第3話
何をやってもうまくいかない不器用な私と何をやってもうまくいく器用な佳奈は正反対だったが、すごく馬が合った友達だった。お互いに励まし合い、笑って、苦しいときは泣いて。今思えばすごく幸せな毎日だった。この幸せは消えることはない、
二つとも必ず顔を見ることができる。
でも、死んでしまったら、私が死ぬまで顔を見られないのだ。一度たりとも親友の顔を見て安心したりすることを許されないのだ。
私が死ぬのはいつだろう?自殺や事故、病気にかからない限りは何十年も先の話になるだろう。佳奈がいなければ私は何もできないのに。
分かってた。最初から。きっと佳奈が死ぬ前からずっと。
佳奈を失うことは本当の自分を失うことだって—。
運動会のときから変わったことはなく、どんどん過ぎていく日々。
学校が終わり、フラフラと家に帰ると真剣な母の顔が出迎えた。
どうしたものかと不思議に思っていたら母が三秒ほど間を空けて切り出した。
「ねえ、茉央。ちょっと抱え込みすぎじゃない?」
突然そう聞かれて母の言っている言葉の意味をよく飲み込めなかった。
「何が……?」
「佳奈ちゃんのことよ。確かに親友が亡くなっちゃって悲しい気持ちは十分に分かるわ。だけどね、気持ちの切り替えも必要なのよ。少しずつでいいから、新しいお友達とか、新しい部活とか始めてみたら?」
……………あんたに何が分かる?大切な大切な親友を失った私の気持ちなんて。きっと誰にも分からない。この心にポッカリとあいた穴をどう対処しろというのだろう?私は怒りの気持ちが募り、こう口走ってしまった。
「お母さんに何が分かるの!?大切な親友を失ったことのないお母さんには一生私の気持ちなんてわからないよ!私の気持ちをいいように作り変えないで!」
母にそう怒鳴ると私は階段を駆け上がって部屋のドアを乱暴に閉めた。
あぁ。なんてことを言ってしまったのだろう。今まで母親にそんな口の聞き方はしたことがなかった。今更後悔の気持ちが湧いてくる。
でも—。でも—。私の言ったことは正論ではないか。確かに言いすぎたところはあるが、佳奈は大切な友達だ。親友だ。今の状況で新しい友達なんて作れるものか。
お母さんは間違ってる—。私は間違ってなんかいない—。
「佳奈!?」
自分の声で目が覚める。パッと目を開けて時計を見ると午後六時。あれから二時間も寝てたんだ……。
ベッドに座るとなぜか睡魔に襲われたので一時間ぐらいと思って寝ることにしたのだ。
横を見ても机があるだけ………。佳奈は、いない……。
不思議な夢を見た。
佳奈と私との思い出を転入生の古城さんが全部知っていて、その転入生は佳奈だったという映画みたいなオチ—。本当にそうだったらいいが、よく考えれば高校で入ってきた転入生に私と佳奈の思い出話を知るわけがない。
しかも、中学は学校が違ったんだから。佳奈も生き返るわけないのに。
夢………か。理屈的に無理があるなと思いながら階下に降りると、リビングで話し声がした。
父が帰ってきたのかと思ったが、父は大抵午後十一時を過ぎてから帰ってくるのでこんなに早く帰ってくることはないだろう。リビングを覗いてみると思ってもみなかった人物がいた。
佳奈の母親だった。娘が死んでから一ヵ月半は誰とも話さず、引きこもっていた佳奈の母親なのだが、出てきたのだろうか?
私はドアに耳を傾けて盗み聞きした。
幸いリビングのドアは少し開いていてすりガラスだったので二人の姿も見ることができた。
「大変だったわね。茉央すっごく落ち込んじゃって………」
「あら……そうなの……。佳奈のことそんなに大事にしてくれるお友達がいたのね………」
「もう少し立ち直ってもらいたいんだけどその様子が全く見られなくて」
「そうなの。でも、茉央ちゃんが佳奈を思い出さなくなっちゃう方が寂しいわ」
「そうなんだけど………。高校で新しいお友達とか全く作らなくて。しかも全然笑わなくなっちゃったのよ………」
「それは大変だわ……。佳奈のことずっと抱え込んでたらいつか茉央ちゃん自身の心が爆発しちゃうわ」
「そうなの。すごく悩んでるんだけど………」
「そうだわ。学校が休みの時期に気分転換とかでドライブとかお散歩とか連れ出したみたら?」
「そうね。それが一番いい方法かもしれないわね」
母親たちが笑いながら冷蔵庫から出したばかりの麦茶を啜った。
そこまで聞いて私は露骨に眉をひそめた。ドライブ?お散歩?そんなことで私の気持ちが一変して元気になるとでも思っているのだろうか。本当に分かってない。佳奈が死んだ悲しみは誰にも埋められない。埋められるわけがない。私の悲しみを埋められるのは佳奈が生きていてくれること—。
晴れ間が広がる日曜日—。
これではドライブやらお散歩やらに連れて行かれるだろう。私は憂鬱な気持ちでドアを見つめていた。するとドアがいきなり開き、ドアの向こうには母がいた。
「何………?」
冷たい目で母親を見ても母は動揺せずに、ハッキリと言った。
「ドライブとか行きましょう。今日は晴れてて気持ちがいいし」
「嫌だ。行かない」
即答した私を母は刺すような視線で見た。そして母は強い口調でこう言った。
「嫌だ嫌だって。じゃあいつ行くの?茉央のことみんなが心配してるのよ?」
私は母親を軽蔑した瞳で見つめた。その目には何も映っていなかったように思う。
「確かにお母さんは大切な友達を失ったことはない。だから茉央の気持ちが全部分かるわけではない。だけど茉央は本当の自分を失うまで自分を追い詰めることない。お母さんはそんな茉央を見ているのが辛いのよ」
そう言うと母は部屋のドアを閉めて階下に降りていってしまった。
あんなに母が必死に私を説得したのはいつぶりだろう?
でも、私にはそれに気がつく余裕がなかった。
確かに母の気持ちは分からないでもない。だけど………。だけど………。すぐに気持ちを切り替えろなんてそんなお願い無理だから。
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