kiss×13 俺の嫁の居場所

 現在の時刻は二十時半過ぎ。遅い。遅すぎる。まるで嫁の帰宅が遅いのを心配する夫のように、俺は意味もなく部屋をうろつく。

 ひいらぎの自宅をついさっき訪ねたが、まだ帰ってはいなかった。 

 小悪魔ちゃんとの待ち合わせは十七時だ。その前に聖さんの美容院に行くはずで予約は確か十五時。海緒先輩に告白する前に最高の状態にしておきたいという理由から、カットとカラーをお願いしてあると聞いている。

 柊の電話番号を画面に表示させては消す、という作業を幾度となく繰り返す。


 だがこうもとれる。

 小悪魔ちゃんに告白をして、めでたく付き合うことになったと仮定しよう。今日はクリスマスイブだ。二人で過ごすには最高のシチュエーションじゃないか。

 今俺が柊のスマートフォンを鳴らしたら完全に嫌がらせでしかない。しかも微妙に喧嘩別れのままが気まずい。いつでも着信音を鳴らす奴だからラインにしたってムリ。例えデート中でいい雰囲気だったとしても奴は見ると思うから。だから電話するのはやめておこうと思ったときスマートフォンが鳴る。ひじりさんからだ。


『聖さん、なに?』

景都けいと、そっちに柊来てる?』

『午前中こっちに来て昼過ぎには出たけど何で?』


(俺達、険悪な感じなんだけどなんて言えるかよ。絶対心配するし)


『そうか景都のとこにもいないのか……』

『何、柊どうかしたの?』


 ザワザワザワザワザワザワと胸騒ぎ。 


『今日あいつ美容院に来なくてさ。何回か電話したけど出ないんだよ。景都なら何か知ってるかと思ってね』

(すっぽかしかよ)

『は? それマジなの?』

 だが俺は咄嗟に、『あてがあるし聞いてみる。俺も探してみるから』と小さな嘘をついて電話を切った。


(本当はあてなんかないけど──……マジごめん聖さん)


 この件、早急に整理してみた。

→昼前、俺の部屋に柊が来る。

→あいつの話を適当に聞いていたせいで柊は怒って、実家に帰らせていただきますというふうに家を飛び出した。

→十五時に聖さんの美容院でカットとカラーをする予定。

→行くにはまだ早いと思うから適当に暇をつぶす。(これは仮定)

→十七時に公園で待ち合わせをした小悪魔ちゃんに告る。


 流れとしてはこんな感じか。ここから先は二手に別れる。まずは告白が成功した場合だ。


 そのまま成功した勢いで手を繋ぎイルミネーションデートを楽しむ。癪に障るがこちらは心配することはなさそうだ。

 だがもし、もしも柊がふられた場合だ。その場に留まることは無用なはず。であればどこかに去るだろう。じゃあどこに行くか。

 ちょっと待った──そもそも聖さんの美容院に行っていない時点でおかしいじゃないか。途中で何かあったと考えるのが妥当かもしれない。やっぱり緊張して告るのやめて逃亡した? 天然バカ柊に限ってそれはない。告白の練習だって呆れるほど沢山重ねてきたんだ。まさか事故か、それとも誘拐──。

 

 ぶんぶんぶんぶん(ないないないない)


 頭を横に振って全否定。

 途中で事故に遭ったなら、この時間家族に連絡があってもよさそうだから事故の線はないな。

 あるとしたら誘拐の線が濃厚だ。柊の熱狂的な男性ファンが尾行していて誘拐されたとか。こつ然と姿を消して何の連絡もよこさない柊の身に何か起こったんじゃないか。そう考えるだけでも恐怖で身の毛がよだつ。

 あいつの行きそうな場所どこだ──。

 考えろ考えろ考えろ。空っぽの頭捻って考え抜け。そうだ、もう一人いるじゃないか。小悪魔ちゃんこと成瀬 海緒なるせ みおが。

 学校で軽く話すくらいで連絡先すら交換していなかったことに軽く後悔しながらも、顔の広い友達に頼み込んで小悪魔ちゃんの連絡先を何とか突き止めた。

 小悪魔ちゃんに事のいきさつを聞いた俺はコートを羽織り、部屋の扉を蹴るように飛び出した。

 

「出掛けるの? もしかしてデート?」

 背後から母さんに呼び止められた。

「母さん、もし柊からうちに連絡あったら俺のスマホに電話してくれる?」

「いいけど。何か慌ててるわね。デートに遅刻しちゃうなら早く行きなさい」

 理由も聞かずにドシリと構え送り出してくれる母さん。

 母さんが自分の親で良かったと心底思っている自分に気づく。俺は決してマザコンではない。でも自信ないからフィフティー・フィフティーにしておこうかな。 こんなこと面と向かって言うのめんどくさいから。

 

(ありがと、母さん) 


「景都!」

「ん?」

「気をつけて行ってらっしゃい」

「うん」


 俺、母さんと父さんの子供で良かったよ。だから今は集中させてくれ。

 スニーカーを履きながら再び柊にコールするも音信不通。ラインも既読がつかない。

 外へ出ると早速冷たい空気が肌を纏いピリピリするような痛みが走った。今すぐにでも雪が降ってきそうな寒さだ。

 念のため柊の家にも寄ったがまだ帰ってはいない。

 暗くて静まり返る住宅街をあてもなく走る。冷たい夜風が目に染みて目尻からはみ出た滴が氷柱になりそうだ。

 絶対見つけてやるからな柊──。

 



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