おわりに

Epilogue

 ♡ ♡ ♡



 ──6月。


 この季節は人によって嬉しくもあり、辛くもある季節だ。

 5月に衣替えをむかえ、薄着になった星花女子たちは、学園祭を終え夏休み前の試験に向けて勉強に力を入れ始める。


 学園祭の運営という大仕事を終えた生徒会は、またいつものだらだらとした活動に戻ったわけだが……。


 「えー、この場を借りて皆さんにお伝えしなければいけないことがあります」

 「ん? あずにゃんどしたー?」


 生徒会書記の鏑木杏咲が改まった口調でそう言うと、生徒会長の絢愛は微笑しながら応えた。まるでこれから杏咲が言わんとしていることを完璧に把握しているかのような様子であった。


 「……そんな反応されると言いづらいんですけど」

 「まあ、気にせずにはよはよ! 善は急げだぞ?」


 絢愛が急かすと、杏咲はコホンと咳払いをしてから茉莉とその隣にピッタリと寄り添っている羚衣優に向き直る。そして一同が驚く程のスピードで深々と頭を下げた。


 「──づきちゃん、神乃先輩、ごめんなさいっ! 私……二人に嫉妬して……その……」

 「……」


 突然の告白に茉莉と羚衣優はただ呆然と杏咲を見つめ返すしかなかった。


 「あの……二人が仲良くしてるのを見て、なんか胸が痛くなっちゃったというか……モヤモヤしちゃったというか……」

 「青春ねぇー」

 「だからただの嫉妬だって言ってるじゃないですかっ!」


 絢愛は真っ赤になる杏咲を傍から茶化している。茉莉と羚衣優は顔を見合わせると、代表して茉莉が口を開いた。


 「──で、なんであずにゃんが謝るの? あたしたち、別に嫉妬されて迷惑した記憶はないんだけど……?」

 「はぁ……これだからづきちゃんは……」


 杏咲はため息をつくとスマホを操作する。そして一枚の画像を表示した画面を茉莉に見せた。途端に茉莉の表情が変わった。


 「ちょっ!? いつの間にそんな写真を!?」


 気になったのか、茉莉の背後から覗き込んできた羚衣優は頬を染めながら目を逸らした。そこには口づけを交わす茉莉と羚衣優の写真があった。杏咲がこっそり撮ったものだった。


 「……少し前から周りの反応が変わらなかった?」

 「そういえばなんか皆あたしに気を遣ってたような……?」

 「それ、私が二人の関係を皆にバラしちゃったからなんだよね……」

 「なんですと!?」


 茉莉は表向きは頼れる副会長というキャラで通している。いや、実際それで間違いないのだが、そんな茉莉が陰キャラの羚衣優と付き合っていることがおおっぴらになればきっと大騒ぎになると思っていた。だが、そうはならなかった──皆、茉莉と羚衣優の関係を知っていながらもこっそりと応援するということを選択してくれたらしい。


 それは茉莉だけではなく杏咲にとっても計算外だった。杏咲が二人の関係をバラしたのも、大騒ぎになって二人の仲が悪くなればという卑劣な考えに基づいてのことだったのだ。


 「うーん、ということはやっぱり羚衣優せんぱいがお人形さんみたいに可愛いから……」

 「……しれっとそういうこと言うのやめて」

 「あー、ごめんなさい。でもホントのことですから!」

 「うぅ……」


 わざとなのか天然なのか、茉莉が惚気ると羚衣優は恥ずかしそうに顔を伏せる。茉莉も羚衣優ももはや杏咲を責める気はないようだった。ひとまずめでたしめでたしとなりそうだ。



 が、そんな二人を不機嫌そうに見つめる人物がいた。


 「ん? どしたのたまきん? ご機嫌ななめ?」


 絢愛が声をかけると、生徒会のマスコットこと沢田玲希は深々とため息をついた。


 「はぁぁぁぁぁ」

 「たまちゃん、そんなに大きなため息をついていると幸せが逃げていくよ」


 三年生副会長の沙樹の言葉をものともせずに玲希は机に突っ伏してしまった。なにやら小声でブツブツと呟いている。


 「さてはたまきん、また頭痛だな……?」

 「そうだけどそうじゃない……」


 この時期になると頭痛持ちの玲希は低気圧に苦しめられることになる。そのせいということもあるのだが、彼女はそれ以外にもなんとも言えないモヤモヤとした感情を抱いていた。それは杏咲が感じていた嫉妬と似て非なる感情、いわば焦りにも似た感情だった。


(羨ましくない……羨ましくないはずなのにどうして……)


 玲希自身、今まで恋人が欲しいと思ったことはない。イチャイチャする人たちを見て「破廉恥だ」と思うことしかしなかった。

 が、目の前で茉莉と羚衣優が幸せそうにしているのを見て、モヤっとしてしまった。玲希は好かれやすく仲のいい友人もそれなりにいる。だがそれはもちろん恋人として……は愚か、普通の友人としてでもないのかもしれない。いわゆる妹に対するような……ともすればペットに対するような……そんな愛情を抱かれているのだ。玲希としては複雑である。


 そんな玲希の思いを知ってか、絢愛は「ふーん?」と目を細めた。何かスイッチが入ったようだ。


 「これはもうひと仕事しなきゃいけないかなー、さきりん?」

 「どうやらそのようだね、あやめちゃん」


 微笑みあった絢愛と沙樹。残りの四人は怪訝な表情を浮かべた。また生徒会長がなにか企んでいる。また振り回されなきゃいけないのか……と、言語化するとしたらこんな感じだろうか。

 それでも彼女たちは生徒会長を信じてついて行く。去年では控えめだった生徒会長が今年は好き勝手にやっているということに、彼女たち自身もわくわくしているのだった。



 「そうそう、そういえばさぁ……」


 そういえばさぁ……と言いながらも、絢愛が唐突に全く関係ない話を始めるはずがないということは皆知っていた。



 「──そろそろ『りんりん学校』の時期だよねぇ? キャンプファイヤーとか肝試しとかなんか色々、生徒会企画でやる? やっちゃう?」


 りんりん学校──それは林間学校──つまりは移動教室──要するに合宿のようなものだ。普段とは違う環境は色々と関係が進展しやすい。何を隠そう今ではすっかり百合に染まっている茉莉も、去年のりんりん学校で絢愛に染められたのだ。


 「となると今年はあたしたち二年が中心になって企画を考えなきゃいけないですね。──あずにゃん、出番だよ」

 「よーし、ここで汚名返上しなきゃね。頑張ろうづきちゃん!」


 「そうそう、せっかくだしれいちゃんとたまきんも二人を手伝ってあげてよ」

 「どうしてタマが……」


 絢愛をだるそうに窺う玲希に、絢愛は意味深な笑みを返した。


 「そりゃあ、二人は去年のりんりん学校のお手伝いしてなかったからね」

 「……そうだけど」


 「私は構いませんよ」


 茉莉と一緒に仕事が出来るだけで幸せな羚衣優がそう答えたので、玲希もなんとなく同意せざるを得なくなった。茉莉も満更でもなさそうだった。



 自分を幸せにしてくれる理想の恋人に巡り会えた神乃羚衣優。そして、大好きな猫のような可愛い先輩と付き合うことになった望月茉莉。

 二人は間違いなく幸せだった。歪な性格の二人だが、そのピースが上手くハマって相性がよかったとか、前世から結びつくことが運命づけられていたとか、そんなレベルで二人は仲良しだった。

 それは元々の二人の性格にも起因しているが、なによりも周囲の人物が歪なピースである二人を上手く噛み合うように仕上げた──という方が適切かもしれない。とにかく、二人は自分たちも知らないうちにこれ以上ないほど相性の良いカップルになっていた。


 ──そして


 不幸なマスコット少女の沢田玲希が幸せを掴むことができるのは──もう少し先の話。



 〜おしまい〜

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依存性♡デュアルネイチャー 早見羽流 @uiharu_saten

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