2.図書室の片隅で
その日の昼休み。私は、図書室の隅の方にある日当たりのいい席を占拠して、ヘッドホンを掛け、スマホを眺めていた。
スマホの画面には例の、朝に佳織に見せられた動画が繰り返し再生されている。
こうして落ち着いて繰り返し視聴していると、この動画はよくできている。見た目が私にそっくりなのはもちろんだが、弾き語りしている曲の歌詞やコード進行までよく似せて作っている。いかにも私が書きそうな曲なのである。
もちろん、細かいことを言えば、私が書く曲や歌詞とは全然違う。似てはいるものの、根本的な部分で異なっている。私は確かにゴシック寄りの曲を書くが、あまりディープな感じではなく、街中で偶然幽霊と出会って、特に何もなくすれ違うだけみたいなのが好きだったりする。そういう説明でわかってもらえるかはわからないが。
一方、この曲はもっと本格的なゴシックに寄っている。もっと本格的に幻想的だし耽美的。ただ、端から見ればその違いはわからないかもしれない。
ずいぶん研究熱心な「ファン」だが、しかし、やはりわからないのは、ここまでして私の真似をする理由である。なにしろフォロワー300人である。この動画にしても再生数が50もなく、労力に見合っていない。
少なくとも、悪意があるようには感じられない。私を騙って悪評を立てようとか、そういう意図があるようにはどうしても思えない。しかし、私に好意があるようにも思えない。私の熱烈なファンだからつい真似しちゃいました、という風には見えない。
では、なぜ私を演じるのだろう。そんなことをして何になるのか。変な話である。
この人物の正体について、なにかわからないかと目を凝らしているが、今のところヒントになりそうなものは見つけられていない。
窓にはカーテンが掛かっているから、風景から場所を特定することは出来ない。彼女の後ろに机が見切れて映っているが、それだけである。机の上に置かれているものなどは映っていない。
もう何度目かという動画を若干諦め気味に眺めていると、バッテリー残量が少なくなっているという通知がポップアップされ、動画の半分が隠れた。時間を見ると、昼休みも終わりそうである。これ以上スマホを酷使してもしょうがない気がする。そろそろ止めようか。そう思い、アプリを閉じようとする。
そのとき、ふと、動画の中の彼女が右手に持っているピックが目に留まった。
ピックは手に隠れてほとんどのシーンで映っていないが、たまたまそのとき映っていたシーンでは大きめにストロークしており、一瞬だけちらっと見えていた。彼女が使っているのは緑色のピックだった。それ以上のことはわからない。
こんな映像だけでどこの銘柄かわかるような人はまずいないと思うし、私もこれでわかるようなピックマニアではない。ただ、なんとなく引っかかるものがあった。
――なぜ緑?
緑色のピック自体は特に珍しくない。ただ、動画の彼女の雰囲気とはミスマッチな気がする。
服装や曲調などは私を真似しているだけかもしれないが、部屋の雰囲気や、使っているギターなどからすると、彼女はもっとシックな色合いが好みだと思う。安っぽい緑色のピックはどうもそぐわない。
そう思ったとき、直感的に思い浮かぶものがあった。隣町にあるライブハウスで、ドリンクチケットとして使われているピック。緑色で、眠そうな表情をしたクマが刻印されたもの。
私はそのライブハウスに行ったことはなかったが、2つ上の先輩がそのピックを使っていた。
その先輩はもう卒業しており、この話は1年前に聞いたことだが、覚えている限りだと、そのライブハウスは小さな遊園地の近くにあって、眠そうなクマはその遊園地のマスコットキャラクターだったそうである。コラボでもしていたのだろう。ただ、その遊園地は数年前に潰れていて、今では(つまりは2年前にはすでに)別のピックになっているらしい。だからこれはレアものなんだと、先輩は無駄にそれを自慢していた。私はその話を聞いて、レアものをガリガリ削り散らしていいのだろうかと疑問に思ったのを覚えている。
私はピックの見える瞬間で動画を止めて、画面を拡大してみた。……クマの柄があるかはわからない。指の先にちらっと緑色が見えているだけである。
ただ、もしこのピックが件のピックで、彼女が隣町に住んでいるなら、私のことを知っていても不思議ではない……ような気がする。少なくとも、フォロワー300のしょぼい動画をたまたま観て知ったというよりは現実味がある……と思う。
そういえば、隣町には行ったことがない。ここはダメモトでとりあえず、そのライブハウスを冷やかすのも面白いかな、と思った。アテもなくぶらりと町を歩くなんて、なかなかオトナな感じではなかろうか。いい刺激になって何かアイデアが浮かぶかもしれない。
ただ、なにしろ、よくわからない町をよくわからないまま歩くわけだから、今日の放課後にいきなり特攻するのは無謀だろう。ネットでざっと下調べしてから、次の休日に行こう。
計画を立てていくとなんだかわくわくしてきたが、もはや単に知らない町に行ってみたいだけで、動画のことはどうでもよくなっているような気がしないでもなかった。
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