kiss×16 冬の大三角が煌くとき

 母さんがよくパフェを作るので我が家にはパフェ専用のガラスの器があり、それに合わせて持ち手が長いスプーンもある。

 小さなテーブルに母さん特製の苺パフェが三つ、デンデンデンと並ぶ。


 カンッ、カランッ


 盛大に大きな口を開けて頬張る小悪魔ちゃん。バニラアイスをすくおうとしてスプーンの先が繊細なガラスを撫でる。

 ヤバいぞ。このまま口元だけを見ていたら、いくらでも入りそうなブラックホールへと誘われそうだ。隣に座る柊は満足そうに小さな口を開けて頬張る。この食い方、女子と男子が完全に逆転してると思うのは俺だけか。

「旭くん、キモい」

「は?」

「また黙ってニヤついてるもん。根暗じゃん」

 どうやら俺はまた薄ら笑いをしていたようだ。キモいとか美少女が言う言葉じゃないと思うんだが。


(小悪魔ちゃんさ、そろそろ何でもかんでも根暗に結びつけるのやめてくれない?)


「なんつうか海緒みお先輩の食い方、男っぽくてカッコいいって思った」

 それで薄ら笑いしてたんですよ。

「でしょでしょー! よく言われるの。もう可愛いとかどうでもいい! 私にとって可愛いのはね、BL世界の男の子同士が向き合って語り合って寄り添ってるだけでさあー、もう尊いったらっ! あーでこーで、あーしてこーして……」


(誰か愉快なBL世界の話止めて―)


「俺もその気持ちわかります。尊いですよね、そんな関係。俺も憧れるな」 

 チラッ

 待て、柊。

 何でここで俺の顔を見るかな。わざとかよ。小悪魔ちゃんの暴走を止めるどころか同調してる奴。

 とはいえど柊は少女漫画を溺愛している。小悪魔ちゃんはBL世界を溺愛している。土俵は違えど同志なんだ。

 楽しそうにあちらの世界の雑談に花を咲かせる女子高生たちをBGMに、俺は苺に生クリームを纏わせて口の中へ放り込む。

「景都、パフェ美味しい?」

「ぶふうっ」


(か、顔近っ──! 急にのぞきこむな)


「景都、黙々と食べてる」

「わりぃーかよ」

「もう苺ないじゃん。俺のやるよ」

 ことの成り行きを、ひたすら目を輝かせて見つめる小悪魔ちゃんの視線がヤバい。見なくても感じる威圧感。あれは俺と柊をBL世界の住人として見ている目だ。

 柊は『はい、ああんして?』と言わんばかりに、特に大きめな苺をフォークで刺して俺の口へ押し付けようとする。

「いいよ自分で食うから。置いといて」

「もう、そっけないなあ。旭くん、いい加減正直になりなよ。お姉さんは悲しいよ」

 ついに口を挟む小悪魔ちゃん。出た、都合のいい時だけお姉さんと言う。

「うるせえ、黙って食え」


 グイイイイイッ──


「んもおおおおっ! 旭 景都!」 

 小悪魔ちゃんは、ほどよく肉付きのよい足を真っ直ぐに伸ばして仁王立ち。

「んううっ……はい」 

 またもや胸ぐらを掴まれてる。

 これは笑うしかない。

 俺のことをフルネーム呼びする時は決まって説教する時だ。

 だがここでまたニヤニヤと薄ら笑ったら、今度こそビンタされそうだから抵抗はやめておくとしよう。

「ねえ、もう認めない? 旭くんは遠野くんのことが好き。そして遠野くんも旭くんのことが好き。違う?」

 違わないです。

 全くその通りです。

 その通り過ぎて言い返せない。

 小悪魔ちゃんの仁王立ちは、まさに女王様。毒リンゴを渡す魔女を超えるほどの迫力があると言えようか。

「そんなこと海緒先輩には関係ないだろ」

 小悪魔ちゃんは聞こえるように「ふうううっ──」と鼻から大きく息を吐いた。

「旭くん。もうね、遠野くんから色々聞いてる。だからもっと素直になってほしいの」


(そうだよ……本当はもっと素直になりたいんだ) 


「私は旭くんとも友達になりたいの。いつもカーッとなっちゃってごめん。だから今日、旭くんの家でクリスマス会したいって私が遠野くんに頼み込んだの。でもこんな可愛げのない女子なんて興味ないか……女子の友達なんていらないよね……」

 笑っていても心が痛そうに見えた。

「や、違う──俺もいつも口が悪くてごめん。別に海緒先輩のこと嫌じゃないし興味なくないよ。それに……」

「それに?」

 柊が隣で俺の背中を押す。

「それに可愛げなくないって。海緒先輩は可愛いよ」


 うっ、うううううっ、ううううあああああん!


 げっ!

 泣いた。俺が泣かした。ヤバい。母さんに「女の子泣かすなんて、あんた何やってんのよおおおおお!」って絶対怒られるぞ。


「旭くん、すごーく嬉しい。そんな風に私のこと見てくれてたんだね」

「あ、うん」

 今の嬉し泣きだったのか。

「旭くん。私、遠野くんと旭くんの友達になってもいいのかな?」

 俺は「いえす」と短めに答えた。 

「景都と分かり合えてよかったですね、海緒先輩」

「うん!」

「まあ悪くない。海緒先輩といると楽しいし」

「でしょでしょー。照れ屋でツンデレの旭くんも君の良さだよね。遠野くんは絶対的天使!」

 小悪魔ちゃんは愛らしい親指を突き立てた。

「はい、嬉しいです」

(絶対的天使か。この単語、確実にテストに出るぞ)

「あ、あのね旭くんに遠野くん……モゴモゴ」

(今度はおねだりスキル発動か?)

「二つお願いがあるの! それが叶うなら私もう人生捧げてもいい」

(捧げるって重すぎかよ)

「お願いって何ですか?」

 玉手箱を開ける前のワクワク感満載の柊。どうか爺さんにだけは、まだならないでくれ。


「一つはね、友達なんだから私のこと海緒先輩じゃなくて下の名前だけで呼んで欲しい。遠野くんは敬語もなしだよ。もっともっと仲良くして距離を縮めたい。確かに私は年上で先輩だけど海緒先輩と敬語じゃあ、やっぱり一枚も二枚も壁を感じちゃうの。ダメかな?」

「じゃあ海緒ちゃんでいい?」

「わあああっ嬉しい! じゃあ私も柊くんって呼ぶ! 距離縮まる感じする!」


(柊、反応早っ! 俺は、俺はどうする──)


「み、み、み、」

「あともう一息だよ、景都!」

(はー。俺、応援されてるじゃねえか畜生! 柊みたいに『ちゃん』付けはムリ。もうこうなったらヤケだ)

「海緒! 俺は最初っから敬語で話してないぞ」

「やああああん! キター呼び捨て。めっちゃ距離縮まるね、景都くん!」

 飽きないヤツ。

「ねえ海緒ちゃん、あともう一つのお願いは何?」

 とっくにパフェが空っぽになったガラスの器にスプーンをあて金属音を響かせる柊。聞いたことのあるメロディだなと思ったら、赤鼻のトナカイだ。

「うん、もう一つはねえ……モゴモゴ」

(こっちも言いにくいことなのかよ)

「こっちが大本命のお願いごとだから聞いて──」

 柊も俺もなぜか座り直して正座をする。なんだこれ、宝くじの抽選発表みたいに緊張してきたぞ。

「もう二人とも恋仲なんだから、私に遠慮しないでどんどんイチャついて欲しいの! はあはあ……」

(なんの息切れだよ。しかもどんな願いごとだ!)

「イチャつく時は私の存在を消してもらっても構わないわ」

「じゃあ俺達がイチャついてるときどうするの? 目のやり場に困るじゃん」

(柊、その質問にガチで答えるとか、やっぱすごいなお前)

「君、いい質問だねえ。どうするって……そりゃあ目隠ししながら柊くんと景都くんを見て静かに応援するわ」

(見るんかい。さすがBL世界を愛する無茶苦茶な発言だ)

「そっか。海緒ちゃんがそれで満足なら遠慮なくイチャつけるな、景都」

(頼むから、俺に振らないでくれえ)

「たとえダチの海緒の頼みでも『はいそうですか。今からイチャつきまーす』ってイチャつけるか!」


 ひゃああああああっ!


 海緒が急に顔を両手で覆う。柊同様忙しい奴だ。どうやら俺がダチの海緒と言ったのが嬉しすぎてキュン死するほど刺さったのだという。

「柊くんと景都くん。今日は私に友達っていう素敵なクリスマスプレゼントありがと。めっちゃ大事にするからね、君達のこと」

「頼むからもう胸ぐら掴まないでくれ」

「ラジャー!」

 いいスマイルだ。

「俺も景都と海緒ちゃんが仲良くなってくれたから嬉しい。景都も、ありがとな」


 嗚呼、今ならわかる。

 俺だけに向ける特別な視線、この柊の笑顔が好きなんだ。

 それに海緒のことだって。海のように広くて、ひたむきで真っ直ぐな意志に尊敬してるんだと知る。

 誰が欠けても成り立たない冬の大三角は俺の小さな部屋の宇宙くうかんで、さ迷うことなく煌めいていた。

 



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