唯のなりすまし
涼格朱銀
1.そっくりさんの動画
文化祭が終わって、だんだんと冷え込んでくるようになった頃。クラスの出し物の演劇の練習に、軽音部の発表の練習にと忙しかった日々も終わり、私は久々に腑抜け生活を満喫していた。
そんなある日の朝。朝練などもなく、教室の自分の席でぼけっと座っていた私の肩を、ばんばんと叩いてくるやつが現れた。佳織である。
「ゆいゆいゆいゆい、昨日の動画、観たよ! ちょっといつもの唯と雰囲気違うよね、あれ」
――やかましい。
佳織のことは放置してぼーっとしていたいところだったが、放っておくとさらに肩を叩かれ、やかましいことになるだろうから、仕方なく私は振り返った。
椅子の背もたれに肘を置いて見上げると、佳織の、朝から鬱陶しいほど元気な笑顔があった。元気なのは結構だが、髪のセットは若干いい加減だった。彼女の肩まである緩くウェーブのかかった髪は、ところどころ明後日の方向へとっ散らかっている。
私は半ば無意識にブレザーのポケットから櫛を取り出した。
「髪が長いと手入れが大変なのはわかるけどさ。もう少しなんとかした方がいい」
そして、機械的に彼女の髪をとかし始める。
「ちゃんとやってきたつもりなんだけどなぁ」
「ウソでしょ。見ればわかるよ。これじゃ、やったとしても10秒くらいでしょ」
「すごーい。よくわかるね、そんなこと」
しょうもない会話をしながら彼女の髪を手入れしていると、なんとなく馬の世話をしている気分になってくる。実際に馬にブラシを掛けたことはないけど、たぶんこんな感じなんじゃないかと思う。
――ところで、なんで私はこんなことをしていたんだっけ。
ふと、私は手を止め、佳織の顔を3秒ほど見つめた後、言った。
「で、なんだったっけ」
佳織はしばらくこちらの顔を見返していたが、やがて「あっ」と言ったかと思うと、私の肩を再びばんばん叩き始めた。
「そうそうそうそう、昨日の動画観たよ! ちょっと人生に疲れたオトナって感じでカッコ良かったよ、あれ!」
「わかった、わかったから! とりあえず落ち着こう」
なんとか佳織を押さえつけるようにして静かにさせようとする。すでに教室にいるクラスメイトの何人かから「またか」という視線を向けられているのを感じた。
なんとか佳織をなだめたところで、彼女の言葉を思い返す。人生に疲れた大人って、格好いいだろうか。――いや、問題はそこじゃない。
私はその、問題点を口にした。
「昨日の動画って、何?」
二人の間に、沈黙が訪れる。
「あっ、あれ? あれって唯じゃないの?」
佳織は慌ててブレザーのポケットを探る。
佳織は普段から、わりかしそそっかしい子ではある。スマホをなくしたと言ってさんざん騒いだ挙げ句、結局はノートの間に挟まっていただけだったり、ウチの学校の校長の訃報が載ってたと新聞を持ってきて、よく見たら名前が似ている別人だったり。
なのでおそらくは、私のそっくりさんと間違えたとか、そういうことなのだろうと、私は推測した。
「あっ、ほら、これこれ」
佳織はようやく自分のスマホを取り出すと、件の動画を私に見せた。
その瞬間、私の胸は高鳴った。
そこに映っているのは、確かに私のようだった。私のような人が、私のように自分で作った曲を、エレキギターを弾きながら唄っている。
もちろんそれは私ではないから、「佳織が私のそっくりさんと間違えただけ」という私の予想は当たっていた。予想外だったのは、動画の中の「私」が、本当に私にそっくりだったことである。自分でも自分じゃないかと疑ってしまうほど似ていた。ショートの髪型や、白いカッターシャツの上に黒革の外套を羽織った服装、気怠そうに演奏する仕草もそっくりだし、ご丁寧に曲調まで似ている。
ただ、さすがにギターまでは同じものを用意できなかったらしい。私は主に黒いカーヴァスを使っているが、彼女は濃紺のアイバニーズ風のギター。オーダーメイドかカスタム仕様で、なかなか凝ったのを使っている。
「ほら、ペンネームも一緒でしょ? 『裏』って付いてるけど」
佳織に言われて名義のところを見ると、確かに私がネット上で使っている名義の頭に「裏」と付いているものだった。何という名義なのかは恥ずかしいから伏せておく。ともかく、これでわかることは、この人は単なるそっくりさんではなく、意図的に私の真似をしているということである。しかし、なぜ?
そりゃあもちろん、私がチャンネルフォロワー数300万の超有名動画配信者だったらわかる。だが、私のフォロワー数は300である。真似する意味がない。
――が、それはともかく。
「佳織。それ、もう止めてくれない? 教室で再生するのは、ほら、アレだし……」
言われて佳織は辺りを見回す。教室にいるクラスメイトのほとんどが、大音量で何やら流している私達の方を見ていた。またか、という表情で。
「あっ、ごっめーん。すぐ消すから……うわ! ちが……そうじゃなくって!」
「ああほら、貸して」
慌てすぎて音量を上げてしまった佳織からスマホを渡してもらい、アプリを閉じる。にわかに教室に笑い声が充満した。
ついでに音量設定も直してあげて、スマホを佳織に返したとき、彼女は何か言っていた。しかし私は、その言葉を聞き逃した。
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