kiss×8 君の背中

 目と鼻の先にある柊の家に行くと、柊の母さんが出迎える。俺はその足でリビングへ行き顔を出す。「おお景都か、その髪似合うな」と軽く驚く柊の父さん。

「聖さんとこ行ってきた」

「ほお、聖もやるなあ」

 息子のように接してくれる遠野家の家族に嬉しさを覚える。


「おい、はいるぞ」

 部屋の扉を開けると、初っ端から「景都カッコいい」という柊。

「景都の髪染めるなんて兄貴も大胆なことやるな。どこの韓国アイドルが俺の部屋に入ってきたかと思ったし」

 俺の髪色を見た柊。ブルーグレーアッシュに変化している様をまじまじと眺める。さしずめ柊は国内アイドル所属で、俺は韓国アイドルグループ所属といったところか。

「美容院って意外と楽しいな」

「何かいいことあった?」

「うん、あった。聖さんとこならまた行こうかな。全てがVIP待遇な。カットモデルなら無料でするって言ってくれたし」

 ヴァンパイアメイドのシャンプーテクに惚れた俺。そして無料に弱い俺。

「へえ、良かったな」

 柊は俺の髪を触る。

「──っだあ! なんだよ」

「いや、さりげなく青が入っててきれーだなって」

「聖さんに全部お任せしたらこうなったんだよ」

「兄貴センスあるな。俺もやってもらおっかなー。景都と同じコースで」

「好きにしろ」

 夜ご飯を食べてから柊の部屋で何をするわけでもないが、まったりと過ごす時間が好きだ。もうどっちの部屋に居ても我が家同然で落ち着くからリラックスできる。 

「景都、その髪やっぱいいな。すげえ似合う」

 テーブルに突っ伏しながら上目遣いで俺を見る。

「改めて何だよ」

 どうして俺の隣でそうやって見上げるかな。


(柊の天然バカ野郎が)


 熱が上がる前触れのように体がゾクゾクする。

 どうした最近。

 変だ俺。






 翌日、眠くて睡魔と闘い続けた午前の授業も終わりお昼時間になった。弁当を食べてから柊と落ち合う。


「けいとけいと! 俺の好きな人、前から歩いてくる。小さくって黒髪ロングの人」


 柊に腕をつんつんと突かれた。

 前から歩いてくる女性。例の「俺、好きな人がいる」の彼女だ。概ね予想はしているが、どれどれ偵察──と、そう遠くない距離にいる彼女を捉えた。

 校内の廊下を歩く生徒はそれほど少なくもないのに、彼女から発せられる甘くて毒々しいオーラが眩しいから小さくても目立った。


(毒リンゴでも持ってるような強烈なオーラだ)


「ちゃんと見えてる? 景都、何か眠そうだな」

「ああ、昼飯食うと眠くなる。バッチリ見えてるって」

 もうわかってる。

 何となく気づいてたんだ。

 柊の好きな人が小悪魔ちゃんだってこと。

「あ……君は」

 小悪魔ちゃんは柊の顔を見上げる。 

「こんにちは。先輩、この前はありがとうございました」

 俺は何となく後ずさる。

「あ! あの時イビられてた後輩くん! もうあれからイビられてなあい?」


(俺はアンタにイビり倒されたけどなー)


「はい。先輩のお陰です。俺、二年の遠野 柊とおの ひいらぎって言います」

「そう、よかった! 私は成瀬 海緒なるせ みお

 どうか俺の存在に気づきませんようにと願った所でムダなのはわかってる。どうやったってデカイ俺は目立つようで。柊の後ろじゃ隠れもしない。

「遠野くん、後ろの彼は友達?」

「友達というか、景都とはもっと深くて。幼なじみな関係です」

「へえ! 幼なじみなんだあ。いいね、そんな関係」


(こ、こいつ。絶対わざとだ。俺を知ってるくせに。そのことを柊になぜ言わない? まあ俺もだけど)


「じゃあまたね。遠野くん」

「はい。成瀬先輩」

「海緒でいいよお」

「ありがとうございます、海緒先輩」


(俺のときは『海緒先輩って呼びなさいよ』って女王様みたいだったのに。何このやんわりとした言い方。この差は何だ! まさか脈ありってことかよ)


 俺の頭の中に、ある四字熟語が浮かんでいるのは確かなこと。

 相思相愛。

 小悪魔ちゃんが去ったあと柊から衝撃的な言葉がお見舞いされた。

「俺、やっぱ海緒先輩に告白する──」

 もう小悪魔ちゃんの姿はとっくに見えないのに、柊は彼女のいるであろう先を見つめる。俺はただその柊の大きな背中を見つめていた。





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