3.ミッション①


「え、つまり私は記憶を無くす前、超冷徹人間だったってこと?」

「そーだよ、笑顔ひとつねぇし、俺が何教えてもすぐ出来ちまうし。全くもって可愛げのねぇ奴だよ」


そっかぁ…と呟きながら、ゴクゴクと風蓮お手製のアイスミルクティーを飲み干す我が弟子、もとい依里。


風呂からあがり、いつもの部屋着である白いワンピースを着て、いつもの様にリビングの椅子に座っているが、全く別人のようだった。


何も出来ない、産まれたてのか弱い動物かのようにキョロキョロと辺りを見渡しては、考えるような顔をしている。


かつての可愛くて最恐だった依里ではない。

これではただの可愛い女の子だ。


「あ、…」

「?」


ふと、悲しげな表情でコップを見つめる依里。


多分アイスミルクティーのおかわりが欲しいのだろう。

ソファーでタブレットを触っている風蓮と、空になってしまったコップとをチラチラと交互に見ている。


「依里ちゃん、おかわり?」


それに気づいた風蓮が、タブレットに目をやったまま依里に話しかける。


「えっ、あ…うん」



―あなたタブレット見てたよね?私の事見えていないのに、なんでわかったの?



と、目を丸くする依里の顔に書いてある。



それを見て思わず吹き出すと、今度は「なんで笑ってるの?」とご丁寧に顔に書いて、こちらを向く。



――殺し屋は背後からの目線や気配に気付くことは当たり前。造作もないわ



かつての依里の言葉を思い出す。

凛とした表情にサラリとした長い髪が良く似合っていた。


殺し屋界隈では誰が命名したのか、「スイレン」の異名で通っていた。

由来は、睡蓮の花。花言葉は「冷淡」。





しかし、記憶をなくした今。


これが本来の依里の姿であると言うことだろうか。


睡蓮どころか、白いワンピースに向日葵の似合いそうな、ただの女の子だ。


「はい、砂糖たっぷりミルクティーをどうぞ」

「ありがとう」


ミルクティーのおかわりを貰い、満足そうな表情を見せる。





その顔を見て、ふと思い出した。


忘れもしない。

  

初めて依里と出会った日。



依里は0.3秒で俺の額に銃を突きつけ、躊躇いもなく撃ってきたのだ。



――殺してやる




そう言い放った依里の表情が、今でも忘れられない。


ギリギリ避けた銃弾が肩にあたり、人生で初めて「怪我」をした。


しかし、そんなことはどうでも良い程に、どうしようもなく依里に惹かれた。



憎しみに満ちた顔。

向けられる隙のない殺意。

迷いのない目。



「お前は、スイレン?」

「だったら何?」

「あぁ、ならお前が依里か」

「え、」



なぜ本名を?



その一瞬の隙を突き、依里を連れ帰った。





「ねぇ、夏也。ミッションってなに?」




耳元で聞こえた声にハッとする。


気づけば隣に依里が居て、更には着替えていた。


シースルーの白いブラウスに、膝下丈の上品なスカート。

耳元と首元にはアクセサリーを着け、まさしく「少しお金持ちのお嬢さん」と言ったところだ。


「よーく似合ってるじゃねぇか」


頭をわしゃわしゃと撫でると、「やめてよ」と少し顔を赤らめる。


…なんて可愛い生き物なんだ。


「………」

「え?夏也?」

「あ、あぁ…」

「どうしたの?」


今度は下から覗き込んでくる依里。


「なぁ、依里…」

「ん?」

「いまから俺とヤるか」

「え?」

「うん、もう我慢出来ねぇ。ヤろう。」

「やる??」

「おい夏也」


依里の肩をつかんだところで、風蓮に制止される。


「いいじゃねぇか」

「冗談よせよ」


腕時計を指差し、呆れた顔をしている。


もう時間がないようだ。


「よし、やるかぁ」

「え?だからやるって何を?」


いまだに状況がつかめていない依里がとてつもなく可愛い。


しかし、こいつはSクラスの殺し屋。

国に指定されている、有能な殺し屋なのだ。


「働かざるもの食うべからず。」

「え?」

「お仕事だ、依里」

「え…えぇ……」


――記憶なくしてるのに勘弁してよ…


顔にそう書いてある依里の頭をわしゃわしゃと撫でた。










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優秀な可愛い弟子が記憶喪失で目覚めたので 轟 かや @kaya075

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