いなくなるのが嫌な僕のかくしごと
僕のおじいちゃんは、薬に使うマンドラゴラを育てている。長い間死なずにマンドラゴラを育て続けられることは凄い事みたいで、いろんな薬を作っている街の人にとって、おじいちゃんはちょっとした有名人だった。
ドーマと、ドーマのお母さんだけがそれを知らない。少し前に、おうと?だっけ……お城の周りから二人が引っ越してきたばかりだから、おじいちゃんと話す機会もまだない。お父さんやお母さんが言ってたけど、ドーマのお母さんは街の人に「どうせ田舎の人なんて」とかひどいことを言うんだって。だから、誰もおじいちゃんがマンドラゴラを育てていることを、ドーマのお母さんに教えようとはしなかった。
ドーマはというと、僕らは最初引っ越して来たこともよくわかっていなかった。なんでも、ドーマのお母さんは僕らが今学校で教わっている事を、全部ドーマに教え終わったらしい。だから、ドーマはテストのときにしか学校に来ない。そして100点の答案を受け取ったら、またしばらく来なくなる。あまりに無表情でテストだけ受けて帰るので、学校でちょっとした空想大会が繰り広げられていたくらいには、僕らはドーマに興味を持っていた。結局、誰一人ドーマと話したことがなかったので、僕のおじいちゃんの話をドーマも知らなかった。ちょっかいをかけに行った男の子が結構いるらしいけれど、……言われてみれば、そのあとみんな大けがをしたみたいで最近見かけなくなっていた。
そんなドーマとたまたま図書室で会えて、しかもおじいちゃんからよく話を聞いているマンドラゴラの本を読んでいたのは、仲良くなる絶好のチャンスと思った。何度も食い下がって、ようやくドーマは「マンドラゴラを探してるだけ」と話してくれた。その日はそれだけで、ドーマは本を借りてすぐにどこかに行ってしまった。
その夜、おじいちゃんに僕は一つわがままを言った。小さくていいから、育てていいマンドラゴラを貸してほしいと。最近おじいちゃんにマンドラゴラの扱い方を教わっているし、絶対僕以外に触らせないからと、僕はとにかく駄々をこねまくった。おじいちゃんは、最初はだめだって言っていた。けれど、友達が欲しがっている事、それがドーマであることを聞いて気になったのか、一つ街外れの畑に植え替えておくと約束してくれた。
二人で見つけたあのマンドラゴラは偶然なんかじゃない。僕が、ドーマに喜んでほしくておじいちゃんに頼んだことだ。本にもいくつか間違ったことが書かれているのを僕は知っているから、本を元に指示をするドーマの言うことを聞かない時もある。僕がドーマより何も知らないのも、マンドラゴラに関してだけは、ウソだった。
……だから、もしドーマが一人で植え替えようとしても、きっと。
*****
ドーマとケンカした後、おじいちゃんにある事を頼んだ僕は震える足を何とか持ち上げてドーマの家に行っていた。どんなことになっているのか、ドーマはどうしているのか、……その原因は誰なのか。日が暮れ始めて長くなりつつある家の影に、ものすごく責められている気分になった。
でも、僕にできるのはこれしかない。そのために、ドーマは絶対に出てきちゃいけないんだ。……後でたくさん、怒っていいから。
ドーマの家のベルを鳴らすと、きれいな模様が入ったドアから女王様のようなドレスを着た女の人が出てきた。……ドーマのお母さんだ。出てくる時の顔が、とても怖くて忘れられない。震える手を胸の前でぎゅっと握りしめて、止めようとする。
「……街の子供が何の用かしら」
「あ、あの、ドーマ君の、こと……なんですが」
「あの子ならしばらく出てこないわ、かえって頂戴」
僕の頭に、シャツを脱いだドーマの姿が出てくる。その時のドーマの叫び声も。胸が痛い。心が痛い。冷たい目が、声が、とても痛い。今すぐこの人から逃げ出したいが、ここで本当に逃げてしまったら僕はドーマにひどいことをしただけになってしまう。……おじいちゃんまで巻き込んだんだ。僕が、何とかしないと。
「……あの、ドーマ君が盗んだものの場所……僕、知ってます。隠しているのを、見ちゃって」
「…………案内しなさい」
とても短かったけれど、先生や、お父さんお母さん……僕の知ってる誰よりも、怖い命令だった。ドーマはずっと、家でこんな気持ちだったのだろうか。だからずっと、笑わなかったのだろうか。ドーマの気持ちがわかる……なんて言えないけれど、全然よくないことは、わかる。
*****
ドーマとマンドラゴラを運んだあの日と同じ、夕暮れ時。あの時は興奮に胸を躍らせていたが、手も足も心も、ものすごく重い。後ろからは、ずんずんとドーマのお母さんが付いてきている。少しでも歩くのが遅れると、何してるの、と怖い声が飛んでくる。疲れて立ち止まったら僕も叩かれてしまうんだろうか。怖くて、後ろを振り向けなかった。
いつもの秘密基地の、ほら穴の前で立ち止まる。ドーマのお母さんは、最初に会った時と同じように怖い顔をして僕を見ていた。
「……あの、ここ、です。この中に、何かを抱えて入っていってて…………」
「そう。でも盗んだものと知っていたのよね?とってこれないの?」
「で、でも」
「聞こえなかったの?」
ドーマのお母さんは、入口から動こうとしない。僕は急いでほら穴の中に入る。夕方の時は、外からは何をしているのかが見えないことを僕はドーマと一緒に確認したことがある。
(……大丈夫。こうすれば、ドーマは助かるから)
茶色い毛布で隠していたマンドラゴラは、既にバケツに植え替えた後だ。右手でそっと葉っぱを握り、左手でバケツを抱えて毛布で手ごとバケツを隠す。入口を見るとドーマのお母さんが仁王立ちで立っていた。あとはあそこにたどり着けばいい。もう少しの辛抱だ。
(いなくなってほしくないから、いなくならないようにする。
ごめんね、ドーマ)
ドーマのお母さんが毛布で隠れた僕の手元をにらみつける。僕は、右手を握りしめて、左手をバケツから離した。もちろん、どちらも耳栓なんか、つけてない。
右手が急に軽くなるその瞬間までは、覚えている。
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