kiss×10 偶然は必然であること
今日は十二月二十四日、クリスマスイブ。ついに柊が
俺が柊の手を振り払ってからというもの、いつものように俺に触れてくることはなくなった。だが持ち前の天然パワーは今日も変わらずに健在だ。
はむはむはむはむ。ゴクリ。
「はむはむはむ。ついにコクる日がきた。はむはむ。でもホワイトクリスマスじゃないのが残念だけどな。はむはむはむ」
俺の部屋で母さん特製苺スペシャルパフェを呑気に食らいつく柊。
下から順番に、バニラアイス→苺ソースと苺→スポンジケーキと生クリーム→苺アイス→てっぺんに生クリームと、これでもかというくらいの苺。苺アイスもバニラアイスも手作りという力のいれよう。
前回のありあわせフルーツパフェにリベンジした母さん渾身の作品だ。柊の喜ぶ顔を見た母さんは満足して俺の部屋から立ち去った。自分の親ながら非常におめでたい人だと思う。
はむはむはむはむ。
「おい、食うか喋るかのどっちかにしろ」
「それな。でもね、早く食わないとこの一番下にあるバニラアイス溶けちゃうじゃん。はむはむはむ」
相変わらず忙しい奴だ。
「これから好きな先輩に告ろうってのに緊張とか無縁だな」
「ほんなほとはいひょ」
「それは良かったな」
(そんなことないよ、と言っているんだと思うが)
「さすが景都。俺のことよくわかってんじゃん」
「どれだけ柊と一緒につるんでると思ってるんだ」
「まあな。風呂も小学生まで一緒に入ってたし。なんなら今日一緒に入ろっか、男同士の裸のつきあい」
ぶふおおおおっ! ごほっ!
「いいよ」
「え? いいの?」
「違う違う! 意味はき違えんな! 入らねーの、お前とは」
「何で? 銭湯だと思えばいいじゃん」
「ストップ、ストッープ! 何か告白の話から相当ズレてるんですけど? 話戻そうぜ」
話をすり替えられた柊は唇を前に突き出し、しかめっ面をする。だがその表情もアイドル顔であるのは言うまでもない。
今、柊と風呂なんか一緒に入れるわけないだろ。
察しろよ、天然バカ野郎が。
***
成瀬 海緒と学校の廊下でバッタリと会った日以来、柊はちょくちょく先輩の教室へ顔を出しに行っていたようだ。「一緒に行こうよ」と柊に誘われても特に話すことがない俺は拒否していた。
しかし冬休みに入る直前の終業式の日のこと──。
俺が小悪魔ちゃんに会う時は、どうやらバッタリ会うのが定番らしい。もしくは柊と同じように小悪魔ちゃんともS極とN極で惹かれあっているのかもしれない。
運命の出会いなんて少女漫画の世界だけでいい。そう思う俺の思考は相当腐ってんなと思う。皆が楽しそうに帰っていくのを横目に校庭の花壇の草木に水をやりながら薄ら笑いを浮かべる。
「ちょっとキモいんだけど? その薄ら笑い」
「は?」
ドンッ──
「痛っ!」
背後から、俺の両肩にずっしりとした重みと痛みが走る。
「旭くん!」
振り返れば見知った顔。
「っんだよ急に。肩ぶち壊す気か。重いんだから全体重かけんなよ」
「旭 景都!」
(すぐフルネーム呼びするのな、小悪魔ちゃん)
「何」
しょうがなく水を止めた。
「女の子に向かって重いって何よ、重いってえ! そんなこと言ってるからモテないんだぞ!」
「あー、すいませんでした。いいよ別にモテなくても」
「やば、根暗オタク発言」
「根暗で悪かったな」
「ぜんぜーん。根暗最高だよ! 君は根が真面目だよね。水やりって美化委員の仕事でしょ?」
(悪くないのかい。コイツと話してると調子狂う)
「俺、今日当番だし。で、何か俺に用?」
ホースを巻いて片づけている間も、好きな俳優が出ているドラマの最新話をペラペラと語る小悪魔ちゃん。
「……ねえ、幼なじみの遠野くんとはどんな関係なの?」
なぜかモジモジモードの小悪魔ちゃん。しおらしい……もとい。珍しい。
「柊? そのまんま幼なじみな関係だけど。何で?」
「最近ね、遠野くんが私の所によく来るの。知ってるよね、この情報。幼なじみだもん。何でも旭くんに話すんでしょ?」
「ああ、毎日聞かされてる」
何を言いにくそうにしているんだろうか小悪魔ちゃんは。
彼女の相手をしながら手際よくホースを巻いて物置にしまった。リュックからペットボトルを取り出して勢いよく炭酸飲料を喉へ流し込んだ。
「うへっ。炭酸抜けてるし」
「いつ買ったの?」
「今日の朝」
「それは抜ける! バッカじゃん」
「それな」
「ねえ旭くん。さっき何で水やりしながら不気味に笑ってた?」
(不気味は余計だがな)
「ん?」
小悪魔ちゃんと目が合う。
小柄な小悪魔ちゃんはデカイ俺を見上げて隣でニカッと笑う。屈託のない悪気のない表情。どことなく柊とリンクする天然さ。飾らない言葉。
小悪魔ちゃんとは接点ないし、自分には関係ないって勝手に突っぱねてたのは俺の方か。今もこうして小悪魔ちゃんは俺に歩み寄っている。
(俺だって本当はもっと素直に生きたい)
「海緒先輩とは偶然会うこと多いじゃん。だからS極とN極で惹かれあってんのかなーって考えてたら可笑しかったんだよ。ただそれだけ」
「そっかあ。旭くんって根暗だけじゃなくて意外と素直でいい子だね」
(だから根暗は余計だ。……でもそう言われるのは嬉しいもんだな)
小悪魔ちゃんの天使のような言葉に少し舞い上がりかけ、また薄ら笑いを浮かべそうになるのを手で隠した。
「海緒先輩、俺に用事があって来たんじゃねえの?」
黙り込む小悪魔ちゃん。
暫し二人の間に無言の時間が流れる。お昼前の冬の暖かな陽が差し込んでアスファルトに大小二つの影が伸びている。
「遠野くんってね、旭くんを好きなんじゃないかなーって思う。友達としての好きじゃなくて恋の方。気づかないうちに君に恋してるよ」
「えっ? 何で?」
「話してても何かと君の話題が多いから。『景都が少女漫画見てもらい泣きした』とか『景都のお母さんが作るパフェ美味しいんだよ』とか」
柊が俺に恋してる……だと?
こうして俺の中に疑問符を残したまま、海緒先輩と別れ冬休みを迎えた。あくまでも小悪魔ちゃんの推測である。それ以前に柊は今日、アンタに告白しようとしてるってのに。
幼なじみとして友達として柊が俺のことを好いてくれているのはわかる。でもそれ以上の想いなんて絶対にないはずだよ絶対に──。
俺の隣で母さん特製の苺パフェに夢中の柊。
小悪魔ちゃんが「女の勘は当たるんだから」と俺に言った言葉が今でも引っかかっている。
小悪魔ちゃんとの間柄のこと、柊に黙ったままにしておいてもいいのか?
会えば話す程度の関係くらい言わなくてもどうってことないだろうけど。だけど知ってるのに言わない知らないふり、というのもおかしい気がする。永遠に繰り返される無限ループの中で俺は彷徨った。
美味しそうにパフェを食べながら告白の計画をあれこれ話してくることが、正直今の俺には上の空かもしれない。
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