生まれ変わりの駅

@nan18

第1話

「だめだ、全然伸びない!」


 茶髪の男はパソコンのモニターで頭を抱えている。その右にいるメガネの男と、左の赤い髪の男もうなだれている。


 この若い男3人組はネットに動画を上げている、いわゆる投稿者だ。彼らは昨今の流行に便乗すべく、勢いで動画投稿を始めた。目的はもちろん、人気者になりたいと言う極めて単純なものだった。しかし、そんな簡単にいくわけもなく、人気も全く伸びなかった。


「そもそもさ、お米に詳しくない俺らの"新米食べてみた!"なんて動画どこに需要があるんだよ」


 赤い髪が文句を言い出す。


「だって、もう定番のやつはやり尽くしたけど全部ダメだったじゃん。もう次やる企画も思いつかないし」


 メガネが言うと、赤い髪の彼は頭をわしゃわしゃと掻き乱した。所詮なんの算段もなく始めた動画投稿、上手くいくわけが無かった。


「なんかもうさ、結構キツいよな・・・」


 諦めという言葉が場の空気を覆う。

 投稿を始めて3ヶ月、液体酸素の燃焼のように勢いよく始めた3人だったが、燃え尽きるのもまた液体酸素のように早かった。


 もはや誰かが辞めようと言い出すのも時間の問題だった。しかし、先ほどから黙ってキーボードとマウスを動かしていた茶髪の動きが止まった。


「なぁ、これとかどうよ?」


 彼の言葉に反応し、モニターを覗くメガネと赤髪。表示されていたのは、個人のブログのようなサイトだった。フォントや背景などを見るに、結構古いサイトのようだ。ページの1番上には“生まれ変わりの駅”と書いてあった。

 赤髪の彼がタイトルに続く画面の文字を読み上げ始める。


「なになに、この駅のホームから飛んでうまく線路に着地できた人は別の人間に生まれ変わります・・・。なんじゃそりゃ。」


 説明文の下にはその駅のものと思われる座標が記されていた。


「いやいや、こんなの絶対にダメでしょ。線路に飛び出したら普通に危険だし、電車が止まれば他の人の迷惑にもなるだろ。そんなことしたら俺らもただじゃすまないって」


 赤髪の彼はこんな悪質ないたずらをするほど愚かな者では無かった。しかし、スマホを触っていたメガネがこんな事を言い出す。


「あ、待って。ここの座標調べたんだけどさ、多分廃駅になってるし線路も廃線になっているっぽいよ」


 彼がスマホの画面を2人に見せる。表示されていた地図はほとんどが緑色に覆われており、その中心に小さく駅があった。拡大してみると、確かにぼろぼろの線路には雑草が生えている。駅にも雑草は生えており、その柱はひび割れや崩れかけて部分もある。屋根の方は錆さびだらけではがれかけていたり、穴が空いていたりしている。周辺に家が見当たらないことから、メガネの彼の言う通りそこは廃駅だろうと思われた。


「オカルト系か・・・でもそれって万人受けしないんじゃね? 見る人も今以上に絞られるぞ」


 赤髪の彼はまたしても否定的な意見だったが、どうやら茶髪の彼は違うようだった。


「確かに見る人は限られるかもしれいない。でも、逆に見てくれる人もいると思うんだよね。うまくいけば固定のファンがついてくれるかもしれないし」


「まあ、もう他に何も思いつかないし・・・。よし、やってみるか。そのサイトには他に何が書いてあるんだ?」


「ちょっと待ってよ・・・。あれ?」


 赤髪の彼がやる気になってくれて今一度確認しようとモニターを覗いた3人だったが、いつの間にはサイトの画面が真っ白になっていた。

 再読み込みしてもうまくいかず、履歴にも残ってない。かといってパソコンが壊れた様子も無かった。


「え・・・マジかよ」


 赤髪の彼は、どうやら少しビビっている様子だった。


「どうする? ほとんど情報確認してないけど」


 茶髪の彼の言う通り、3人が得た情報は”生まれ変わりの駅”という駅の名前および場所、そしてそこのホームから線路に降りたら別の誰かに生まれ変わるという話だけだった。


「まあ、一応場所はわかっているし。行くだけでも動画にはなるかも」


 メガネの彼の言うと通り廃駅に行けば動画にはとれる、その事実は3人にとってそこに行く動機としては十分だった。


「うーん、そうだな。多分この話も誰かが考えたウソなんだろうけど」 


「それじゃあ、早速週末に行こうぜ」






 そして週末、3人は赤髪の運転でスマホの地図を頼りに“生まれ変わりの駅”へと向かっていた。地図が示していたのはとある田舎の山奥だったため、車でもかなりの長距離の移動となった。

 しばらく車を走らせていると、周りの景色が緑一色になっていくのが分かる。一応移動中もカメラを回していたが、正直いって外はつまらなかったため車内をずっと撮影していた。気が付くと、次第に他の車を見かけなくなっていた。


「あ、この辺りだ」


 メガネにそういわれると、近くの空き地に車を停めて3人はそこからは歩くことにした。


「昼前に出発して正解だったな」


 茶髪は日が落ちかけた空を眺めながら呟いた。

 しばらく歩いたが、なかなか見つからない。本当にあるのだろうか、そんな不安を少しだけ抱きながらも3人は歩き続ける。特に茶髪の彼は自分が言い出した手前、特に不安を感じていた。

 みんなが疲れ始めたころ、少し先を歩いていた赤髪はなにかを見つけた。


「おっ、あれじゃね?」


 2人は彼が指さす方を見る。するとそこには地図で見た廃駅があった。後ろからでもホームの向こう側の雑草だらけの景色が見える。3人は長旅の末見つけたということもあり、小さな歓喜の声を上げた。


「良かった、見つかって」


「俺の案内が良かったってことかな」


 茶髪は胸をなでおろし、メガネは高揚しているようだった。


 3人は駅のホームに立った。いざ間近で見てみると、駅の劣化は凄まじかった。ホームの床の隙間からは雑草が伸びていて、手すりや屋根、柱などは錆さびがひどく虫にでも食われたかのように穴が空いてた。ホームから下を覗くと雑草が生い茂っており、線路も長い間入っている様子では無かった。ここはどう見ても忘れられた駅だった。


「こりゃ100%廃駅だな」


 そう言って赤髪は腐った木のベンチをちぎる。


「どうする? まだ夕方だけど夜になってから撮影するか?」


 メガネはカメラを持っている茶髪に問いかけたが、茶髪は首を横に振った。


「いや、このカメラ夜だとうまく撮影できないんだよな。この辺り街灯もないし、天気も良くなさそうだからもう今やっちゃおう」


 こうして、撮影をする準備を始めた。とはいっても、手に持ったカメラで撮影するだけなので段取りを確認するだけだった。

 いつもどおり勢いで来た彼らにとって、やることは明白だった。カメラを回しながらサイトで見たこの駅の噂について説明し、実際にホームから廃線へ降りてみる。これだけだった。

 次に、誰が実際にホームから降りる役をやるのかを決めることになり、結果1番運動神経の良い茶髪がやることになった。


 メガネがカメラを持ち、線路をバックにした茶髪と赤髪にレンズを向け撮影をすることにした。


 駅の雰囲気に似合わない、元気な茶髪の挨拶から始まった。


「はいっ、今日はとある廃駅にやってきました。なんと実はここ、生まれ変わりの駅と言う駅で、なんと別の人に生まれ変われるらしいんですよ!」


「へぇー、すごい。何に生まれ変わりたいの?」


 となりに立っている赤髪が質問をする。


「俺はね、イケメン俳優!」


 このような感じでオープニングトークが進んでいった。結局やることは廃駅のホームから廃線へ飛び降りるだけ、すぐに終わってしまう。そのため、動画の尺を稼ごうと3人はいつもより多めに喋るようにした。



「よーし、それじゃあこれから茶髪の彼に実際にやってもらいましょう!」


 キリのいいところで、赤髪が進行を行った。


 そして茶髪はホームから落ちる1歩手前にまで移動し、廃線を見下ろした。

 廃線は思ったより近く、大人が助走をつければ線路からホームに手を使わずに飛び移れそうだった。


 いざ飛ぶうとなったとき、3人は心の中でくだらないという気持ちが込み上げてきた。車で長時間きてオープニングで一生懸命喋った挙句、メインはジャンプをするだけ。何も起こるわけないと思っていた3人は、動画のメインがこんな一瞬だけじゃ成立しないじゃんと考えていた。これはお蔵入りかな、そう思いつつも撮影を進めていった。


「よーし、じゃあ行くぞー。怪我するなよー」


「それじゃあ、生まれ変わるまで5秒前!」


 赤髪とメガネがカウントを始める。それに合わせて茶髪は膝を曲げて腕を振り子のように振り始める。



「4、3、2、1・・・」


「とーうっ!」


 茶髪は勢いよく高く飛びだす。

 メガネが持っているカメラには夕日を背景にした彼の後ろ姿が美しく写っていた。


 高く飛んだ茶髪の両足は廃線の真上を捉えていた。彼の足が廃線についた瞬間、耳元で何かがささやいた。


 "すまない、代わってくれ"


「へ?」


 謎の声に気を取られたせいか、踏ん張れきれなくなり膝をつく。そして両手を地につけたため顔をぶつけることはなかったが、彼は廃線の上に倒れ込んでしまった。



「いって・・・ん?」


 目を開けた瞬間、彼は気がついた。


「ここだけやたら綺麗だな・・・」


 彼の視界に映った線路は、ホームから見た時とは違い綺麗だった。あんなに生い茂っていた雑草も無い。そしてさっき聞こえたあの声、あれはなんだったのだろうか。


 そんなことを考えていたその時、線路から振動のようなものが体に伝わった。さらに遠くから音が聞こえてくる。



ーーガタン、ゴトン。



 彼は突如聞こえたその音に反応し、首を右に上げた。



 電車が、こちらに向かって走ってきている。


「な、なんで?」


 さっきまで線路に生えていた雑草はほとんど見当たらない。その上を電車は速いスピードで迫ってくる。


 逃げなければ、そう思い茶髪は線路から急いで逃げようとした。


「あ、あれ?」


 足が全く動かない。それに足に痛みが走る。そんなことを考えている間に、電車は目の前まで来ていた。


「な、何が起きて・・・」


 状況を理解できぬまま、無情にも電車は彼を通過した。





「・・・はっ!」


 彼は地面手をついており、線路を見下ろしていた。飛び降りた直後の状態に戻っていた。


「な、なんだったんだ今のは・・・?」


 まるで夢か幻を見たかのような、しかしそれにしてははっきりと感覚を覚えている。


「とりあえず、戻ろう・・・」


 心臓の鼓動が落ち着いてきたその時、またあの音が聞こえてきた。



ーーガタン、ゴトン。


 たった今聞いたばかりの音にまさかと思い、彼は急いで右を見る。その瞬間、彼は大きく目を見開いた。


「な、なんなんだよ」


 電車だ。さっき見たものと同じ電車が彼に向かって走ってきている。


 パニックになった彼は急いで逃げようとする。しかし、足は全く動かない。手で這いずり逃げようとするも全く力が入らない。もう電車は目の前まで迫っている。


「ウワァァァァ!」




「・・・ハァ、ハァ」


 また彼は線路を見下ろしていた。何が起きているかが分からず、彼はただただその場で呼吸を荒らげている。



ーーガタン、ゴトン。



 彼は音を聞いただけであの電車が走ってきていることがわかった。

 とにかく逃げないと思い、振り返って2人がいるホームにてを伸ばした。


「2人とも助け・・・!」


 彼は驚愕した。誰もいない。一緒に来ていた2人の姿がどこにもなかったのだ。

 それと同時に彼は気がついた。駅の様子も何か変だと。ここも線路と同様にさっきとは違い、まるで今でも使われているかのようなキレイな状態になっている。

 そして、伸ばした手が自分のものではなかった。その腕は白くほっそりとしていて、まるで少女のような腕だった。


「なんだよこれ・・・!」


 訳の分からない状況に声も体も震えだす。しかしそんなことお構いなしに電車は目の前まで来ていた。


「どうなってんだよ!」


 彼の叫びも虚しく電車は彼を弾いた。



「・・・・・・っは、っは、っは」


 不規則な呼吸とともに彼は線路に手をついていた。改めて手を見ても自分の手ではない。一体、何が起きているのかわからなかった。


 なんでこんな目に、そう思ったとき彼は思い出した。


 "すまない、代わってくれ"


 廃線に飛び降りたときに耳元に聞こえた言葉だった。


「まさか・・・」


 廃線に飛び降りたことで、自分があの声の者の代わりになったのではないか。そう思い彼は青ざめた。



 ーーガタン、ゴトン。



「・・・!」


 彼はゆっくりと顔を上げる。そして迫りくる電車を目を見開いて見つめる。


「や、やめろ・・・」


 彼の力なき声は電車の音にかき消される。そしてその音は近づくにつれてどんどん大きくなってくる。


「やめてくれ・・・」


 彼の言葉は誰にも届かない。もう電車は目の前に来ていた。


「くるなぁぁぁー!」




◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


「せーのっ」


 メガネと赤髪は茶髪の片腕をそれぞれ掴むと、はいせんあからホームへと引っ張り上げた。


「結局、なんも起きなかったな」


 赤髪の彼は当然だと言わんばかりな顔をする。


「あれっ」


 カメラを見てていたメガネが声を上げた。


「どうした?」


赤髪は何かあったのではないかと、少し期待して後ろから覗き込む。


「いや、なんか撮れてなかった・・・」


「なんだよ」


 2人はいつものごとく、もうすでに興味を失っていた。空も暗くなってきていた。


「もういいよ。腹減ったから飯食いに行こうぜ」


 赤髪がそういうと3人は線路に車へと歩き出した。


 ふいに茶髪は立ち止まり、線路の方を振り向いた。


「悪いが、誰かがくるまで頑張ってくれ」


「おーい、早く来いよ!」


 赤髪の呼びかけに茶髪が反応する。

 茶髪は物憂げな表情で線路をもう1度見つめると、線路に背を向けて駅から去っていった。






 今も彼は待っている。誰かがこの廃線に降りてくるのを。

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