12話:涼森鏡花はキャリアウーマン③
素晴らしき休日を通り越して、「明日死ぬのでは……?」と心配になるレベル。
本日、何度目だろうか。修理作業中の手を止め、部屋を見渡してしまうのは。
白を基調とした室内は、『洗練』という言葉が相応しい。
服同様、インテリアのセンスも抜群。柔らかく室内を照らす間接照明、白を彩る緑々しい観葉植物、額縁に飾られたアートボードなどなど。ガラステーブルに置かれた伊右衛門のファミリーボトルでさえ、この夏イチ押しのマストアイテムに見えてくる。
YES,涼森先輩宅なう。
ムフフなイベントなど起こらないことくらい分かっている。けれど、俺も立派なものがぶら下がっている益荒男。モジモジ&ソワソワしてしまう。
「風間くーん」
「ひゃい!?」
ごめんなさい、ただのモヤシっ子です。
声のする方へと振り向けば、キッチンにいる涼森先輩が、『おいでおいで』と俺を手招いている。
「キョロ充きっしょ」と蔑みを受けることを覚悟しつつ、キッチンへと小ダッシュ。
どうやら、邪な気持ちを見透かされたわけではないらしい。
「味見してもらっていいかな?」
「は、はい喜んで!」
居酒屋テイストな返事をしつつ手を差し出せば、鍋で仕込み中のハッシュドビーフを小皿によそってくれる。
匂いや見た目だけでも美味さが伝わってくるし、口に含めば確信へ。
「うす。死ぬほど美味いッス」
「風間君死んじゃうの? だったら盛大に焦がしちゃおうかな?」
「訂正します。生き返るほど美味いんで、そのまま食わせてください」
「あははっ! 仕方ないなぁ」
笑ってくれる涼森先輩が天使すぎてツラい。
キッチンでイチャイチャ。ちょっとした新婚生活ごっこに多幸感を抱いてしまうのは、独身男だから仕方がない。
そもそもの話、涼森先輩のギャップがズルい。
普段はスーツを着てバリバリ働くキャリアウーマンなのに、今現在はエプロン姿に髪を1つにまとめた家庭的な女性モード。休日のマイホームということもあり、いつも以上に柔らかい笑顔が多いのもチート要素の1つだろう。
オンラインゲームだったら、通報ボタンに手を伸ばす自信しかない。
しかし、幸せな気持ちと同じくらい、『申し訳なさ』も感じている。
「何かすいません」
「うん? どうして謝るの?」
「いや、だって。日々の恩返しのつもりで修理を引き受けたのに、夕食をご馳走してもらえるんですから」
俺が修理している手持ち無沙汰の間、涼森先輩は一緒に食べる夕飯を作ってくれている。
一見すると合理的に見えてしまうが、これではプラマイゼロ。恩返し感が弱まってしまうのは言うまでもない。
俺の申し訳なさなど何のその。涼森先輩は全く意に介していない様子で、
「浮いた修理費で美味しいものが食べられるんだから。私としては万々歳だよ」
「万々歳……、ってことでいいんですかね」
「いいのいいの。それにさ、こういうときじゃないと開けられないんだよね」
意味ありげな発言に思わず首を傾けてしまう。
「開けられない? えっと、何が開けられない――、……あっ」
論より証拠といったところか。鼻歌まじりの涼森先輩が、床下にある収納庫から『とあるモノ』を取り出す。
「ワイン?」
「せいかーい♪」
涼森先輩が見せてくれるのは、ボトルに入った赤ワイン。
イタリア産、フランス産、はたまたチリ産? 語学に乏しい俺では、ラベルに書かれた文字だけで、どこ産のワインか見当がつかない。
とはいえだ。英検3級の俺でも、『GRAND』や『Classe A』といったワードが力強いオーラを纏っていることくらい分かる。
「あの、涼森先輩……? そのワインから諭吉の亡霊が複数見えるんですけど。ぶっちゃけ、かなり高価なワインですよね……?」
「…………。えへへ……」
何その、可愛さとドン引きの両立。
俺より稼いでいる人が照れ交じりに小さく舌を出すのだから、想定以上の諭吉たちが成仏している可能性大。
「取引先の人に、理不尽に怒られ続けた週があってさ。『すっごいムカつく~~!』って思った週末の帰り道、デパートで衝動買いしちゃった」
「成程……。思い切って買ったものの、開けて飲むのは躊躇ってた感じッスね……」
「お恥ずかしい話なんだけど、そういう感じッスね」
真似して笑っとる場合か。可愛いけども。
涼森先輩のストレス解消方法は、どうやら衝動買いのようだ。
社会人、ましてや社畜ともなれば、ストレスの発散方法を1つや2つ持っているに越したことはない。自慢じゃないが、俺だって持っている。
俺のストレス発散方法は、FPSやTPSゲームで腹立つ奴を思い浮かべながらマシンガンを乱射することであったり、カラオケの長時間パックでシバきたい奴をイジる歌を熱唱し続けたり。主に
キャリアウーマンな涼森先輩でもストレスが溜まることがあるんだと、むしろ安心さえしてしまう。
「というわけだから、気兼ねしないで一緒に飲もうよ。コンペで風間君の案が採用されたお祝いも含めて。ね?」
全くを以てズルい。こんなアルハラだったら、毎日でも受けたいって思える中毒性があるのだから。
憧れの先輩のお言葉に甘えたいに決まっている。
「そう、ですね。そういうことなら、折角なんで美味しい料理とワインご馳走になります」
「うん♪」
嬉々とした表情の涼森先輩がキッチンへと向き直れば、俺も一仕事片すべく意気揚々とリビングに戻る。
我ながら単純な男だと思う。
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鏡花先輩のイラスト、是非見ていただきたいです。
めちゃくちゃ美人です……!
-公式ページ-
https://fantasiabunko.jp/special/202111shinsotsu/
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