勝負の行方

 宰相が水晶玉を持参したあの日から十年。魔族は既に日陰者ではなくなっていた。仲治ちゅうじが見出し、集めた文武百官の活躍で他国と同盟を結び、或いは傘下において広げた勢力を維持し続けていた。だが、未だに隣接する大国とは友好関係も結べず、最終的には小競り合いから戦争に発展していた。それも、勇敢な男たちの出現で大きな局面を迎えていた。

 大掛かりな侵攻作戦の裏を突き、大国に属する少数の男たちが仲治の元にたどり着いたのだ。その中の一人に仲治は見覚えがあった。宰相が十年前に討ち取るかと問いかけた少年の成長した姿がそこにあった。それに気づけば仲治は、玉座から立ち上がって吠えた。


「魔王ヴィシャルの首、欲しくば力を示せ!」

「応よ!」


 力強い返答と共に鋭い斬撃が仲治を襲う。確かに鋭い一撃ではあったが、仲治はそれを避け、拳を振るう。衝撃波を伴った拳が今は青年となった運命の子に襲い掛かるが、衣服や鎧を傷つけながらも彼は仲治の一撃をくるりと回転して避け、遠心力の乗った剣閃を振るう。互いの血が僅かに散った。


 他の男たちも剣を抜き放ち、仲治に襲い掛かろうとした矢先に、玉座の間になだれ込む者達があった。それはリッテやその他のメイドや料理人、庭師と言った戦うすべを知らずに来た者達だった。


「魔王様をお守りしろ!」

「おい、馬鹿野郎! オメェらで敵う相手じゃねぇ! 止めねぇか!」

「やってみねば分かりません!」


 リッテは勇ましく答えたが、仲治には、ヴィシャルには分かっていた。今目の前にいる敵は、全て一流ばかり。とてもじゃないが、戦闘訓練を受けていない者達が勝てる道理はない。


「ちっ……野郎、賭けに勝ちやがったな」


 水晶玉を持参した宰相の顔を思い出して舌打ちを一つ。臣民の為に心を砕いてきた仲治を守るために戦えない者も参戦する。その結果、仲治が無理をして討たれると言う構図が簡単に浮かんだ。この場に来た者達を無視すれば良いのかもしれない、或いは盾にでもすれば。だが、仲治にはそれは出来ない。


「オメェらの相手は、この俺だ!」


 一瞬どちらを相手にするべきか惑った男たちだったが、結局は仲治を相手取る事を選ぶ。非戦闘員を相手に刃を振う事を厭うたのだろう。だが、そうなれば多勢に無勢。駆けつけた者達に危害が及ばぬ様に戦った仲治は、遂には力尽きて膝を折った。その瞬間、悲鳴にも似た声が方々で上がった。


 仲治を倒したはずの男達には困惑にも似た表情が浮かんでいた。その意味が分からぬままに無理に助けに来ようとするリッテらに来るなっ! と一喝して、仲治はまっすぐに運命の子を見つめる。


「テメェらの勝ちだ……殺れ。だが、そこの連中は、見逃してくれ……頼む!」

「……どうするイザヤ? ここまで配下に慕われている王を俺は他に知らない」


 運命の子に男の一人が問いかけるが、仲治には口を挟む権利はない。己は負けたのだから。イザヤと呼ばれた運命の子は剣の柄を握り、一歩前に出る。絞り出すような声で頼むと再度告げた仲治の耳元に口を寄せてある言葉を紡いだ。


「仲治、お前は死なないさ」


 その言葉はノモンハンで死に別れた友の物ではなかったか。驚きに目を見開いた仲治に運命の子は告げた。


「魔王ヴィシャル、お前の負けだ。剣を引け、講和に応じろ」


 イザヤの言葉にその場にいた全員が驚きを露にした。戦と言う物は王を討てばそれで終いのはず。講和に応じろとはどういう意味か。


「魔王を殺せば、今執り行われている侵攻作戦を止める者がいなくなる。戦いの最中、指揮官が死んでしまえば、兵の判断は二つに分かれる。すぐに戦をやめるか、最後までやり続けるか」


 イザヤの言葉に仲治は思い出す。若手の指揮官は責任を取って戦の最中でも腹を切って果てたが、残された者達は指揮も何もないままにがむしゃらに戦ったあの戦争を。


「兵士でもない者が魔王を守るべく駆けつけるほどだ、魔王を討てば兵士どもが復讐の熱狂に包まれて手が付けられなくなると予想される。そんな事態を招くよりは講和を結ぶべきだ」

「そうかも知れん。お前の言う通りだ、イザヤ」


 その言葉に、男たちは頷きを返し、リッテが絞り出すような声で問いかける。


「そ、それでは、魔王様の命は……助かる?」

「殺させる訳にはいかない、戦いを終わらせるためには」


 イザヤが告げれば、リッテや料理人たちは膝から崩れ落ちて、良かったと喜びに泣いた。


「魔王ヴィシャル、皆に告げてくれ」

「なんと……?」

「戦争は終わったんだ、と」


 戦争は終わった。生き残ってしまった意味を求めて生きてきた。今も魔王としての生活に、生き残った意味を求めてきた。

 戦争は、終わった。その言葉が仲治には、もう一つの意味を持っているように思えた。戦死した友、伊鞘享吉いさやこうきち戸田仲治とだちゅうじに向かって、お前の戦争は終わったんだと告げたのだと。


「……ああ、そうだな。俺は負けた。オメェさんの言葉に従うよ」


 仲治はイザヤを見つめて、頷きを返す。まじまじと見るとイザヤはどことなく享吉に似ていた。髪の色や瞳の色は違ったが、雰囲気はよく似ていた。


「戦争は終わりだ。全軍に伝えよ! 我が方は負けた、全軍速やかに退け、と。無駄に命を散らさぬように、と!」


 そう口にして、仲治はずっと続いていた自分自身の戦争が、勝負が終わったことを悟った。


 その後の魔王ヴィシャルを歴史家はこう称えている、イザヤとの不戦の誓いを生涯守り通し、魔族の発展に努めると共に、妃リッテとの間に二人の子をもうけ、家族を愛し臣民を愛した名君と。


 それは仲治と言う男が、戦争と言うくさびから放たれ、漸く家族を作り愛すると言う人並みの幸せを得た事を意味していた。


<了>

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目を覚ますと、魔王になっていた キロール @kiloul

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