Reconciliation
金髪の先輩が次に発した言葉は、羚衣優の予想とは異なるものだった。
「……あんなツラしてたら気になんだろうが。話してみろよ」
「え? ……えっ?」
思わぬ展開に羚衣優は目をぱちくりとさせた。どうやらこの不良っぽい先輩は羚衣優に危害を加えるつもりはないらしい。だが、いきなり話してみろと言われても、先輩の見た目も相まってなかなか難しいものだった。
「んだよ、うじうじしてんじゃねぇよ」
「ひ、ひいっ! ごめんなさいっ!」
「いや、別に怒ってるわけじゃねぇんだけどな……」
いやいや怒ってますよね!? とは口が裂けても言えなかった。羚衣優が困惑していると、先輩はその様子を別の意味に受け取ったらしい。
「わりぃ、名乗り忘れてたな。アタシは
「か、神乃羚衣優です……」
「神乃か……いやな、この学園で金髪ってのは珍しいからちょっと気になったんだ」
「そ、そうですか……」
いくら害意がなさそうとはいえ、沙夜の見た目や口調はかなり威圧的であり、羚衣優としては少しでも早く会話を切り上げて逃げ出したかった。だが沙夜はそんな羚衣優の意図を察してか否か、それを許してはくれなかった。
「で? 何か嫌なことでもあったのか?」
「いえいえ、なんでもないんです……」
「そうは見えないから言ってんだろ? 正直に言えよ」
「ひいっ……!」
羚衣優は観念して沙夜に全てを話すことにした。嘘をついてもバレれば余計相手を怒らせるだけだ。
「じ、実はわたし……好きな人がいるんですけど……」
しどろもどろになりながらも羚衣優は茉莉に対する想いを沙夜に打ち明けた。途中で感情が爆発して涙が溢れてきたが、沙夜はちゃんと羚衣優が話し終わるのを待ってくれていた。
「──で、これ以上まっちゃんに迷惑をかけたくないからわたし……少し距離を置くことにしたんです……」
「なるほどね……」
沙夜は腕を組んで考え込むような仕草をした。が、すぐに顔を上げて羚衣優の目を見据える。その切れ長の瞳から放たれた鋭い眼光に射抜かれて、羚衣優は身動きが取れなくなってしまった。
やがて沙夜はこう呟いた。
「バカじゃねぇのお前」
「ふぇっ!? やっぱりわたしが間違っていたんですか……?」
「当たり前だろ。そんなことして相手が本当に幸せになると思ってんのか?」
「ふぇぇ……」
薄々気づいていたことだが、沙夜に指摘されると改めてそれを実感してしまう。
「アタシだってこんなナリだし、どうも気持ちを他人に伝えるのも苦手だから色々誤解されたりするけど、好きな相手はそんなこと関係なく好きでいてくれるもんだろ。──じゃなかったらそれは偽物だと思うね」
「そう……ですかね?」
羚衣優自身、周りには誤解されやすい性格だと理解している。相手に依存しながらも相手のことを完全には信用しきれていない不器用さは、恋愛にはかなり不利だ。実際羚衣優のことを完璧に理解してくれる人物など両親や兄も含めて誰もいない。
……でも
もし、それも全部含めて羚衣優のことを好きだと言ってくれる人がいたら。そしてそれが望月茉莉だったら──どれほど幸せだろう。羚衣優は無意識にそれを願っていた。──願ってしまっていたのだ。だからそれが裏切られるのが怖い。全てを知った茉莉が「やっぱり無理」と言って離れてしまうのが怖い。自分を否定されたようで……。
「相手のことが好きならまずは信じることから始めないと信頼関係は生まれないと思う。アタシも上手く説明できないけど、なんだかんだでアタシたちは上手くやってるし。──しょっちゅう喧嘩するけどな」
「えっ、一ノ瀬先輩ってお付き合いしてるんですか?」
沙夜は照れくさそうに頭の後ろに手を回しながら笑った。その表情からは先程の威圧的な雰囲気は全くなくなっており、年相応の無邪気な少女のようでもある。
「まあ、付き合っているというかなんというか……」
すると、沙夜の背後から別の人影が近づいてきた。こちらはダークブラウンの髪をポニーテールに結ったボーイッシュな先輩だった。
「なにしてるんすか沙夜先輩」
「はぁ? ──なんだ
「なんだとはなんすか人がせっかく探しに来てやってんのに……てか沙夜先輩、そこの後輩と随分仲良く話してましたね……」
「は? ばっかじゃねぇのか!? アタシとこの子はそーいう関係じゃねぇっての!」
「ふーん、じゃあそういうことにしておきましょうかね」
「てか、紅愛こそ嫉妬してらしくねぇじゃんか」
「はぁ? 嫉妬じゃねーんですけど! ばっかじゃないすか?」
「バカはてめぇだバカ!」
「うるせーですバカ! バカ金髪!」
「バカ! シスコン!」
沙夜と紅愛は激しく言い争いしながら歩いていってしまった。
一人取り残された羚衣優は、なんとなく沙夜の言いたいことが分かった気がした。
(あの二人、言い争いしてたけどなんかとても楽しそうだったな……)
「……帰ろっと」
帰ろう。茉莉の待つ桜花寮へ。羚衣優はそう決意して周囲を見回した。辺りは既に薄暗くなっており、所々に配置されている街灯がチカチカと灯り始めている。早めに寮に戻った方がよさそうだ。
(寮に帰ったらまっちゃんに謝って……それで……)
思いっきり甘えたい。羚衣優は自然と歩を早めていた。
だが、羚衣優はまたしても危機に陥ってしまう。暗がりから突如として現れた人影が羚衣優に襲いかかったのだ。
「ひゃ──むぐぐ……」
悲鳴を上げかけた羚衣優の口はその人影の人差し指に塞がれる。そして羚衣優の耳元で相手が甘く囁いた。
「──みーつけたっ」
「んっ!?」
「もー、あたしのこと放っておいてどこほっつき歩いてたんですか? 悪い子ですね」
その人影は──羚衣優が待ちに待っていた相手の望月茉莉だった。だが、今の彼女は昼間の頼れる生徒会副会長モードの茉莉とは違い、なんとも言えないオトナの魅力をまとっている。羚衣優はそのギャップにやられそうになっていた。
「そんな悪い子のせんぱいにはおしおきが必要ですねー?」
「お、おしおき……?」
羚衣優はゴクリと唾を飲み込む。
「はい、せんぱいがもうあたしから目を離さないように、調教してあげます」
茉莉は羚衣優を抱き寄せた。反射的に羚衣優は目を閉じた。
「せんぱい……もうどこにもいかせませんから……!」
「まっちゃん……ごめんね……わたしもどこにも行かないから!」
「せんぱいのバカ! 心配させて……」
「ごめん……ごめ──うぅ」
羚衣優は最後まで言えなかった。街灯に照らされて長く伸びた二人の影が重なり一つになる。──結局、二人が寮に戻ったのは門限ギリギリになってからだった。
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