どきどきマンドラゴラオセロ
かねどー
どきどきマンドラゴラオセロ
桜の木の下に、死体が埋まっている。
海の向こうの国に、そんな言い伝えがあると聞いたことがある。
この辺りでは、マンドラゴラの下に死体が埋まっている。
これは言い伝えでなく事実だ。何せ私が死体の上にマンドラゴラを植えている。父が始めて私が継いだ、家業の一部である。
私の家は代々続く墓守だ。この辺り一帯に住む家族の墓地を管理して、決まった管理費を受け取り、細々と暮らしてきた。
祖父から父に代替わりする頃から状況が変わった。成人すると街に行って戻らない若者が増え、家族の数が減った。物価が上がり、代々決まった管理費の価値は目減りする一方だった。
墓守だけでは早晩食べていけなくなる。先祖から受け継いだ土地を他にも何か使えないかと、父はいつも悩んでいた。
墓地の活用は難しい。墓のそばに好き好んで住んだり泊まりたい者は少ない。畑を作ろうにも、墓地で育てた作物を買いたがる商人はいなかった。そこで父が目をつけたのがマンドラゴラだ。
マンドラゴラは人のような形の根を持つ植物である。引き抜かれる時に悲鳴を上げ、悲鳴を聞いた人間は死亡するという話がある代物だ。通常農民が育てることはなく、山奥で採取されたらしいもの等が細々と流通している。
マンドラゴラは薬や錬金術の材料、魔術儀式の道具等に使われ、用途は後ろ暗いものが多い。ことこの植物に限り「墓場直送マンドラゴラ」はむしろ箔がつくのではないか。そう考えた父は残された家財の大部分をはたいて入手した大量のマンドラゴラの種を、墓地の周りや中に作付しはじめた。
マンドラゴラは成長が遅く、種から高値で売れるサイズになるまで7-8年はかかる。父は最初のマンドラゴラが収穫期に入る前に、肺病の悪化で亡くなった。母は私が子供の頃に亡くなっていたため、自動的に私が広大な墓地と墓守の家業、そして一面のマンドラゴラを継ぐこととなった。
私は父が亡くなった後も、毎年収穫ができるように残された種を植え、水をやり続けた。そして間もなく最初の収穫期を迎えようという時に、大きな問題が起きた。「墓地の中にあるマンドラゴラ畑」の噂を聞きつけたらしいどこかの若者が敷地に入り、収穫前のマンドラゴラを勝手に抜いたのだ。
幸い現場は私の屋敷から少し離れていたため、私は数分ほど呻き声を上げ、吐瀉物を撒き散らしながら床を転げ回る程度で済んだ。マンドラゴラの叫び声を怪談の類だと思っていたらしく何の備えもなかった当の若者は、可哀想だが助からなかった。これだけでも十分問題なのだが、本当の困り事はその後である。
マンドラゴラが引き抜かれる時の悲鳴を生きた人間が聞くと死亡する。では死んだ人間がマンドラゴラの悲鳴を聞くとどうなるか。言い伝えでは聞いたことがなかったが、私はその日恐らく世界ではじめて、問いの答えを知ることとなった。
回復して現場に駆けつけた私が目にしたのは、耳から血を鼻と口から吐瀉物を撒き散らした若者の死体が1つ、歩き回る腐乱死体が2つに白骨が1つである。
どうやら、マンドラゴラの叫び声を至近距離で聞いた死者は生き返るようだ。生き返ると言っても、生前のような自我はほとんどないように見える。人の形を取って、ゆっくりと辺りを歩き回るだけだ。
ただ悪いことに、彼らは生前の行動を反復するらしい。生前は農民と思しき腐乱死体がマンドラゴラの葉に手をかけたことに気付いて咄嗟に耳を塞がなければ、私も若者の後を追っていたことだろう。もしかしたらその方が幸せだったかもしれない。
辺りに叫び声が響いたとみえる。うずくまって目眩と吐き気を堪える私の眼前で、腐乱死体と白骨が地面に崩れ落ち、耳から血を流した若者がゆっくりと立ち上がった。地面から新しい手が何本か出ている。私は、自分の土地でおぞましい事態が起きはじめたことを理解した。
その後は本当に大変だった。マンドラゴラが叫ぶたびに生者(かどうかわからないが、動いているもの)が息絶え、死者が蘇る。蘇った死者は時々勝手にマンドラゴラを抜いて、周囲の死者を蘇らせながら勝手に死ぬ。父の熱意によってマンドラゴラは墓地中に作付されており、抜くマンドラゴラには事欠かない。
私は両手で耳を塞ぎながら、動き回るゾンビや白骨を死体が埋まってなさそうな方へ蹴り飛ばして誘導し、マンドラゴラを抜かせて一網打尽にすることを目指した。しまいには屍蝋化した父や母の服を着た骨まで出てくる始末で、再開を喜ぶ暇もない死と隣り合わせのマンドラゴラオセロは、その日1時間以上に渡って続いた。
屋敷に帰った私はいよいよ嫌気が差して、全てのマンドラゴラを抜いてしまいたい衝動に駆られたが、1本抜いた途端にマンドラゴラオセロ第2ラウンドが始まることに思い当たって我に返った。
この畑をいじるのはもうやめよう、何か別の仕事を探そうとも思ったが、また別の野菜泥棒が入ってマンドラゴラを抜けばゲームスタートだ。知ったこっちゃないという気持ちもあるが、集落にゾンビや白骨が押し寄せれば真っ先に私が疑われるだろうし、最悪首が飛ぶだろう。
私は墓守りだ。この土地で代々住民の墓を守っており、今は不本意ながらマンドラゴラが抜かれないように守ってもいる。
これを読んだ者達に頼む。お願いだ。
私のお墓の前で、抜かないでください。
どきどきマンドラゴラオセロ かねどー @kanedo
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