kiss×17 病めるときも、健やかなるときも

 スースー、スースー

 すぴーすぴー、すぴーすぴー

 ごめんって、ムニャムニャ…… 

 ゲシッ、ドンッ──


(い──ってえ! 夢見ながら足蹴りするとかやめてくれ、柊)

 

 ひいらぎにスネを蹴られ確実に目が覚めた。冬休みに入りさらに暇を持て余す高校生の俺ら。

 昨晩、ご飯とお風呂を済ませた柊は結局うちに泊まりに来た。布団の予備もないからシングルベッドでデカイ男二人が一緒に寝る。なんとも滑稽である。

 時間は朝の八時。東に面した窓からは柔らかそうな冬の朝日が舞い込んでくる。

(起きるとするか)

 起きたての背伸びが特に気持ちいいのはなぜか。 それは冬休みの朝だからだ。たった今、柊の蹴りで起こされなければの話だが。

 ムニャムニャ、すぴぃ。柊はまだ夢の中。

 一足先に起きてまず向かう先。冷え切った室内をどうにかしたくてエアコンのスイッチをポチる。氷ですかっいうくらいキンキンに冷えた床は足裏から容赦なく攻め入り、俺の体温を奪おうとする。

 

 カチッ──

 ホットカーペットのスイッチを入れた。

 よし、エアコン効くまではこれで乗り切るとしよう。フカフカしたカーペットの上で猫のようにゴロゴロ這っていると部屋の扉がカチャリと開く。

 チリンチリン、チリンチリン……みやあああぁん

(本家キター!)

 わずかな隙間から愛猫の信長がやってきた。首輪についている鈴がチリチリと可愛らしい音を立てる。

「信長、おはよ」

 信長とのキスは欠かせない。こんなとこ柊に見られたら恥ずかしくて死ぬ。


「いいな景都。俺もしたい」


 ぶふおおおおおっ──、ゴホッ


(って見られてるがな!)


「お、おまっ──お前いつ起きたんだよ!」

 くるまってた布団からもそもそと出てから俺の横に腰を下ろす。

「さっき起きた。わ、ケツあったかい」

 天使がケツ言うな、はしたない。

「ホットカーペットいいよなー」

「うん、また寝れそう」

 柊もカーペットに寝そべった。信長もいそいそとやってきて柊のお腹付近で体を丸める。

「景都、いつも信長とモーニングチュウしてんの?」

 や、君。モーニングチュウって言い方。見られて知られた恥ずかしさMAXの俺は「知らね」とそっぽ向く。

「景都、俺たち恋仲じゃん? だったらしようよ、モーニングチュウ」

 柊のおねだりをかわすのは至難の業だな。さてどうする。


 トントントン、トントントン


 ここで神の助けか、母さんが「朝ご飯出来たんだけどー」と部屋の扉をノックしてきたので俺は「すぐ行く」と伝えた。

 柊にとったら、とんだ邪魔者が入ったもんだと思ってるかもしれない。モーニングチュウをし損ねたんだからな。

 キスしたくないんじゃない。どう接していいか戸惑うだけ。付き合った経験ゼロの俺。その先の一歩がどうしても踏み出せない。

 少女漫画の世界に身を置く男子達って、いざとなったらカッコいいんだよ。作り出したキャラではあるが俺にとって彼らは眩しいよ。根暗な俺もたまには積極的に攻めてみるのも悪くないとは思うが。だがその勇気と気合いと、柊と恋人同士になるという覚悟がどうにも薄っぺらい気がしていた。




「天気いいし出掛けようよ? 服見に行こう」

 服好きな柊の提案に乗った俺は「いいね」 と答えた。


 正午近くになってから外へ出た。地下鉄で移動すること九分弱。デパートやお洒落なショップが立ち並ぶ恋瀬川テラスへやってきた。白く曇った息が、澄んだ空気中へ交互に規則正しく吐き出される。

 幼い頃から一緒にいるのが当たり前だった幼なじみ、遠野 柊。十七歳になった今でもその感覚は変わっていない。意識的に変わったのは柊が俺の恋人であるということ。まだはっきりと自分の気持ちを伝えたわけじゃないが。

 いつもよく見に行く柊オススメのショップに入る。クリスマス明けでも店内はやや激混み。


「このニット、景都に似合いそう」

 柊は身ごろのゆったりとした、白系のシンプルなタートルネックのニットを俺にあてがう。

「こういうのは着回しがきくからな。うん、断然白。景都は白!」

 姿見に映る自分を見る。去年購入した黒いチェスターコートも柊チョイスのものだ。黒系の服が多い俺。白いニットが眩しいくらいだが、これを期に上下スウェットから脱するとしてもいいな。そんなわけで、自分の服は全てセンスのいい柊に選んでもらっている。

「おやおやー? 景都が履いてるスニーカーと相性がいいからやっぱ白だ」

 雲一つない夏空のような青いスニーカーに視線を落としてから、全身を舐めまわすようにチェックする柊。

「俺、白いニット持ってないから買おうかな」

「寒がりな景都はタートルネックの方があったかいだろ?」

「あったかい」

 触れるとチクチクせず柔らかい。

「冬はコートとかで暗めになるから、さらに小物で明るくしたらいいと思う」

 ショップ店員みたく完璧な接客だ。


 カツカツと靴音が近づく。本物のショップ店員が「お客様いかがですかあ? お色違いもございますので試してくださいねえ」と頼んでもいないのに全色持ってきた。いつも見ない店員だな、新入りかなと思った。

 店員のマシンガントークを一旦遮断し「柊が選んだこの色がいい」と言えば、ショップ店員はすぐさま「その色、お客様にとってもお似合いですう」と終始にこやか。合わせてくる所はさすがだ。カリスマショップ店員二軍に認定しようじゃないか。そして次なるターゲットを見つけてどこかへ去っていく。


「景都、これクリプレにしたいから俺の支払いな」

「え、いいの? やったぜ。ならお前も何か選べよ?」

「クリプレ交換ってやつ?」

「クリスマス過ぎたけど、まあそんなとこ」

「じゃあ景都が選んだのがいい」

 柊にそう言われた俺は広い店内を物色。(あ、このトートバック雑誌見てたとき欲しいなとか言ってたやつじゃね?)置かれていた色は迷彩柄だったため、黒があるか先ほどのカリスマショップ店員二軍に聞いてみる。

「このトートバックにしようと思うんだけど」

 と、アクセサリーが置かれている前を陣取ってネックレスをつけていた柊の元へ。

「おおっ、マジか! この色のトートバックあったんだ、すげえ」

「なら決まりな」 

「おい、値段とか大丈夫か?」

「すまん、俺のニットの方がちょっと高いくらい」

「それは全然いいよ」

 お互い相手のクリプレを持ってレジへ行く。また居た、さっきのカリスマショップ店員二軍。

「お客様。お決まりですねえ、ありがとうございますう。簡単なラッピングでよろしければ無料でさせて頂きますがいかがいたしましょーか?」

 店員のお望み通りでお願いした。男同士の客に対して細かく突っ込んでこないのは助かるのだが。店を出てすぐにお互いの紙袋を交換し合った。

「このなかに何組の恋人がいるんだろうな?」

 と呟く柊の言う通り、見渡せば買い物を楽しむカップル率高めの恋瀬川テラスは賑わいを見せていた。外階段のメイン広場には大きなクリスマスツリーが名残惜しそうに飾られていた。撮影に夢中な買い物客らは誰も俺達の会話など気にもしていない。


 ──チャンスは今だ、今しかない。男を見せろ旭 景都!

 

「柊、俺はお前が好きだ。もう俺の気持ちわかってんだろ?」

 ──言った、言ったぞ。やれるじゃないか旭 景都。俺にとっては一世一代ともいえる告白だ。

「俺も海緒先輩のこととかごめん。多分俺もずっと前から景都のことが好きだったんだ。俺も好きだ、景都」


 二度も好きだと言うな。

 ああヤバい。

 天使発動中。

 照れんなよ、可愛すぎかよ。


「昼飯どうする? それか昼飯抜きでお茶でもするか?」

 いいムードなのに急に話をすり替える非常識な俺。せめて照れ隠しだと思ってもらえれば何よりなんだが。柊は小さな唇を動かして微笑む。わかって頂けたようだ。

 朝ご飯をたくさん食べたのもあって正直、飯という気分ではないが。

「んー、飯って気分じゃないからお茶がいいな」

 以心伝心かよ。

 腹ごなしに地下鉄は使わずに歩いて行くことにした。


 特別な日に行くと決めている紅茶専門店に着く。ゆったりと落ち着いた雰囲気の暖かい店内は冷えきった体を急速に癒してくれる。店内はほぼ満席で大人達が静かに語らい、くつろいでいた。背もたれの高い椅子は壁のように立ちはだかり、さらに他の客との距離もあるからほぼ個室状態といっていい。

 メニュー表を見るとデザートプレートなるものがあった。『お前もこれだろ?』と言わんばかりに、お互い目で会話が成立する。

 注文後はスマートフォンに視線を落としていて、これといった会話はない。ほどなくしてシックな装いの店員が「お待たせ致しました」とやってきた。ケーキプレートと紅茶をそれぞれ置いていく。

 もし海緒みおがここでアルバイトしたら百パーセント浮くこと間違いなしだなとニヤつく。


「キモいぞ、景都」

「いやね、海緒がメイド服着てここの店員だったらーって想像したらヤバかった。したら笑えてきた」

 柊も同じように想像出来たのか、ぶぶっと噴き出す。

「海緒ちゃんはメイド喫茶じゃないとダメだよ。早く大学生にならないかなあ、海緒ちゃん」

「は? 何で?」

「だ・か・ら、メイド喫茶でバイトするメイド服着た海緒ちゃんに会いに行くんだよ」

「それか」

「海緒ちゃんは俺達のことを応援してくれるたったひとりの友達だろ?」

「そうだな、大事にしないと」

 自分の口から『大事にしないと』などと言う言葉が出ようとは。メスブタ野郎と罵ったあの頃の自分に説教しねえと。

「今度海緒ちゃんと漫画の貸し借りするんだけど景都も付き合えよ」

「あれ、お前BLも読んでたっけ?」

 初耳だ。とうとう海緒に感化されたか。

「気に入ったBLは買ってるけど? 景都にも貸すから読んで」

 出た、読んで攻撃。

「何でもこいや」

 少女漫画だろうがBL漫画だろうがドンッとこいや。


 テーブルにはデザートプレートと三杯分くらい飲める紅茶のティーポットとカップが並ぶ。

 さすが紅茶専門店。紅茶のシフォンケーキに紅茶ゼリー、紅茶アイスクリーム。まさに紅茶のデパートやあ、と叫びたくなる。さらに色鮮やかなフルーツが盛られている。


「柊、ニットありがとう」

 改めて礼が言いたくなった。紅茶のシフォンケーキを一口分すくい口の中へ放り込む。

「俺もトートバックありがとう。黒がいいって言ったの景都が覚えててくれたのが嬉しいね」

「お前も俺に似合う服選んでくれるから助かる」

 ファッションに無頓着な俺としては柊がいないと困るわけで。柊は得意そうな顔をしてみせ紅茶を一口すする。

 俺はダージリンティーばかり飲むけど紅茶好きな柊のチョイスはウバだ。渋みと爽快感のある特徴的な味と香りがする。一杯目はストレートに飲む。二杯目は牛乳を入れてミルクティーにしていた柊。ミルクティーにすると俺でも飲めるし飲みやすい。何よりダージリンに牛乳を入れるより格段に味の差があった。


「そういや今日のお前、スニーカーもマフラーも赤だな。どんだけ赤好きなん?」

 暗めのモスグリーンのモッズコート、ニットとパンツは黒で統一。赤いスニーカーと赤系のマフラーが色白な柊を盛り立てる。ファッション雑誌から出てきたみたいな奴だ。

「赤好き。景都だって人のこと言えるかよ。青好きだろ?」

 お互い色の好みも何もかも知り尽くしている。

 柊はプレートの上にある大きな苺をフォークで刺した。それを俺の口元へ近づける。何をするんだろうか。そう思っていると「景都」と優しく呼び、真面目な顔つきになった。


「幸せなときも、困難なときも、富めるときも、貧しきときも、病めるときも、健やかなるときも、死がふたりを分かつまで愛し、慈しみ、貞節を守ることをここに誓います」


 これドラマで聞いたことあるセリフ。

 俺に対して誓ってんだよな。

 柊は自分の唇へその苺を運びキスをする。

 誓いのキスだ。

 マジか、緊張する。

 柊の行動に、滴るほどの唾液が喉を通過していく。

 なんだか悪いことでもしているような感覚だ。

 柊はその苺を俺の唇に押し付ける。

 誓いのキスをしたんだ、俺達。


「景都からは?」


 そうか、誓いの言葉ってお互いが「誓います」ってするものだよな。


「誓います」

「うん、嬉しい」

 よかった、通じたぞ。

「俺も」

「ほんとは景都の唇にしてもよかったんだけどなー」

「いつかな」

 まだそうする心の余裕はありません。

「じゃあ家でしようよ?」

「しねえよ」


 何度も合わさる視線。

 じれったくて、もどかしくて愛おしい。

 幸せにする。

 だから嫁に来てくれ。

 大好きだ、柊。

 今日も明日も明後日も、この先続く限りずっとだ。


 シャク、モグモグ。

 柊は誓いのキスを交わした苺を何のお咎めもなく食べている。そこがまたこいつのいい所だ。


「柊、ずっと俺の隣にいてくれ」

「うん、いる。景都が俺に飽きても離れないから」

 今はまだ薄っぺらい俺の勇気と気合と覚悟。でもいつかお前に本当の愛を誓えるようになるから。

「プリンも上手い」

 よかったな、お前の好きなプリンもあって。

 なあ、柊。ちょっとわがまま言っていいか? そのプリンじゃなくてさ、もっともっと──……もっと独り占めするくらいに俺だけを見ろって──


 一日遅れのメリークリスマス☆





 




 

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kiss×キスのことしか考えられない 桜 透空 @toa_sakura

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