かくしものの種明かし
目を開けると、目を真っ赤に腫らしたドーマと目が合った。頭や手に包帯を巻いていて、ああやっぱり、と誰につけられた傷なのかを想像してしまう。頭はぼんやりしているけれど、ギリ、と痛いぐらいに手を握られているのはよくわかる。
……あれ、ドーマ?痛い?なんで?
「バカ、ラルドの大バカ野郎!俺言ったよな、死ぬのはだめだって!!」
かつてのポーカーフェイスはどこへやら、大粒の涙を零しながらドーマが僕に怒鳴る。耳の奥がキーンと痺れて、少し頭が痛くなる。……やっぱり痛いってことは、僕は生きてる?
「……お前さんら、マンドラゴラを手に入れることに必死で、他の事なんぞ調べてなかったろう?ラルゴがやる気がなくなると思って言わんでおいたのが、まさか功を奏すとは思わんかったわ」
おじいちゃんの声がする。落ち着いて周りを見渡すと、僕が寝ているのはおじいちゃん家のベッドだ。ようやく生きている事を信じられるようになったけれど、どうして生きているのかは全くわからない。僕は、……正確にはちょっと違うかもしれないけれど、勢いよくマンドラゴラを抜いて、それから……
体を起こして目をぱちくりさせる僕に、ドーマが前のめりになって話しかけてくる。
「それはそうとさラルゴ、見ろよこれ」
ドーマが見せてくれたのは、僕が引き抜いたマンドラゴラ。……だと思う。葉っぱはそれなりの大きさなのに、人型をしている根は僕らの小指ほどしかない。よく見ないとわからない大きさの目と口からは、叫び声を発するようには思えなかった。マンドラゴラの根っこは赤ちゃんのようだと言われるけれど、これは何だろう……豆?
「……え?おじいちゃん、これって本当にマンドラゴラ?」
「そうだが?」
「その変の草じゃなくて?」
「ラルゴ、お前さんにも葉だけならたくさん見せたろうに……」
おじいちゃんがベッドの脇に、農作業をするときに使う籠を置いた。籠の中には同じような豆粒マンドラゴラがたくさん詰めこまれていた。
「この季節は間引き、もとい生存合戦だからのう、タイミングがあってよかったわい」
「間引き?そんなことするなんてどこにも書いてなかったのに」
「そりゃ書いとらんわ、ワシ独自の栽培方法なんて」
間引き……そういえば、おじいちゃんがそんなことを言ってたような、言ってないような。扱い方を教わっただけで、僕もちゃんとマンドラゴラの世話をした事がないのでピンとこなかった。
「お前さんら……特にそこの少年が調べた通り、マンドラゴラは植物性の養分しか受け付けん。一般的には土に草属性の魔力をたっぷり吸わせて植えると書いてあったろう?ただそれも魔力の消費が激しいんでなあ、それならと近くに大量のマンドラゴラを植えて、養分の取り合いをさせとる」
「……じゃあ、この小さいのは?」
「その養分の取り合いに負けたマンドラゴラの、幼苗の搾りカスでの。ここまで小さくなると、薬効成分も魔力もないんで叫び声も失神程度で済むというわけだ」
つまり、マンドラゴラそのものに人を殺せるほどの力がないので僕は生きていたと。……多分、ドーマのお母さんも、無事だ。僕が死ななくてよかったことより、ドーマのお母さんが死ななくてよかったことの方が、ほっとする。
今考えてみると、僕はあの時すごく恐ろしいことを考えていた。混乱していたのはその通りだけれど、実行までした事にぞっとする。
「マンドラゴラの霊薬を手に入れたいならマンドラゴラはいらんからのう。もしものことがあるかもしれんと、わざと搾りカスを渡したというわけだ。教えとらんから、養分が抜けてるかどうかはラルゴにも分からんと思ってな」
「……だってさ」
ちょっとおじいちゃんに文句を言いたい気持ちはあったが、もしそうでなかったら僕は今頃死んでいるので何も言えない。ドーマはもうおじいちゃんから教えてもらった後らしく、すごいよなあ、と苦笑いしていた。
おじいちゃんがせき払いをして、続ける。
「子供だけの秘密にあまり水は差したくないから周りはなんも言わんがな、見てないとは誰も言っとらん。行き過ぎたら止められる、止められたら行き過ぎたと思う。そこは反省するこった。ラルゴは、特にな」
「……ごめん、なさい」
「まずはゆっくり休むこった。さすがに一番至近距離で聞いているから、力が入らんだろう。ワシは少し出かけてくるから、あとは好きにせい」
そういって、おじいちゃんはすぐに部屋から出てしまった。バタバタと扉の向こうから音がしたので、多分どこかに出かけたんだと思う。
とりあえず寝てろよ、と言われて、僕はドーマの言われるままに再び体を横にした。僕からは天井しか見えないけれど、ドーマがまだ近くで座っているのは何となくわかる。
しばらくして、ドーマが僕に話しかける。
「お前、あのおじいさんに俺のあざの事しゃべっただろ。あと……ラルゴが俺とケンカした後何したかも、おじいさんに、聞いた」
「ドーマに野菜を盗まれた」と、ドーマのお母さんに言ってほしい。
言われたドーマのお母さんがドーマをものすごく怒るとわかっていて、僕はそんなことをおじいちゃんに頼んだ。……今考えると、僕はひどすぎるやつだ。ちゃんとは覚えていないけれど、説得するときにドーマの体のあざについて口を滑らせてしまったんだと思う。
「…………怒ってるでしょ、ごめん」
「まあ、ちょっとは」
「……ちょっとじゃなくていいのに」
絶交されると思っていたから、安心すると同時になんだか涙が出てきた。横でこの顔をドーマに見られてるんだろうなあと思うとすごく恥ずかしいけれど、そんなことを言える立場じゃない。
「母さん……ラルゴと同じで無事なんだけどさ。……あのおじいさんがなんか言ったんだと思うけど、街中の人たちがカンカンで。母さんをみんなで怒りに行ってるんだって。……俺の事、もっと大事にしろって」
「……そっか」
「…………もう、叩かれないと、いいな」
ドーマが静かに泣く声が聞こえる。互いに顔は見えないけれど、僕らはそのまま疲れ果てるまで、泣いた。ついこの間は苦しくて泣いたけれど、よかったと思って泣くのはそんなに悪い事じゃないんだなあと思いながら、僕は寝た。
起きて元気になったら、ドーマと笑顔で秘密基地に行く。
そして、マンドラゴラを植えていた跡地を見て、バカだよねって笑いに行こう。
<了>
かくしもの 蒼天 隼輝 @S_Souten
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