kiss×14 ふたりでひとつ

 コンビニ、雑貨兼本屋、ファーストフード店、ゲームセンター、レンタル店。深夜営業している店を中心に柊とよく行く場所を片っ端から探す。カラオケ店や漫画喫茶なんかに入られたらお手上げだが。道行く人を掻き分けても柊はいない。寒すぎて足先の感覚も鈍い。

 柊と一緒にいるのが当たり前だった日々。些細なことで口喧嘩するのはしょっちゅうあったけど、俺からも誰からも連絡を絶ったことは過去一度もない。だから不安になる。

 俺は交通量の多い大通りに出た。その歩道橋の階段をひとつずつ上る。スマートフォンはパンツのポケットへしまい、いい加減かじかむ手をカイロの入ったコートのポケットへ突っ込んだ。


 ばふゅ──っ、ぴゅ──っ


(風冷たすぎて顔面が痛い──……)


 上りきると歩道橋の中央付近に黒い塊が見えた。暗くてよく見えないがあれは人だ。真下には四車線の道路。ビュンビュン通る車を覗き込むような姿勢で危なっかしいなと思った。 

 深夜二十二時。車の交通量はそこそこ多いけど、ましてやこの時間に歩道橋で佇む奴はそうそういないから、その塊は異様に目立つ。少しずつ距離を縮める。

 

(え、や、君何してんの? 寒いのに。車見てんのか?)


 手すりに体を預け、手は前へぶらぶらさせている。一段高い所へ足を掛けているから体が宙へ浮きそうだった。

 ま、待て。

 早まるな。

 そうじゃないだろ?

 こっから飛び降りたって何もいいことなんてないから。

 心臓が煽り、背筋がぞくりとして恐怖で足がカタカタと震えだす。


 プアアアアア──ッ


 トラックのハイビームのライトがその塊を照らした。ほんの一瞬だけスクリーンに映し出されるように浮かび上がる。

 柊──……?

(お前、まさかまさか──違うよな!)

 真っ暗で表情まで確認できない。

(早まるな落ち着け。今そっちに行く)

 トラックや観光バスであろう背の高い車両のハイビームがその塊を再び照らす。間違いない、柊だ。

(何やってんだお前──!)


「柊──!」


 ドンッ──


「うあっ、なんだよ! 落ちるだろーが!」

 柊の背後から思いきり抱きついた。

「柊! 死ぬな早まるな! マジでダメだって! いやだ、お前いなくなるの絶対嫌だああああっ──」 


(お前、落ちるだろーがって言った? そこから落ちようとしてたんだろ?)


「って景都かよ!」

 柊の顔を見て安心した俺は、何かがずるりと抜け落ちるようにその場にしゃがみ込んだ。

「俺がここから飛び降りるように見えた?」

「だってお前。手なんかこうブラブラさせてたし、もう落ちるかと思うだろ」

 柊は「早とちりだなあ」と笑う。

「何が可笑しいんだ! お前が海緒先輩にふられたショックで飛び降りるかと思うだろうが。ラインも電話も連絡つかねえし。海緒先輩に聞いてさあ、こっちは心配したんだぞ──!」

 ヘラヘラと笑う柊に腹が立った。悲しくなんてないのに目頭が熱くなって涙が滲む。

「ごめん景都。笑ってごめん。俺、ふられたくらいで絶対そんなことしないから」

「ならいいけど……お前スマホは?」

「忘れたのに気づいたけど、多分部屋にある。心配かけてごめん」

「わかった、もういいって」


 寒空の下、小悪魔ちゃんとの出来事を要所要所、淡々と話す柊。


「それとお前、美容院すっぽかすのはマズイだろ。聖さん心配して俺のとこに電話してきたぞ?」

「はい、ごめんなさい」

(なんで敬語なんだ?) 

「なあ、兄貴に連絡したいから景都スマホ貸して」

「こんな時間に電話したら迷惑だろ、ラインでよくね?」

「それもそうだ」

「今日は俺から連絡するから、お前は明日朝一で謝っとけよ?」

「そうする……」

と、元気をなくしたように言う。

 とりあえず柊の無事と柊がスマホを忘れて外出したこと、色々あって美容院に行けなかったことを柊に変わって謝りのラインを送信しておいた。

「海緒先輩とはうまくいかなかったけど、それはもういいんだ。俺が景都に勝手にイラついて飛び出したから景都に顔あわせづらくてさ……」

 柊は、しんしんと冷えた外にいたせいか鼻をズルズルとすする。

「そんなの最初っから気にしてない。とっとと帰ろうぜ寒いし。お前鼻ズルズルじゃん」


 柊が左腕に提げている紙袋。「これ何?」と聞くと「俺のプリンアラモードと景都の好きな苺のショートケーキ買った」と言う。驚いた。

「ちょっと中見るぞ?」

 俺は状態が気になって箱を開けた。

「は? これいつ買ったの?」

 プリンアラモードは容器に入っているのでまだしも問題はショートケーキのほう。生クリームが何となくデロンとした感じは否めないけど形は保っていた。

「ん──どうだろ。十四時くらい?」

「マジか、保冷剤クッタクタじゃん」

「ごめん。俺が持ち歩いてたから溶けちゃったかな」

「まあ何とか食えんだろ」

 柊の小さな口元が笑みを浮かべた。

「昼間に溶けて、夜になって寒いからまた固まってきた感じ?」

「かもな。早く帰ってこれ食うぞ」

 二人のつま先は家路方向へ向く。

「帰ったら二十三時。そんな時間に食ったら太るぞ景都」

「最強の胃袋は太んねえの」

 柊は「都合いい胃袋だな」と笑う。


 ふ、ふ、ふえっくしょお──ん

 ずぴー、ずぴー


 盛大にくしゃみをする柊。鼻水もズルズルだ。それもそうだろ。こんな寒空の下ずっといたら風邪を引くに決まってる。柊のポケットに自分の手を突っ込んでやった。


「あっ、何これ。あったかい」

「だろ? カイロ仕込んどいたからな」

「俺にくれたら景都のないじゃん」

「あるよ」

 もう片方のポケットからカイロを出してみせた。

 なるほどねと言わんばかりの顔でニヤリと笑う柊。

 俺の左手はまだ柊のコートのポケットの中にある。宙ぶらりんな状態も気持ちが悪いのでカイロと一緒に柊の冷たすぎる手を握ってやる。


 はらはら。はらはら。はらはら。


「景都、雪! 雪!」


 漆黒色の夜空を見上げれば細かな雪の結晶が舞い降りてくる。天使かよ。

 柊も俺の左手をギュッと握り返してきた。こっちにも天使がいた。俺の天使。

 街灯に照らされる足元。赤と青のスニーカーと雪の結晶が夜の世界で踊りだす。どんなイルミネーションにも負けてないはずだ。 

 







 

 

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