kiss×9 俺、キスのことしか考えられない
相方の柊は小悪魔ちゃんへの告白に向けて作戦に余念がない。決行の日は十二月二十四日クリスマスイブだ。
改めて俺の相方、
さて、これはそもそも何の練習か。柊が恋をする三年女子の成瀬海緒先輩に告るための練習あんど作戦会議に付き合わされているのだ。
顔は悪くない。性格は多分俺みたいに根暗じゃないことはわかる。いつも友達に囲まれて幸せそうで……そうあれだ、華があるんだ。
あっちが薔薇なら、さしずめ俺は目立たない棘。刺さってから「痛っ」と気づくみたいな感じのやつだ。
よくよく観察してみたところ、愛らしいルックスとは対照的に竹を割ったようなストレートな性格。明るくて男勝りな所が男女問わず人気があることがわかった。
「海緒先輩に伝えるなら直接がいいか、それか手紙的なものがいいかな? 迷うー」
柊が告白するって決めた時からお互いどちらかの部屋であーでもない、こーでもないと作戦会議が繰り広げられていた。
「ここはストレートに海緒先輩好きです。付き合って下さいがいいだろ」と俺。面倒くさいからもうそれにしといてくれと言いたくなる。「いやストレート過ぎて、しおらしい海緒先輩が引いちゃうじゃないか」と柊は言う。
(小悪魔ちゃんが、しおらしいねえ。塩対応の間違いだろ)
家でも告白の練習できるだろうがって柊に提案しても却下された。練習は本番と同じ場所でやりたいからと少々強引な天然くん。確かにそれはわからなくもないが。
結局流される俺は「うまく告白できたら景都に俺特製の苺パフェ作るから」の甘い誘惑で簡単に落とされる。
そんなわけで今、大通りに面した近所の公園にいる。
早朝四時だろうが真夜中の一時だろうが、アスファルトに擦りつけるタイヤ音が絶え間なく続く場所だ。人が話す声も掻き消されるから気にしなくてもいいのだろうけど。
しかし何が楽しくて男手同士、向かい合って突っ立ってるんだと思いながら寒さでかじかむ手を上着のポッケに突っ込む。
(あー、さみぃ。帰りてえ)
「
「普通に寒いだろ。夜だし」
十一月は暖かい日もあって秋を感じられたのに、十二月に入った途端肌を刺す寒さになった。
「じゃあ早くやって終わらせよう──海緒先輩。俺、ずっと前から先輩のこと好きです」
(いきなり始まったか)
向かい合う柊がグッと近づく。
「えーっと……」
「景都、そこは海緒先輩になりきってよ。え? だろ」
「ごめん。え?」
柊に指摘された。
コイツ、バカみたいに一生懸命になってる。
その一生懸命さは俺にあるのかな。
ほんっとにカッコいいぜ、お前。
ああそうだな。俺もバカになろう。
柊のために練習やってやる!
「俺、海緒先輩に一目惚れしたんです。俺のことどう思ってますか?」
「私も遠野くんのことは嫌いじゃないよ」
(小悪魔ちゃんになりきれてるのか?)
「それって脈ありで捉えてもいいんですか?」
「いいよ」
(もっと何か気の利いた言葉はないのか?)
「海緒先輩、よかったら俺と付き合ってもらえませんか?」
「はい、喜んで」
(小悪魔ちゃんなら、こんな感じか?)
「景都すごいな。お前が海緒先輩に見えてきてヤバかった」
「何がどうヤバいんだよ」
(柊には悪いが、こんなにうまく進むのかよ。でも小悪魔ちゃんの柊に接する態度からして脈ありって感じだったし。うーん、わかんね)
「わっ、雪だ。ほら、雪!」
柊は嬉しそうに空へ手をかざす。
限りなく漆黒に近い夜空を見上げた。どうりで寒いはずだ。小さな雪の結晶が柊と俺に降り立つ。
「告白するイブの日にも降ってくれたらロマンチックなのにな」
何となく「そうだな」と返しておく。
「景都、あのさあ」
「何だよ」
柊を見ると鼻のてっぺんが赤くなっていた。白い息が規則正しく吐き出されている。
「俺と海緒先輩のこと、本当に応援してくれてるのかなって」
「何だよそれ。してるに決まってるだろ」
「そうだよな。ごめん景都。ありがとう」
「景都の手、めっちゃ冷たい」
俺の冷え切って感覚もない指先を握ろうとする。
パシッ──
咄嗟に柊の手を振り払った。驚く柊。ちらつく白い結晶の合間から俺を見る。
「ごめん」
「いや……」
手を繋いで帰るとか、もう昔の頃のようにはできない。
俺を試さないでくれ。
俺をそんな目で見ないでくれ。
俺の気持ちに気づかないでほしい。
頼むから、柊。
あの日、俺の頬に触れたお前の鼻先と、間近に迫るお前の唇がいまだに頭から離れないんだ。
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