かくしもの

蒼天 隼輝

2人の秘密のかくしもの

「もう少しだ、落とすなよラルゴ!」


 前を行くドーマの声に、うん、と返事をして駆け足で山の中を進む。抱えるバケツのせいで、僕の服も手も土だらけだった。町はずれの山道は、夕方なだけあって誰もいない。きっと誰にも見られていないはず。何度も確かめているのに、なぜか心がざわついてバケツを持つ腕に力が入ってしまう。

 坂を上がりきると、茂みの向こうに小さなほら穴がある。この一大イベントのために作った僕らの秘密基地は、まだ誰にも見つかっていない。ほら穴をのぞくと、奥にスコップを持ったドーマが待っていた。


「こっちだ、ちゃんと土は掘ったぞ」

「硬かったでしょ、ありがとう。後は、もう一度氷結薬をかけて……」


 バケツをそっと置いて、ドーマに持って行ってもらっていた素焼きの瓶を受け取る。バケツの中の土にかけると、瞬く間に凍っていく。バケツから生えている葉っぱを握り、凍った土ごとバケツから外す。思った以上に軽い感触で、ふわりと宙に投げそうになってしまった。そんな僕を見てちょっとぎょっとするドーマの横で、僕はやわらかい土の上にそっとバケツの形の土を置き、急いで土をかぶせ始めた。

 元が小ぶりなバケツなので、この奇妙な植え替えにそこまで時間はかからなかった。


「……これでよしと」

「間に合った、よな?」

「うん、だって僕らちゃんと生きてるし」


 僕らは顔を見合わせた。やや釣り目気味のドーマの目が、次第に細くなっていくのを見て僕が先に噴き出してしまった。それを皮切りに、僕らは大声で笑う。ほら穴の中で声が響いて、ここには二人しかいないのにもっと大勢と一緒になって笑っているようだった。


「……持ってこれたな、マンドラゴラ」

「うん」

「はは……全然実感ないけど、葉っぱは間違いなくマンドラゴラなんだよな」


 僕らの目線の先で、ほら穴に不釣り合いな緑の葉っぱが揺れる。街はずれの寂れた畑に不釣り合いな葉っぱを見つけ、ドーマが図鑑と見比べて確かにマンドラゴラだ、と興奮していたのが数日前になる。山の裏道を切り崩したような畑なので、街の人は存在を知らないはずだ。図鑑で見るんじゃなくてもっと本物を観察してみたい、と目を輝かせるドーマの表情が忘れられない。僕も本物のマンドラゴラをこんな身近で見られたことに、内心かなり興奮していた。

 そこから、僕らしか知らない場所にマンドラゴラを移す計画を立てていた。もちろん、マンドラゴラは引き抜くと人を殺す怪音を発する。いかにして引き抜かずにマンドラゴラを移動させようかという時に、ドーマが寒い地域でのマンドラゴラの植え替え方法の本を見つけてくれて、突破口になった。氷結薬は街でも魔導士の人が良く買っていくから、安い物はお小遣いさえ貯めれば僕らにも手が届く。

 こんなにうまくいくとは思っていなかったのはその通りだが、もっと想定外だったのは、やけにマンドラゴラが軽かったことだ。僕しかマンドラゴラを持っていなかったので、ドーマはその事を知らない。ちょっと申し訳なく思いながら、僕はドーマに切り出した。


「あー……えーと、小さいから、薬に使ったりとかはまだできないと思う。物凄く軽いもの。マンドラゴラってそうなのかなあ?」

「…………、じゃあ、小さいなら育てようぜ。俺、また本読んでしっかり育て方覚えてくるからさ」

「また明日ここでいろいろ作戦会議しよう」

「ああ、早めに来いよなラルゴ」


 差し出されたドーマの小指に、指を絡ませて軽く振る。絶対来ようと互いに念を押しながら、僕らはマンドラゴラに茶色い毛布を掛けてほら穴の外に出た。夕日はすでに山の中に落ちていて、暗くなるのも時間の問題だった。じゃあ俺急がなきゃいけないから、と全速力で坂を下りるドーマを見送り、僕も山道をゆっくりと降りて行った。



 ここにマンドラゴラがあるのを知っているのは僕たち二人だけ。その事実だけで、僕が浮かれるには十分だったのだ。

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