kiss×15 両手に男子♂
プルルルルル、プルルルルル
プルルルルル、プルルルルル
(電話か)
プルルルルル、プルルルルル
プルルルルル、プルルルルル
(はいはい、わかったから)
「はい」
寝起き最悪、ぶっきら棒な俺。誰の着信かも確認せず電話に出た。
「私よ、わ・た・し。
きいいいいっ──ん
「朝っぱらから大声だすな。ふああ……」
せっかく夢で柊といい所だったってのに。
「だって旭くん、鳴らしても全然電話出ないんだもん」
顔を見なくても電話の向こう側で口を尖らせている小悪魔ちゃんが容易に想像できた。
柊捜索の件でお互いの電話番号を知ることになった俺と海緒先輩。
「ふっ」
「あ──っ!」
「おい、声のボリューム下げろ。頭キンキンする」
「んもうっ! この酔っ払いが!」
(いや、俺そもそも未成年なんで)
「今、鼻で笑ったね? ふっ、て鼻で笑ったよね旭くん。ひどいんだからあ、もお!」
(どうでもいいことには敏感なんだな、小悪魔ちゃんはさ)
「だって海緒先輩、顔見えなくてもどんな顔してるかわかるもん」
「ううっ、何よそれ。何か得意げでムカつくんだけど」
電話口の向こう側でも喋りまくる小悪魔ちゃん。飽きなくて楽しいとでも言っておこうか。
「で? 何か用?」
「そうだった。旭くんがうるさいから忘れちゃってたじゃないのー」
「それはすいません」
(俺が悪かったです。君は全くうるさくありません)
「今日クリスマスでしょ。遠野くんと旭くんと私でクリパやらない? もち旭くんの部屋で!」
「はああ?(なんで俺の部屋なんだ?)」
俺の部屋で急きょクリスマスパーティーを開くことになった。柊と話していたらこうなったと言う。
柊から旭家のあれやこれやを聞いたという小悪魔ちゃん。どうやらうちの母さんが作る特製苺パフェを食べたいらしい。だったらもっと早めに言っておいてくれないかなと思ったが昨日今日決めたことなら仕方がない。小悪魔ちゃんに突っ込むとキイキイとキレだしてまた胸ぐらを掴まれるといけないんでやめておこう。
ようやくぬくぬくの毛布から這い出るように起きた。
フラフラと起きてリビングへ行き、そのことを母さんに伝えると「ええっ、女の子がうちに来るなんて夢みたいねえ。じゃあ張り切って作るから任せて」と嬉しそうな母さん。
ええ、自分の母さんがほんとに貴方でよかったです。(決してマザコンではありません。半分呆れているだけですから)
ピンポーン、ピンポーン。
ピンポーン、ピンポーン。
来たか。スマートフォンの時計を確認すると予定通り十五時ぴったりだ。
(ふっ)
ぴったりで気持ちいいな。
小悪魔ちゃんは俺の家も柊の家もまだ知らない。柊と落ち合って一緒に来ているはずだ。玄関扉を開けてすぐに、小悪魔ちゃんが「旭くん、メリークリスマス!」と間違いなく可愛い笑顔で言う。その後ろで控えめに微笑む柊が俺に手を振る。
(はいオーダー! スマイルひとつ入りましたあ!)
俺は誰もいない厨房に向かって『とびきりスマイル少し多めで』とオーダーを入れる。
柊──っ! 嗚呼くそっ──天使かよ。
「お邪魔します」
おしとやかな口調、脱いだショートブーツの向きを揃え隅っこに置く。いつもの威勢はどこいった?
「いらっしゃーい。まあ可愛らしい子ねえ。アイドルグループKTHにいても映える感じだわあ」
母さんがドカドカとやってきて、小悪魔ちゃんを上から下まで舐め回すように見る。
解説しよう。
KTHとはつまり〈可愛い天使の前で跪きなさい〉という意味だ。可愛いのK、天使のT 、跪きなさいのH。
そんな高飛車で可愛い女の子集団、今流行りのアイドルグループをさす。確かに小悪魔ちゃんにピッタリのグループだな。さすが俺の母さん。アイドル好きは半端ない。
「初めまして。旭くんと遠野くんと仲良くさせて頂いています成瀬 海緒です。今日は突然お伺いしてすみません」
手土産らしき紙袋をささっと差し出す。
ふおっ──どこぞのお嬢様かと思ったら小悪魔ちゃんやった。意外と礼儀正しいではないか。とてもクソブタ野郎と叫んだ同一人物とは思えない。
ここで長居は無用。さっさと俺の部屋へ案内する。
そういえば自分の部屋に、柊以外の友達を招いたことないなと思った。どんだけ友達いねーの。やっぱり根暗かよ俺。
同年代の女性を招き入れるのは初めてだ。その初めての女性がまさか小悪魔ちゃんとはね。人生何がどう転ぶかわかんないもんだと廊下を歩きながら薄ら笑う。
その彼女の小さな足が殺風景な男の部屋へと踏み入れる。
「へえ、旭くん。意外と綺麗にしてるね。しかも漫画や小説がいっぱいある! 読書家なんだあ」
(意外で悪かったな。こう見えて整理整頓好きなんだよ)
「読みたいのあったら貸すよ?」
彼女からふわりと花の匂いがした。香水か? 俺の部屋がお花畑になったようだ。
「ほんと? じゃあ後でゆっくり選ばせてね」
後でと言いつつ小悪魔ちゃんは本棚の前で品定め。ほんと本好きな奴。
「初めに言っとくけどBLものはないぞ」
小悪魔ちゃんは「知ってるー」と唇をツンと尖らせる。
「俺、兄貴に怒られた。
小悪魔ちゃんがびっしり詰まった本棚に夢中になっている隙を狙い、柊が話しかけてきた。よく聴くバンドのライブ配信動画をBGM的に流しているので、そもそも静かな空間ではない。
「
「うん。スタッフの人にも謝れよって言われてるから行かなきゃ」
聖さんが怒るのも一理ある。俺の心配うんぬんはともかく。幾ら兄弟とはいえ予約している以上すっぽかしは良くない。
店長である聖さんが勤める美容院にはスゴ腕シャンプーテクを披露したヴァンパイアメイドの他に、もう二人いた。
従業員はそのお客さんのために時間を確保して待っている。何も連絡なしにすっぽかすなんてこと、本来あってはならないと思う。そうやって偉そうに柊に説教たれるほど、できた人間じゃないから心の中に留めておくが。
働いて生きていくってことがいかに大変なことか高校生の俺にはまだはっきり掴めない。だからこそ家族のために一生懸命仕事や家事に働いてくれる両親に感謝したいなと心から思った。
「で、美容院いつ行くか決めたのかよ?」
柊は少し伸びてきた髪を人差し指で抄い上げながら「今週の土曜日に予約入れ直した」とハスキーな声で言う。
「遠野くんって、お兄さんがやってる美容院行ってるの?」
いつの間にか会話に参加していた小悪魔ちゃん。
「はい。兄貴、店長なんです。細かい注文もわりと聞いてくれるんです」
「へえー! 私もお兄さんに髪の毛カットしてもらいたい!」
小悪魔ちゃんがまた新たな獲物を捉えたか。目がキラッキラだ。
「俺もこれ、聖さんにやってもらった。そういえばメイド姉さんがシャンプーしてくれたな」
やや青みがかるブルーグレーアッシュ色に染めた髪を指さす。だが俺の髪色には興味ないらしい。
「ふええええっ、メイド! メイド姉さんですってえええっ! メイド服着てた? 勿論ゴスロリ風よね? あああん可愛いんでしょうねえ。私もシャンプーしてもらいたい!」
ああしまった。小悪魔ちゃんに火をつけちゃったか。目がギラッギラだ。
「私、宣言する。聖さんの美容院に行く! 聖さんとメイド姉さんをご指名する! だから遠野くんお願い、私も予約したいな」
急におねだりモードになったぞ。
「はい、なら電話してみます」
柊も何の迷いもなく、すぐ聖さんの美容院に電話をする。この二人すげえな。俺もこの行動力は見習うとするか。
「海緒先輩ってメイド好きなの?」
「うん好き。大学生になったらメイド喫茶でバイトするのが当面の夢なの。あっ、もしそうなった時は旭くんと遠野くんも来てね。ちょっと何聞いてくれちゃってんのお──っ」
それは素敵な夢だこと。
「はあ? 俺はパス」
確かあれだろ。「お帰りなさいませ。ご主人様♡」とか言われるやつだろ。
「そんなこと言わないで行こうよ、景都。海緒先輩のメイド服姿、拝めるんだぞ」
「はああっ? お前正気かよ。一人で行ってこい」
「あんたこそ正気なのかしら? 私のメイド服姿見て、ひれ伏して跪きなさいよね──ふんっ」
(でた! 女王様発言。しかも俺に対してのみ発動するスキル)
「海緒先輩のメイド服姿はいいけど、メイド喫茶に行くことが恥ずいって言ってんの!」
「可愛いいい、旭くん」
「海緒先輩もそう思いますよね。景都のやつ可愛いんですよ」
(くっ──こいつら完全にオタク同盟組んでやがる)
あれから柊と小悪魔ちゃんの仲は不思議なくらい仲良しになっている。
柊も失恋を引きずっているかと思ったが立ち直りも早かった。待てよ──もしかして俺の方が失恋したら立ち直りが遅いかもしれない。立ち直れないくらいに軟弱な男かもしれない。
「ご主人様、お帰りなさいませえ♡」
調子にのった小悪魔ちゃんがふざけて言っても様になってるのは何でかな。似合い過ぎ。
もう好きにしてくれ。メイド喫茶でも執事喫茶でもどこでも行ってやる。きっと小悪魔ちゃんならその夢叶うよ。間違いなくお店のナンバーワンだって。
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