いなくなりたい君のかくしごと

 その次の日から、僕たちは毎日秘密基地にマンドラゴラの世話をしに行った。

 肥料になりそうな木の実を集めるのはドーマの仕事で、僕は集めた木の実からジュースを作り、マンドラゴラにあげる担当だった。マンドラゴラは新鮮な植物性の養分しか受け付けず、フンなどの動物性の養分はもちろん、腐った野菜にも反応して土の中で叫ぶことがあるらしい。これもやっぱりドーマに調べてもらった。もしかして臭いとだめなの?と感想を言ったら、ドーマに転がられるほど笑われた。……いい線行ってると思ったんだけどなあ。

 世話をすぐに終わらせた後、僕らはそのまま秘密基地で、次はどこの木の実を試してみようか話し合っていた。大体は、ドーマが知っている事を僕にも分かりやすく教えてもらう時間だ。毎日見る雑草一つをとっても、僕が気が付かなかったような知識をドーマは持っていた。かといって内向的な本の虫というわけではなく、活発でみんなのまとめ役になるようなタイプだった。


(……ドーマって、そんな子だったんだ)


 バカにするわけじゃなく、やっと知れたことへの喜びと驚きから、僕はずっとそんなことを思いながらドーマの話を聞いていた。


*****


 しばらく世話を続けたある日、ドーマがたくさんの本をもって秘密基地にやってきた。見せてもらったが、どれも僕には難しすぎてわからない。そろそろ勉強しないと母さんに怒られるから、と何となくドーマは元気がなさそうだった。邪魔しちゃいけない、と思って次取ってくる木の実の位置を一人で地図に書き込んでいたけれど、それもすぐ終わってしまう。なんだか居心地が悪くなって、僕はドーマの横顔を黙って見続けていた。

 真剣なまなざしで本を読みふけるドーマを見て、ふと僕らが友達になったあの日のことを思い出した。そして、その時からずっと聞けていなかったことをつい漏らしてしまった。


「ねえ、ドーマ。ずっと気になってたんだけど……なんでマンドラゴラを探してたの?」

「……、マンドラゴラってさ、薬、できるじゃん。あれが薬になる所、興味があって」

「えっ?薬屋さんの方が詳しいんじゃない?誰かきっと教えてくれるよ」

「ダメ。……俺が、自分でやることが大事なんだよ」


 普段は先生のように正しいことを教えてくれるのに、なんだかドーマっぽくない言い方に引っ掛かった。ドーマも本のページをめくる手が止まっている。頭のいいドーマにしては、やけにわかりやすいウソだと思った。


「……ねえ、本当は?」

「…………、から」

「ドーマ?」


「……死にたいから。備えをしないでマンドラゴラの叫びを聞いたら意識がなくなって、そのまま頭に上った血が沸騰して爆発する。爆発するまで何か叫んでるかもしれないけれど、少なくとも、意識があるうちには苦しまないで、死ねるんだって。さすがに、ラルゴのいない間に抜くつもりだよ。……ごめんな」


 僕は、頭が真っ白になった。最初以外はあまりの衝撃に耳に入ってこないし、その告白を吐き出す間のドーマの目は、怖くなるほど暗かった。しばらくは、顎が震えて言葉にならなかった。死んでしまうのは嫌だと伝えればいいのに、引き留め方がわからず混乱する僕の口からは、ずいぶん変な言葉が出た。


「……じゃあ、僕も一緒に死ぬね。ドーマがいなくなるのは、嫌だもん」



 ……次の瞬間、突然ドーマに頭を強くぶたれた。そのまま頬をぶたれてひっくり返る僕に、暗い目のままのドーマが覆いかぶさり、僕のシャツをつかんでいた。


「ラルゴのバカ!なんでお前が死ぬんだよ!なんで、お前まで、死ななきゃいけないんだよ!」

「だって、だってドーマがいいなら僕だっていいし、僕がだめならドーマだってだめだよ!なんで死んじゃうの!」

「死にたいから死ぬんだよ、俺はいいんだからほっとけよ!」

「嫌だ!ドーマもだめ!!」


 僕らは二人で、泣きながら互いを叩いていた。ドーマの顔は悲しいような、怒っているような、痛いような、苦しいような……とにかく辛い顔をしていた。僕は、自分でも泣いている理由がよくわからない。

 ドーマがふいに僕から離れて腕まくりをする。本格的にケンカが始まるかと思って見たその腕に、ひっ、と悲鳴を返してしまった。

 ドーマの腕は、あざだらけだった。細い腕を埋める赤と黒の斑点の意味は、さすがの僕にもわかる。震える僕の前で、ドーマがそのまま着ていたシャツを脱いだ。その体には、あざどころか何かで思いっきり叩かれた傷が深く刻みつけられていた。


「もう嫌なんだよ!どんなに頑張っても母さんが俺をずっとぶつのも!俺がだれかと仲良くしたせいで、その誰かが母さんのせいでひどい目に合うのも!今日だって、俺なんかと一緒にいるからラルゴが母さんに何かされそうだった!それが全部俺のせいなら、俺がいなくなればいい!」

「ドーマ……」

「俺がこんな体になってたのも知らないくせに、俺のことがわかってるかのように、死なないでとか、言ってくるな!!」


 何度も裏返る金切声に近い叫びに、僕は何も言えなくなってしまった。死ぬのはやめよう、という言葉はこんなにボロボロになっているドーマに届かない。そのためのマンドラゴラなんて、僕は、どうして手伝ってしまったんだろう。


 互いの涙が枯れた頃、服を着なおして本をまとめ、無言でドーマが洞穴を出ていく。マンドラゴラと一緒に、放心状態の僕だけが洞穴に取り残されていた。まだ日はそれなりに高いはずなのに、洞穴の中が寒くてたまらない。毎日帰るときにマンドラゴラにかけていた毛布にくるまり、僕はマンドラゴラの隣でうずくまっていた。


(こんなはずじゃなかったんだ。僕はあの日、ドーマと仲良くなれると思ったから……)


 ドーマほどはよくない頭で、僕は必死に考える。

 このままマンドラゴラを育てていたら、ドーマはいつか僕がいない間にマンドラゴラを抜いてしまう。ドーマの言う通り、何も備えをしていなければマンドラゴラの叫びで人は死んでしまう。やっと友達になれたのに、ドーマが死ぬなんて絶対に嫌だ。

 でも、僕がマンドラゴラを隠したら、ドーマは絶対に探し当ててしまう気がする。……そして、でドーマはやっぱり死んでしまう。

 どうしよう。どうしよう。ドーマがいなくならないようにするには、僕は何をしたらいいんだろう。


 僕の脳裏に、最初にウソをついた時以上にとても悪い作戦が浮かんでしまう。その中で、ドーマに僕はこれからひどいことをする。きっと許してもらえないだろうし、友達じゃなくなるんだと思う。ドーマならもっといい案を思いつけるかもしれないけれど、僕はそうじゃないので仕方がない。


 僕は、おじいちゃんの家に向かって走り出した。

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