kiss×11 それでも重なる不協和音
カラン、カンッ、ガタンッ
「ご馳走さま」
食べ終えたガラスの器とパフェ用のロングスプーンを無造作にトレイに置き、急に立ち上がる柊。
「俺、美容院行ってくる」
「予約十五時からだろ? まだ十二時じゃん。ここで昼飯食べるんじゃないのかよ」
柊は何も言わない。
俺はスマートフォンの時計を確認する。小悪魔ちゃんと会う約束は十七時だ。まだ時間に余裕はある。柊はその前にカットとカラーをしてもらいたいからと、兄である
「そんなの知ってる」
は?
何その棘のある言い方。
態度や言動の所々に〈俺、今めっちゃ機嫌悪いから〉みたいなオーラがバンバンに伝わるんだが。
「何だよ柊。機嫌悪いぞ」
「そんなことない」
(柊のそんなことないは、そんなことあるんだ。もう知ってる。何年夫婦みたいにお前と連れ添ってると思ってんだよ、バカ)
「おい柊! 急に不機嫌になって意味わかんないだろ。言いたいことがあるなら言えよ」
何やら不穏な空気が漂う。
「じゃあ言う。景都さ、やっぱ俺と海緒先輩のこと応援してない気がする。俺の話、全然聞いてない──」
やばい。痛い所をつかれた。
確かに俺は他事を考えていて上の空だったのは否定しない。柊がちょっとキレるのも納得できる。だから今のは俺が悪い。
「ごめん、ちゃんと聞くからもう一回話してよ」
あれこれ言い訳しても仕方がないので素直に謝った。
「いいよ、大したこと言ってないから。俺も一方的過ぎた。もう相談とか練習とか付き合ってくれなくてもいいから。一人で何とかする」
はあああっ?
何だよそれ。
適当に聞いてた俺が全面的に悪いけど。
散々振り回しといて都合が悪くなったらポイかよ?
ふざけんな。
「聞いてない俺も悪かったけど、いきなり俺の存在切るなよ?」
「ごめん。や、だからもういいって──」
「このままじゃ俺がよくないんだって。怒んなよ、柊」
(まずい、どうしたらいい……)
「俺が散々勝手言って景都を振り回してただろ、だから元はと言えば俺が悪い」
「柊……」
「景都、今まで無理やり告白の練習とかさせてごめん。それから海緒先輩のことばかり話してごめん。嫌だったよな?」
ここにきて丁重に謝られるとは思ってなかった。
(やべ、俺そんな風に見えたのか? 嫌だなんて思ったことなんて──)
「や、俺はそんなこと──」
「景都──もういいって言ってんだろ! しつこいんだって、お前!」
天然バカ野郎は俺の話そうとする言葉を遮り、可愛らしい声を張り上げた。奴の拗ねた顔は今までに何百回と見てきたがマジで怒った顔は初めてだ。パフェ用の長いスプーンを持つ手が僅かに震える。
「俺、もう行くから」
バタンッ──
いつもの部屋の扉が閉まる音なのに今日だけはやたら俺の心臓に響いた。
はあ──痛い。
心が痛い。
ズキズキする、このへんが。
お前の話、つまんないから聞いてなかったんじゃない。小悪魔ちゃんとの間柄のことを、お前に話すかどうか迷ってたら頭ん中グチャグチャになった──結果上の空だった。
自分の気持ちを都度話していたらよかったんだ。言葉足らずの自分を呪いたくなった。根暗景都のバカ野郎。
嗚呼、本当のバカ野郎は柊じゃない。この俺のことかよ。
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