第5話

次の日の学校—。

ホームルームが始まる時間—。

担任は悲しそうに「残念だけど古城さんはお家の事情で転校されました」と無念の表情を浮かべながら言った。

勉強もスポーツも万能だった彼女なので教師としては鼻が高かったのだろう。

何の取り柄もなかったこのクラスに輝きが訪れて泡のように消えた。

彼女がクラスに存在することでこのクラスの注目度も向上していたように思う。


ホームルームが終わり、いつも通り1時間目の授業の教科書を机から出そうとすると1枚の紙が窓から吹き込む湖風にのって私の足元に落ちた。

それは手紙だった—。

宛名は私宛。手紙を書いた相手は親友の佳奈だった。

手紙を開いてみると次のような文面が並んでいた。


『茉央へ

茉央、元気?

元気じゃないのか(笑)

茉央、私茉央に一つ分かってほしいことがあってこの手紙を書いたの。

私が分かってほしいことっていうのは……上手く伝えられないけど自分なりに考えて書いてみるね。

私が死んじゃって悲しかったんだろうなってことは分かってるよ。

悲しみに浸っていてやる気が起きないっていうことも十分に分かってる。

でもさ、それで自殺しようなんて考えないで。

生きたくても生きられない人はこの世の中にたくさんいる。私みたいに(笑)

私のように未来がない人には茉央の一日一日がとても羨ましいんだよ。

生きたくても死んじゃう子がいる。

私も含めて彼らが生きられなかった未来を死にたいの一言で片付けないでほしいの。

茉央はまだ生きていられる。茉央はまだ生きられる時間が、感情を露わにする時間がある。

それはとっても幸せなこと。そして生きていられる時間にも限りがある。

私が楽しみにしていたのにできなかったこと、茉央にはまだできるんだよ。

限りある時間を大切に生きて。


人生ってさ、色々あって大変だよね。苦しいこともあるし、辛いこともあるし。

だけどまだ高校一年生だよ?まだやることいっぱいあるでしょ?

死んじゃったらさ、何もできないから。

私、自殺した茉央と天国で一緒にいたいって思わない。

だって自然に死んだわけじゃないもん。人間はいつか必ず死ぬ。

その時までさ、私の分も生きてよ。笑ってよ。泣いてよ。

私は、いつでも茉央の味方だから。いつも見てるから。

泣くのを我慢しないで。泣いちゃいけないなんて思わないで。


茉央は笑っていい。笑った茉央は太陽の存在だよ。

太陽はみんなを明るく照らすのが役割なんだから。

明るく、元気でよく笑う茉央に戻って。

笑って、茉央。

佳奈より』


私はいつの間にか教室を出て校庭にいた。

泣いてもいい、笑ってもいい。それは私たち人間一人一人に与えられた権利だから—。

雲ひとつないスッキリした青空に向かって私は膨れ上がった涙と共に大きな声で叫んでいた。

彼女が気がつかせてくれたこと。それは——。

「ありがとう!もう逃げない!私佳奈のおかげで本当の自分を失わずにすんだよ!

佳奈は私をいつも見てくれてるんだよね、佳奈は私の一番の親友だよ!」

生きることは誰かに許可をとるものではない。

だからといって、自分で死を決めてもいけない。



私の声は遥か彼方の青空に溶け込んでいった。

遠い空に明るく笑う佳奈が見えた気がした—。

もう自分を見失うことはないだろう—。

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君の声を聞かせて 美羽 @Knoka

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