kiss×12 海緒先輩の好きなひと(柊目線)

「景都の根暗バカやろおおおっ──!」


 バアアアンッ、ドンッ。


 数歩先の自宅に着いた俺は分厚くて重厚な玄関扉にグーパンチからのキックで八つ当たり。拳から腕の骨へと一瞬にして電光石火の衝撃が走り、痛みで目頭が熱くなった。


(──っつう、いってえええっ、くそっ!)


 景都のやつ、口数少ないわりにしつこいし口は悪いし。鈍感でめんどくさがりなわりに運動神経抜群だし。イケメンなくせして服は無頓着。寝ぐせもそのまんまで学校にくる。イケてるヘアスタイルとでも思ってんのか? いつも俺の意見に流されて生きてきて。言いたいことあるなら言えよはこっちのセリフだバカ野郎。

 

 景都は俺の何なんだ。

 そういう俺も景都の何なんだ。

 おまけに顔はしょうゆ顔でさっぱりしてるくせに目は切れ長で色っぽい。鼻も俺みたいに小さくなくてすらりと整う端正な顔立ち。イケメンかよムカつく。

 根暗でモテないとか言ってるけど俺は知ってる。

 体育祭では嫌というほどあいつのカッコよさを思い知るんだ。いつだって景都は注目の的だ。景都は知らなさすぎる。


 俺は俺そのもののパーツが目立つって話だけども景都はそうじゃない。景都を慕う人間は旭 景都のパーツを求めてるんじゃない。彼の走る姿を祈るように見つめ共鳴し心を揺さぶられたいのだ。それくらいに人を惹きつけ、強烈な印象を与えて脳裏に焼き付けさせる。

 運動音痴の俺が純粋に憧れる走りをする、あいつが眩しいよ。

 リレーでは必ず景都はアンカーになる。ぶっちぎりの速さで三人をごぼう抜きしてトップでゴールテープを切ったのが印象的だった。今でもその勇姿を簡単にフラッシュバックできる。

 そんな眩しい走りを見せる景都も、いつか俺とは別々の人生を生きるんだろうって漠然と考えた。そうしたら無性に苦しくなって切なくなってどうしようもなくなった。そんなとき俺は海緒先輩に出会い一目惚れをした。


(それにしても痛えっ! 右腕がジンジンする)


 景都は外見も内面も本当にカッコいいよ。気づけよ鈍感バカ景都。もっと自信持っていいのに。それに俺に散々振り回されたって嫌な顔ひとつしないじゃないか……お前は凄いよ。相手のことよく見てるんだと思う。だからあんなに人間味のある優しい物語が書けるんだろう。

 どんな時だってそうだ、今日だって俺の心配ばかりして。優しすぎんだよバカ景都。

 ちょっとしたつまんないことで景都を突っぱねたのは俺だ。景都は悪くないし謝る必要もない。謝らなきゃいけないのは拗ねて部屋を飛び出したこの俺なんだ。


(あーあ、どんだけ暴言吐いてバカ景都って言ってるんだ。これから海緒先輩に告白しようとしてんのに。景都のことばっか頭に流れてくる)




 頭を冷やすため早めに家を出た。

 春かと勘違いした冬の空はじんわりと暖かい。暑くなってきたから着ていたコートを早々に脱ぐ。歯切れの悪い別れ方をした景都とはそれっきり連絡が途絶えている。

 景都の家で昼ごはんを食べる機会を逸したので、どうしようかと考えながらクリスマスの電飾で彩られた商店街を、やや重めの足を引きずるように歩く。新調したスニーカーの底が擦れる音がした。


(俺は赤、景都は青のスニーカーをイロチで買ったんだっけ……)


 美味しいと評判の可愛らしい面構えの洋菓子店の前でピタリと足を止めた。ここは景都も好きな店だ。店内はクリスマスイブとあって予約したケーキを取りに来る客でごった返している。


遠野とおのくん?」

海緒みお先輩!」

 驚いた。まさかこんな所で偶然に会えるなんて神のお導きかよ。景都悪い。今だけはお前のこと頭から排除させてくれ。

「クリスマスケーキ取りに来たんですか?」

 海緒先輩は大事そうに大きな箱を抱えていた。

「うん。家族が予約してたから取りにきたの。ここにいるってことは遠野くんも?」

「あ、や、予約じゃないけどケーキを買いに」


 サイテーだ俺。

 嘘ついた。

 たまたま通りかかっただけだと正直に言うだけのこと。

 なぜ嘘をつく必要があるんだ。それとも景都に悪態ついて家を飛び出しましたなんてバカ正直には言えない。 


「ねえ、私ここで待ってるからケーキ買ってきたら?」

 後に引けなくて「はい」と返した。店内は混雑していると言っても予約したケーキを取りに来た人達ばかりだった。ショーケースの中のケーキを買う人は殆どいなくて案外すんなり買えた。

 海緒先輩を目の前にして(買ったはいいけどこのケーキどうしよう?)などと考えている余裕はなかった。

「途中まで一緒に帰ろうよ、こうして会えたんだしね」

「はい」

 破壊的な海緒スマイル。鼻のてっぺんがじんわりと熱がこもり奥から赤いものが出そうになる。

「先輩、今日の十七時にあの公園に来てくれますよね? 俺、待ってます」

「遠野くん、そのことなんだけど」

「はい?」


 小さくて可愛い海緒先輩と俺が向き合っている。公園で告白とかじゃなくて、もうこの勢いで告白してもいいんじゃないかってくらいのシチュエーションだ。だけど、いくら冬とはいえこの暖かい空の下、ケーキにとったらこの環境は地獄だよなと思った。


「私の見当違いだったらごめんね……もしかして私に告白しようとしてる?」

(そ、そうだけど……えっ、何でわかった?)

「黙ってるってことはそうなんだよね?」

(何だこの展開。全然読めない。怖くて体が震えてくる)

「偶然会えたし、もうここで正直に話すね。実は私、BL世界の男子にしか恋しないの」

「へ? あの……え?」


(BL世界の男子にしか恋しないのBL世界の男子にしか恋しないのBL世界の男子にしか恋──)


 パニックに陥った俺は念仏のように頭の中で唱えた。


「だからね、BL世界の男子にしかときめかないし恋しないの私。今の私にリアルな恋愛はムリなの。期待させちゃったみたいでごめんなさい、遠野くん」


 待った──この時点で失恋確定だ。


 海緒先輩は俺が悲しみに暮れる時間を与えてはくれず、ケーキ屋の店先で突っ立ったまんま愉快で素敵なBL世界の話を機関銃のごとく連射する。

 さすがにこの暖かさじゃケーキが溶けると思った俺は「先輩、ケーキ溶けますよ」と言ってはみたけど「早口で喋るから大丈夫」と言って見事に切り捨てられた。

 でもなぜか海緒先輩の一方的なBL世界の話を聞いていても、ちっとも苦痛じゃなかった。

 俺、さっきこの人にふられたばかりなんだけどな。ちっとも悲しい感情が湧いてこない。どうしてだろう。わかることと言えば今の海緒先輩に自分の姿が重なることかな。

 俺も少女漫画を愛でるように読むから先輩がBL世界の男子にしか恋しない気持ちも理解できる。まだBL世界の一人語りは終わらない。海緒先輩のBL愛は本物だと確信する。


「遠野くんの思ってた理想と違ってるなら私のこと引いちゃったよね?」

「いや、ちっとも引かないです。俺も少女漫画を溺愛してるんで先輩の気持ち、なんとなくわかります」

「ありがとう遠野くん。君も好きなことに真っ直ぐな感じなとこ、素敵だと思うよ」

「ありがとうございます」

 バカにしないで褒めてくれた海緒先輩の口角がキュッと上がる。俺の発言によって仲間意識が発動した模様だ。 


(というか俺の渾身の公園告白タイムはどこいった? 自然消滅した感じか……)


「遠野くんはさ、私のこと好きだったのかな?」

 海緒先輩は少し俺に歩み寄る。

「はい。俺がイビられてた時に助けてくれた海緒先輩がかっこよかったから」

「ねえ、遠野くん」

「はい」

「遠野くんのその好きは恋じゃないと思う。自分で言うのもあれなんだけど、その気持ち恋じゃなくて憧れなんじゃないかな……」


(俺の海緒先輩に対する気持ちは恋じゃない?)


「私の推測でしかないんだけどさ、君は気づかないうちに旭くんに恋してると思うの」 

「俺が、景都に恋──……」

 海緒先輩から放たれた矢は俺のおでこを簡単に射抜く。何も言い返せなかった。








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