第4話 ケンカと無言のランチタイム

 その後は、文字通り目の回るような忙しさだった。

 まずは、大本命の会議の資料の復元。

 それからクライアントへのアポ、メールの返信(主に伶の担当)、お礼状の作成、会食で使うレストランの予約(あやみの方が詳しいのでおおむねあやみが行い、こっそりポイントを貯めている)、出張で使う飛行機のルーティング、営業部や総務部からのチャットでの問い合わせに対するリプライなど。

 お昼に部長が仲の良い役員に誘われてランチに出かけたのを見送り、あやみはもうそんな時間か、と嘆息した。

 どうりでさっきからニンニクマシ豚増量ラーメンや唐揚げのことが頭に浮かぶわけだ。

 今日みたいな月初は特に仕事が多い。外には出られなそうなので、お昼はユーバーイーツをたのむことにした。

「ランチ、ユーバーにするけど佐倉はどうする?」

 あやみが問いかけると、部長が作った報告書をタブレットとタッチペンで校正していた伶は、ちらりとこちらを見てから答えた。

「…タイ料理が食べたい」

「あー、しばらく食べてないもんね。じゃあMGツリーにしよ」

 MGツリーというのはこのビルからそこそこ近いところにあるタイ料理のダイニングバーの名前で、ランチはビュッフェ営業だけれどユーバーイーツ限定でお弁当のオーダーが出来る。

 辛いものが好きな伶はこの店のグリーンカレーが大好物なのである。

 よし、タイ料理ね……とあやみがユーバーのアプリを開くと、トップに「スシ郎大感謝祭!!ドドドンと3貫100円大放出」というキャンペーンの告知バナーがポップアップで表示され、あやみは一瞬で目を奪われた。

 甘えび、いくら、ねぎとろの軍艦がセットで100円というとんでもない価格で販売されているらしい。

「ちょ、スシ郎がキャンペーンやってる!やっぱりお寿司にしない??」

 あやみが色めき立つと、伶が頬杖をついて呆れたように言った。

「先週も食べたろ。本当に好きだな……」

 あやみは気軽で安くて、しかも美味しいスシ郎の大ファンなのである。スシ郎有楽町店にはイートイン、テイクアウト、宅配で何度も何度もお世話になっていた。

「だってすっごく安いよ。ねぎとろ、マヨあまえび、いくらの軍艦がセットで100円だって!え、待って、中とろも100円!?そんな…いいの?大丈夫なのかな?」

「お前な、そんなすぐ気が変わるんなら『どうする?』とか聞いてくるなよ。こっちはすっかりタイ料理の気分だったのに」

「それは臨機応変ってことで別にいいでしょ?こんなお得なキャンペーン次はもうやらないかもしれないし」

 ね、そうしよう、といま一度伶を見ると、顔を伏せてタブレットでの作業に戻っていた。

「……どうでもいい。好きにすれば。俺のはなんか適当にたのんどいて」

 投げやりな言い方に、はしゃいでいた気持ちがしぼむ。

 そもそも伶は集中して作業していたのに、あやみのテンションが高くて迷惑だったのかもしれなかった。

「……わかった、たのんどくね!」

 ほんのり落ち込んだのを絶対に悟られたくなくて、あやみは無理やり口角を上げて明るく返事をした。

 案の定スシ郎には注文が殺到しているらしく、注文した寿司が届くまでに数十分もかかった。

 その間あやみたちは作業をどんどんこなし、お寿司が届いてからもPCのモニタを睨みつけながら無言で食べた。

 満腹になると、伶の冷たい態度で下降気味だったあやみの気分がいくぶん落ち着いた。

 お腹が空いている状態で仕事をしていれば、まぁちょっとはイライラすることもあるでしょうよ、という気持ちになる。

 食事中、伶とは世間話すらしなかったけれど、さりとて気まずさは全く感じない。

お昼休みはあっという間に過ぎて行った。

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椿と佐倉はケンカップル 梅川いろは @umeiroha

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