第6話 好きだから…

事件から1年。


「晴!おいで!」

「ミャ――」

3月の冷たくも春の訪れを感じる空気の中、すみれと晴は公園でピクニックをしていた。


事件の前と変わらず、晴はすみれの会社に毎日通勤した。お昼以外は一人で毛繕いしながら、またいっちょ前にガードマン気取ったり。

そんな晴に、べったりのすみれ。

言葉が届いている。傍を離れないでいてくれる。自分をまだ好きでいてくれている。

そんな想いで、すみれの心は満たされ、友達の男性ともそれ以上にならなかった。なるつもりも、なる必要もない、そう考えていた。

『晴がいればいい』



そんなすみれを一番近くで見ていた晴は、心のどこかで、『これじゃいけない』そう思った。

自分はあの時、ストーカーに何も出来なかった。只一方的に殴られ蹴られた。

猫のままじゃ、すみれ一人も守れない。


『すみれとは結ばれようがない』


あの時頭によぎった真実。けれどそれは無駄な推測ではなかった。

これから先、すみれが幸せに暮らす為、人生を謳歌する為、自分はここに居てはいけない。

それが、晴の答えだった。



「晴!お買い物行こう!」

「ミャ―」

てくてくと、すみれについていく晴。

「今日晩御飯何食べたい?カレー?パスタ?たまには和食?」

返事は返って来ない。

「何?無視?リクエストあれば聞くのにぃ」

そう言って、振り返ると、晴の姿がない。

「え?晴?晴ー?晴ー!!」


2~3時間探し回っても見つからない。

結局探し出せないまますみれはマンションに戻った。

「…晴…どこ行っちゃったの?」

玄関に着くと、ドアに手紙らしきものが挟まっていた。

そこにはいびつな文字で、


『好きだよ、すみれ。もうお別れだ。ずっと見ててやるから、幸せになれ

  夕奈瀬晴』


「晴…。なんで?私、晴といられるだけで幸せだよ…。幸せだったのに…」

猫の晴の口で食わせて書いた手紙は、何ともいびつで、自分も泣いていると言わんばかりだった。



晴は、野良猫として、生きていく為に、歩いて歩いて、遠くに行った。すみれが幸せでいられます様に…と、心の隅にずーっとしまったまま。



「倫美ちゃん、もう晴、帰って来ないのかな?」

「夕奈瀬君の願い、叶えてあげなよ。晴ちゃんといても一生猫と人は結ばれないよ。

すみれは、その夕奈瀬君の想い、無駄にするの?」

「……」





2年後、

すみれは三詰洋樹みつめひろきと結婚した。

洋樹には、晴の事を事細かく正直に話した。

そして、春樹の答えは、

「そっか。良いやつだな…今も野良で元気にしてると良いな」

と微笑んだ。

その笑顔を見て、晴が姿を消した理由がやっとわかった気がした。





「晴…本当にありがとね…」


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一生を一生いられなくても、僕は君のknightだから @m-amiya

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