<Träumerei>
昭和53年2月某日。
某県某所の寒村で7日間に相次ぐ失踪と殺人が起こった。
忽然と姿を消し、翌朝、両足首を切断された遺体が発見される。
死因は失血死と断定。ナイフなどの鋭利な刃物によって心臓を一突きにされたと思われた。足首の切断は殺害後と見られている。
7日間続いた事件は同じ手口、同じ犯行、同じ遺体状況から、同一犯の犯行とみられ、警察は連続失踪殺人事件として特捜部を立ち上げることになる。
捜査は難航した。
毎晩失踪と殺人を繰り返したにも関わらず、犯人の姿すらも追えず遺体発見によって事件が露見する状況。
日を追うごとに、この不可思議な事件は闇を深め次第に奇怪な噂が蔓延していくことになる。
さらに不思議なことに、湯ノ足村では湯雪祭りが開催されていて、誰もが事件を知りつつも、表立って騒ぐ者は居らず祭りは盛況していたのだ。
表では賑やかに祭りが、裏では警察の目が光る。そんな相反する状況を、警察は無視できなかった。
連夜起こっている奇怪な事件を、周知の事実とすべく目下捜査中であると公式発表する。
事件の共通点は、以下の5つ。
一つ、忽然と姿を消したという供述。
二つ、失踪現場と同じ場所に死体遺棄。
三つ、両足首の切断。
四つ、心臓を一突きにされた跡。
五つ、死因は失血死。
この段階では、まだ謎の文字の発表は無かった
湯雪祭り終了後、夜間の外出は控えるようにと注意を呼び掛けた。当然の事ながら、この公式発表により特ダネを掴もうと、各メディアのメスが入ることになる。
そして、謎の文字『Helfen Sie mir』の情報が漏洩。湯ノ足村の伝承も紐解かれ、とうとう鬼神という存在が跋扈し始めたのは言うまでも無い。
事件が「神隠し」へと姿を変え、真相がさらに闇の奥へと吸い込まれていった。
瞬く間に広がる風評と村のマイナスイメージ。地元メディアでは、鬼神の神隠しと称され人ならざる者の犯行として、恐怖を駆り立てた。
この状況を、観光地を掲げる地域団体は看過できなかった。
その矛先は、事件の早期解決ではなく捜査打ち止めの要求となって圧力を掛けたのだ。今度は地域団体の強い圧力により警察は特捜部を解散することを余儀なくされる。
それが受理されたのが、最初の事件から7日目。その間、事件を未然に防ぐことは出来ず警察の怠慢をそしられたのは想像に難くなかった。
警察のプライドは苦渋の末、これを受理。捜査は打ち止めとなった。
これと時を同じくして、7日間続いたこの事件も真相は闇に葬られたまま、パタリと終焉を迎える。
最後に嗤ったのは、鬼神。足首を跳ね、食す宴を現代に再現した鬼は、人々に畏怖の象徴として降臨したのだった……。
そして7年後―――。
昭和60年2月某日。某県某所の寒村で殺人事件が起こった。
それは奇しくも7年前と同じ手口、同じ犯行、同じ遺体状況であり過去の事件が懸念された。
地元では『鬼神様の再来』と囁かれたが、恐怖からか表立って騒ぐものはいなかった。
通例の湯雪祭りは、今年も催されることになり、警察も小規模な警戒態勢を敷くことになる。
しかし、鬼神は悪魔の冷笑を湛えたまま……。同じ手口で宴を再開したのだ。警察は事件を防ぐことは出来ず、住民も素知らぬ素振り。
事件は4日間続き、4日目……。
被害者は吉田翔平さん23歳男性。大学生。
当時の状況を説明する友人、榎本玖珠羽さんの証言は、過去の事件とまったく同じものであった。
現場には、ダイイングメッセージと見られるものが血塗られていた。
“Helfen Sie mir” ドイツ語で「私を助けて」
真意は不明。
地元では、記事になりこそすれ囁かれることは無かった。警察でも特捜部は立ち上げられず、捜査は地元団体の強い要望により中止が決定する。
公式発表されることが無かったため、憶測が風評を呼び、真相はまた闇に葬られることにった。
事件から1週間が経った今、誰も口にする者はいない。
鬼神とはなんなのか? 鬼なのか、神なのか? それともオニガミと呼ばれる別の生き物なのか?
鬼神の存在すらも、闇の中に消えたままであった。
湯ノ足村連続失踪殺人事件。通称、鬼神の神隠し。
7年という時を跨ぎ起こった数奇な事件。このお話は、事件の真相も明かされず、歴史に記されることも無かった。
やがてこの事件も、時間と共に風化されていくだろう。
それでも私は、この事件を記した。
例え歴史に刻まれることがなくても、人々の記憶には刻まれ、残ることを信じている……。
……。
……………。
トロイメライ―――。
それは、線香花火のように淡く、儚い灯火のよう。
「生きて」
昭和××年 ××月 ××日
湯ノ足村 織姫と彦星が引き裂かれた場所。
今までワタシが殺めてしまった命と―――
―――願えるならワタシの命の分まで。
生きて。
これは、誰も知ることが無かった彼女の―――。
「ごめんなさい。ワタシはあなたの全てを奪った。
そして自ら退場する罪を、赦して欲しい」
- 哀の詩 -
<トロイメライ>
「約束」
昭和××年 ××月 ××日
湯ノ足村 織姫と彦星が交わる場所。
死を目の当たりにしても。
死を受け入れられなくても。
あたしも生きるから。
あたしはどんなことがあっても自ら死を選ばないから。
生きて。
「だから翔平も生きていて、また逢いにきて欲しい。
それだけ。あたしが望んだのは、それだけ――」
これは、再会が約束された彼女の―――。
- 逢の詩 -
<トロイメライ>
「ありがとう」
昭和××年 ××月 ××日
湯ノ足村 織姫と彦星が再び出会う場所。
「忘れないで。憶えていて―――」
「あなたと過ごした毎日を、私はずっと憶えてる」
「だから、最後にもう一度だけ……」
あなたは、生きて。
これは、夢見ることすら叶わなかった彼女の――。
「もう、私が居なくても大丈夫よね」
「サヨナラなんて言わないで? お別れじゃない」
「……それじゃあ、また明日」
- 愛の詩 -
<トロイメライ>
デウス・エクス・マキナ 吉田優蘭(ユーラ) @yuura6284
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