雑誌へと恐る恐る手を伸ばしてしまう。好奇心によって鼓動が高鳴り続けてしまう。
背表紙だけでなく表紙まで見てしまえば、好奇心は確信へ。
「おおう……! やっぱり……!」
砂漠を放浪する旅人がオアシスを発見したような。
それくらいの感動が、胸の内側から全身へと一気に込み上げる。
男の俺でも知っている有名ファッション誌の表紙を飾るのは、20歳くらいの少女。
モデルの名はMIRA。
明るめにカラーリングされた髪はゆるふわパーマで、透明感バツグンの色白な肌、大人びた容姿には少々派手目なメイクがピッタリ。
凜と涼し気な双眸に目を合わせてしまえば、雑誌を手に取った者の心を掴んで離さない。
余裕さえ感じさせる微笑を向けられてしまえば、男女問わず魅力に取りつかれてしまう。
かなり人気のある読モなのだろう。表紙に
「ファッション誌というより、MIRA情報誌じゃね?」と言いたくなるくらいの特集っぷり。若い子たちのインフルエンサーだったことが容易に想像できる。
若い頃でさえ、ここまで輝いていたのだ。今現在はさぞかし綺麗なお姉さんになっているのではなかろうか。
というか、
「実際、綺麗なお姉さんなんだよなぁ」
「風間君、テーブルと椅子、何処にあるか――、」
「へ。―――!!!???」
非情に懐かしい。自室でエロDVDをいそいそ見ていると、オカンがいきなり入ってきたかのような。
「……そ、その雑誌……!」
扉前。リビングからやって来た涼森先輩が、凜とした双眸を大きく見開いている。
そりゃそうだ。後輩が禁断の書をガン見しているのだから。
「あっと、そ、その! あははははは……!」
まさに何も言えねぇ。
しかし、このまま何も弁明できなければ、先日の因幡と同じエンディングが待ち受けているわけで。
まだ死にたくないからこそ、目一杯の作り笑いで言うしかない。
「えっと……、この本貸していただけませんか? ……MIRA先輩?」
「~~~~っ! か、貸すわけないでしょ! というか、その名前で呼ぶなバカ―――――ッ!」
「どわぁぁぁぁぁぁ! バカですんませぇぇぇぇぇん!!!」
俺が爆弾処理班だったら大失敗だったと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます