第2話
私がこの世の終わりだと思うほど嫌な行事は運動会だ。
運動が苦手な私にとって運動会という名前を聞くのも苦しかった。
私の高校は他の学校と少し違い、六月下旬に運動会を行う。
去年までの運動会は親友の佳奈がいてくれたから頑張れた。苦手な運動も少しずつ克服し、彼女のおかげで苦手だった逆上がりができるようにもなった。
でも、彼女がいない今となっては努力などしても無駄だ。誰も褒めてくれない。誰も教えてはくれない。そんな中頑張らなければいけないのは私にとって辛いものだった。
運動会当日。
私は運動会の中でも一番リレーが苦手だった。
走ることが好きではないため、すごく遅かった。
でも、親友の佳奈は私と比べるほどもないぐらい早く走れた。
リレーは運動会の最後の種目でラストを飾る大事な種目と考える人が多く、クラス全員が期待をかける競技だ。
家を出る時、体操服しか持っていないのに体全体が鉛を背負ったように重かった。
ずる休みも考えたが、後でつべこべ言われるのも面倒くさいので結局行かざるをえなかった。でも、いざとなれば学校の保健室で休めばいい。
そう考えながら外に出ると何とも運が悪いことに前から転入生が来ていた。
逃げ場がない私は、気がつかないふりをしようとしたが、案の定気が付かれてしまった。
「
「ねぇ、安藤さん!聞きたいことがあったんだけどいいかな?」
「いいよ………」
「安藤さんっていつも暗いけどみんなと関わろうとは思わないの?」
「思わない………」
「なんで?」
なんで?ってそこまで聞くものか。普通。
「色々あったから………」
「色々って?何?」
私はイライラしてきてつい、こう言ってしまった。
「何何?っていちいち首突っ込んでこないでくれる?こっちにだってプライバシーがあるの。そういうタイプ嫌われるよ」
そう吐き捨てると私は転入生を追い越し、足早に歩いていった。ちょっと言いすぎたかなと思ったが高校で入ってきた転入生で事情も知らない人に変な同情をされたくないし、そこまで話さなければいけない理由が分からない。
私は一度も後ろを振り返らずに学校に向かった。
運動会が始まり、着々と種目が進んでいる中私は心配と不安で心をいっぱいにしていた。
最後の種目リレーがどんどん近づいてきているからだ。このままでは、私もリレーに出なければいけなくなる。私がリレーに出れば、結果が目に見えている。
私は走りたくないという一心で保健室まで来てしまっていた。
私が保健室に入ると二人くらいの生徒が怪我の応急処置をしていた。
入ってきた私を見て先生は手伝いの生徒たちとのお喋りをパッと打ち切って笑顔をこっちに向けた。
「どうしたの?怪我?」
「いや……ちょっとお腹が痛くて……」
少し嘘をついてしまったが、先生は困った顔をして言った。
「そうなの……かわいそうに……せっかくの運動会なのに。少しベッドで休む?」
私が小さく頷くと先生がベッドへと促した。
多少の弾力があるベッドに身を任せる。
お腹が痛いと思うと本当にそうなってきたような気がした。
すると、保健室のドアが開いて誰かが入ってきた。その人物は「安藤さんいますか?」
と聞いていた。誰だろうと思ってベッドのカーテンの隙間から覗いてみると転入生、古城さんだった。私は内心焦っていた。このまま、ベッドから引きずり下ろされるかもしれない。
古城さんはカーテンを力強く開け、私に向かって手招きした。
リレーに出ろと言うのだろうか?私は不安になったが、人から何か頼まれたり、誘われたりすると断れないのが私の性格なのでベッドから降り、保健室の外に出た。
すると古城さんは「ここで何してるの?」と聞いた。
「お腹が痛いから休んでるだけだけど……」
「最後のリレー出ないの?一番見所なのに。もうすぐリレーの時間だよ?」
「無理だから………」
「どうして?走れないほどお腹痛いの?」
「走るの苦手だから無理だし、お腹痛いからしばらく休む」
「そんなこと言わないで!走るの苦手だからって逃げてちゃいつまで経っても早く走れるようにならないよ!」
私は転入生にここまで言われてすごく嫌な気分になった。どうして他人にここまで言われないといけないのだろう?
私は一言、「無理だから」と言って保健室のドアの取手に手をかけようとした。
すると、あっさり彼女は「そっか。色々言っちゃってごめんね。でも、これだけは言わせて。勝ち負けよりも大事なのは勝負に向き合うことだよ。安藤さんみたいに逃げていると本当に逃げることが癖になっちゃうよ?」
と言い残し、去っていった。
私は立ちすくんだ。古城さんはなぜそこまで私を気にかけるのか分からなかった。
逃げる………。前にも同じようなことを言われた気がして記憶の中を探ってみる。
――――それは、小学校の運動会。
今と同じような光景の時、親友の佳奈が言った言葉。
「何してるの?走るの苦手だからって逃げないで!茉央が逃げたら誰が代わりに走るの?」
佳奈だった—。佳奈に同じようなことを言われたのだ。私は、さっき転入生に言われた言葉を頭の中で反芻してみる。その転入生の言った言葉が佳奈の言った言葉と重なったように思えた。
「大丈夫!茉央ならできるよ!」空から聞こえたような気がした声に私は力強くうなずいた。
大丈夫。私ならできる——。
運動会の会場に戻った。丁度リレーが始まる時間帯だった。
すると後ろから「安藤さん!」と私を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると転入生だった。
「来てくれたんだね!頑張ってね!」転入生は嬉しそうにそれだけ言うと友達のいる場所へと戻って行った。私は「うん………」と不安の色を滲ませた声で応答し、始まりの位置についた。次が私の番だ。そう、佳奈がきっと天国から応援してくれてる—。
「頼んだよ!」と言う平野さんの声を聞いた同時にバトンが渡され、私は走りに走った。一生懸命走ったけれどやはりどんどん抜かれていく。
もうダメかも………と思ったその瞬間私の足元がぐらついた。
え?と思ったら転んでいた。やっぱりダメだった………。そう思っていると頭上から大きな声が聞こえた。
「まだ終わってないよ!立って走って!」見上げると転入生だった。
周りからは「転ぶなんてダサぁ」「安藤さんの前までは一位だったのに一気に最下位なっちゃったー」「最悪―」「花菜美ってなんで安藤さんのこと構うんだろうねぇ」「安藤!早くしろよ!」とみんなの侮辱の声が私に集中する中、私は佳奈に応援されてる気がして立ち上がり、走った。前へ、前へ——。
まあ、こういうものだろう。運動会が終わった翌日の教室はしらけていた。
理由は分かりきったことだった。私が最後の最後で転んでしまったせいでこのクラスは上位から最下位に転落したからだ。そして見事に私の所在するクラスの赤組は負けた。みんなからの批判の声が集まる中、私は、呆然としていた。いつもどこを見ているのか分からない、遠くを見る目は一緒だが、今日は特にボーッとしていた。だから、クラスメイトからの批判の声は私の耳から耳へと通り抜けていった。
私の心に引っかかていたのは保健室にいたとき、転入生から言われた言葉。
あの時、親友の佳奈と転入生の声が重なった時、とても不思議なものを感じた。
もしかしたら………佳奈はまだ生きてるのかも……。あの事故は嘘だったのかも……。
そうも考えたが、自分で自分に言い聞かせる。生きてるわけないじゃない。佳奈は死んだんだ。佳奈はもう私のそばにはいられないんだから………。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます