帰り道

 そんなこんなで一度冷光れいこうのお屋敷へと戻り、アンコちゃんに貰った着物から毛玉の浮いた黒いパーカーとよれよれの黒いジーンズに着替え直して、弓矢ゆみやちゃんとバッケちゃんの寝姿を観察したりもして。

 結局、帰路きろについたのは日付が変わるちょっと前だった。

 アンコちゃんが「車でお家までお送りしましょうか?」と言ってくれたが、見るからに眠たそうな顔をしていたし交通事故に遭ったら怖いので遠慮しておいた。朝から家事や育児に加えて杠葉ゆずりはさんのマネージメント業務までをこなして、夜は小さい子たちを寝かしつけてから動画配信をしているアンコちゃんは多忙だからな。基本的に車の運転は上手なのだが、そうは言ってもドジな人だしいまいち信用し切れないところがある。

 杠葉さんは大妖おおあやかしだと思っている私のためにわざわざ車を出してくれたりしないので、結果として私はいつもよりもだいぶ遅い時間帯だったがいつもと同じように徒歩で帰っていた。


 ふと空を見上げて何だか今日はやけに星が多く見えるなーと思ったが、どうやら新月らしい。ただでさえ街灯もろくにない(冗談みたいな話だけど、地図で確認してみたところ大体五百メートル間隔で街灯が設置されているようだ。そもそも私が居候している祖父の家なんて一番近くの街灯まで二キロメートル以上も離れているし、この辺りは本当に街灯が少ない。)山道なのに、月明かりすらないので真っ暗だ。暗闇でもなぜかよく見えるヤマコアイがなかったら、ちゃんとした懐中電灯がないと歩けないだろう。


「それにしても、この山道もだいぶ歩き慣れてきたなあ」


 最初の頃は一度歩いただけで足が棒になっていたのにな。最後の上り坂に至る頃には、足の親指がぴくりとも動かなくなっていたはずだ。それが今や、それなりに疲れるとはいえ普通に歩けてしまうのだから驚きである。

 もう六月といってもまだこの辺りはそれなりに涼しいし、運動していると結構気持ちがいい。

 歩きながら深呼吸をする。


「ふう……夜の匂いがする」


 などと気取ったことを言っていると、道路脇の茂みがガサッと音を立てて揺れた。ちなみにここらの道には歩道なんてものはなく、車道の左側は崖で右側は山林だ。

 気にせずに歩き続けていると、十秒に一度くらいの頻度で茂みからガサッという音が聞こえてくる。どうやら何か動物が私について来ているらしい。とはいえこういうことは結構頻繁にあるし、最初の頃は怖くも感じたもののもはやあまり気にならなくなった。


「んっ……?」


 何だか急に尿意がこみ上げてきて、歩みは止めずにどうしようかと考える。いくら人目がないからといって、さすがにそこらの道端でいたすというのはありえない。私の美少女力が下がってしまう。

 だけど、確か少し行った先に熊が頻繁に出ることで有名な、土日の昼間ですらまったく人がいない寂れた公園があったなと思い出した。

 それからまた数分歩き、現れた細い横道に入って、ほとんど水が流れていない川の上に架かったぼろぼろの橋をおそるおそる渡ると、木製の長方形の建物が見えてくる。公園に設置された公衆トイレだ。

 つい先日まで私は公衆トイレの右側が女子用だと思い込んでいたのだが、よく見ずに右側に入ったら男子用で、びっくりして外に飛び出したところを冥子めいこちゃんにめちゃくちゃ笑われたという事件があって以降、ちゃんと表示を確認するように心がけている。あとになって調べてみたところ、元々国内の公衆トイレは右側が女子用で左側が男子用のものが多かったようだが、海外では基本的に逆になっているらしく、近頃は外国人観光客に配慮して右側が男子用で左側が女子用の公衆トイレが増えてきているらしい。

 そこまでするんだったらもう道路も右側通行にしちゃえばいいのにな、なんてことを思いながらトイレに近づいて男女の表示を確認すると、やはりぼろいだけあって右側が女子用だった。

 トイレに入ると真っ暗だったので、入ってすぐのところにあった電気のスイッチを押す。


「あれ……?」


 パチパチパチと、換気扇っぽいスイッチまで押しまくってみたが電気がつかない。

 んん……? だけど、電気がつかないってありえるのか?

 いくら寂れた公園のぼろいトイレとはいえ、こういうところって市とかで管理しているんじゃないのか?

 いやでも、そう頻繁に見回りをしてチェックしているわけではないんだろうし、暗くなってからこの公園を訪れる人なんて滅多にいないだろうから、こういうこともありえるか。ちょうど海野あまのさんの家で電気がつかなくなったりっていう現象を体験してきたばかりだから、ちょっと敏感になっているのかもしれないな。

 何にせよ私にはヤマコアイがあるので暗くても問題なく用は足せる。

 気を取り直して歩き出し、洗面台の前を通って手前の個室に入る。ぼろい公衆トイレなので和式便所だろうと思ったが、洋式だった。

 さすがに断水まではしていないよなと思いつつも念のために用を足す前に一度レバーを下げてみて、ちゃんと水が流れることを確認してから便座にトイレットペーパーを敷いて、その上に腰を下ろす。


 した……した……した……


「ふぇ!?」


 公衆トイレの外を、何かが歩き回っているかのような物音がする。

 動物だろうか?

 さすがにこんな時間に、こんな場所に人間がいるとも思えないし……いないよな?

 変質者だったらどうしよう?

 いやいやいや、一回落ち着かないとまずい。

 いざという時に慌てないように、脳内シミュレーションしておくべきだ。

 もしも熊や猪といったヤバいタイプの動物だった場合は、とりあえず逃げる。邪視じゃしは本当に追いつめられるまでは使うべきじゃない。どういう影響が出るかわからないから、そのせいで逆に襲われる可能性もある。

 もしも人間で変質者だった場合は、よくわからないな……でも、スイちゃんパワーで殴り殺しちゃったら大問題になるだろうから、やっぱり追ってきたりするようなら邪視するしかないだろう。

 もしもそれ以外――怪異だった場合は、うん……スイちゃんパワーで粉砕しよう。

 何にしても、とにかく個室から早く出ないとヤバい気がするが、こういう時に限っておしっこが止まらない。当然水音もしてしまっているし、外を歩き回っている何者かにも聞こえてしまっているはずだ。まず間違いなく私の存在は知られているだろう。

 何者かが個室のドアの前まで来てしまったら、逃げようにもスイちゃんパワーでトイレの壁をぶち破りでもしない限りもうどうしようもなくなってしまう。というか、そもそも怖すぎる。

 外を回っていた足音が、ちょうど公衆トイレの入り口辺りでぴたっと止まった。

 それと同時に私のおしっこも止まったが、トイレの水を流すのも、個室のドアを開けるのも怖い。何者かが、足音を忍ばせてすでにこの個室の前までやって来ているかもしれない。ドアの下の隙間から足が見えないか覗いてみようかとも思ったが、さすがに公衆トイレの床に這いつくばるのは不衛生だし気が進まない。


「うー……杠葉さんに電話して、ハッチーを派遣してもらおうかな……?」


 ハッチーは夜にはあまり寝ず、昼寝をよくするタイプだから多分まだ起きているだろう。

 だけどなあ……ハッチーを呼んだら、間違いなくまた『お礼』を求めてくるはずだ。もう今月はほんとにお金を使いたくないのに……。


「さっきだって、一回なんでも言うことを聞いてもらえる権利を使ってハッチーにふすまを開けてもらったら、結局何もいなくて損したし……今回も結局何もいなくて、ハッチーを呼んだらまた損するだけかも……」


 うん、何だかそうなりそうな気がするぞ。

 こうなったら勇気をだしてドアを開けて、何もなかったかのように普通に帰ろう。怪異とか、こういうのは気にしないが一番良いと思う。

 なるべく音を立てないように気をつけつつ、個室の鍵を開ける。


「え……えいや!」


 掛け声とともに勢いよくドアを内側に開く。

 すぐ目の前に上半分が白くて下半分が黒い着物を着た、真っ白い肌をしたのっぺらぼうが立っていた。

 のっぺらぼうが指のない、おせんべいのような手を伸ばしてくる。


「ひゃっひう!?」


 ダンッと音を立てて思い切りドアを閉めた。やつに指があったら指を挟んでいたかもしれない。

 さっき海野邸でハッチーが踏んづけまくって消滅させたやつにそっくりだったが、サイズ感がだいぶ違ったと思う。さっきのやつはかなり背の高い男性くらいの大きさだったが、今いたやつは私よりも少し背が低いくらいだった。

 ど、どうする? スイちゃんパワーでドアごとぶちくか?

 でも法律とかはよくわからないけど、壊しちゃったら当然弁償しないといけないんだよな?

 トイレのドアがいくらするのかは知らないけど、お金ないぞ……黙っていれば私がやったとはバレないだろうけど、それはそれでなんか罪悪感に苛まれそうだし……。

 迷った末に、私はもう一度ドアの鍵の部分をつかみ、覚悟を決めて内側に引っ張る。


「ちょいやー!」


 と叫んで、ドアが開いた直後に正面にスイちゃんパワーを込めたパンチを放つも、謎ののっぺらぼうの姿はすでにない。


「う……ど、どこ行った? いなくなられても、それはそれで怖いんだけど……」


 ぼそぼそとそんなことを言いながら個室を出て、女子用トイレの中をきょろきょろと見回すが特に異常はなさそうだ。

 私は手も洗わずに急ぎ足で外に出て、来たときに渡った橋をもう一度渡って街灯のない道路に戻った。

 後をつけられたら嫌だなと思ったが、打てる手はないしどうしようもない。時折後ろを振り返ってみたりはしたが、変な物は見当たらなかった。

 怯えているせいか冷や汗が止まらず、さっきまでの心地よさが嘘みたいだ。

 先ほどまでと比べたら街灯が増えてはきたが、それでもだいたい百五十メートル間隔くらいなので街灯と街灯の間は真っ暗である。


 ――たったったったった……


「うひゃいっふ!!?」


 後ろの方から、人間が小走りしているかのような足音が近づいてくる。

 こんな時間にこんな山道を歩く人なんてそうそういないはずだが、絶対にいないとも限らない。たぶん、誰かがランニングしているだけなのだとは思う。

 しかし足音はどんどん近づいてくるのに、背後を振り返っても遠くにある街灯以外に灯りが一切見えない。

 ヤマコアイを持たない普通の人が、この真っ暗闇の中を懐中電灯もなしに出歩くだろうか?

 怖くなった私はとっさの判断で道路沿いの山林に入り、太めの木の裏に隠れた。

 息を殺して、謎の足音が通り過ぎていくのをじっと待つ。


 たったったったっタッタッタッタッタッタッたったったったった……


 私が隠れている木の前を足音が通り過ぎていき、離れていった足音が完全に聞こえなくなってからさらに二十秒ほど待って、それからようやく息をつく。

 結局足音の主が人間だったのか、そうでなかったのかはわからなかったものの、どうやら隠れていた私の存在には気づかなかったようだ。

 安堵しつつ道路に戻り、足音が行った先に――つまりは私がこれから帰る方向に視線をやる。

 さっきトイレで見たあいつが路上に立ち止まり、こちらを見ていた。


「アヒュッ――」


 なんだかうまく息が吸えないし、お腹がすごく痛い。視界がちかちかとする。

 あいつはそれなりに離れた場所に立っていて、風もないのに鼻をくようなげ臭さを感じる。

 鼻からすーっと液体が垂れてきた。


「あれは人の子が――おなごが見てはならぬもの。目をつむるのです、お前さま」


 鈴を転がすような声――スイちゃんの声が直接頭の中に響いてきて、私は言われた通りに目を閉じる。

 その瞬間、まぶた越しにもはっきりと見えるほどの、翠色すいしょくの強烈な閃光が走った。

 光は一瞬で消えたようだが、色だけがまぶたの裏に焼きついて残っている。


「あ、あの……スイちゃん? もう目を開けても大丈夫ですか?」


 声に出してたずねてみるが、反応がない。寝ていて夢を見ている時以外、普段はスイちゃんが返事をしてくれたことがないので、反応がなくて当たり前といえば当たり前なのだが……さっきはスイちゃんの声がしたし、目を開けてもいいのか不安になるな。いや、駄目なら駄目と言うだろうし、多分目を開けても大丈夫なんだろうけど……。

 そんなことを思いながら、恐々とまぶたを開く。

 辺りを見回しても、もうあいつの姿はどこにもない。


「スイちゃんが助けてくれたみたいだけど……あいつ、もしかしてほんとにヤバいやつだったのかな?」


 でも、スイちゃん光線ビームで消滅したんだよな、多分。

 呪物じゅぶつが二つあったから変なのも二体いたのかも、みたいなことを杠葉さんが言っていたけれど、一体はハッチーが踏み殺したし、今ので二体目も消滅したわけだから、これで安心なはずだ。

 ポケットティッシュを取り出して鼻をかむと、べっとりとした血がついた。

 スイちゃんが助けてくれなかったら本当に死んでいたかもしれない、スイちゃんには感謝しないといけないな。お金がないから今月はスイーツもケチろうと思っていたけど、さすがにここは奮発してお礼をしておかないとヤバいかもしれない。いつかまたこういうことがあった時にスイちゃんが助けてくれなかったら困るというか、死んじゃうからな。


 なんだかまだ心臓がばくばくしていたが、もうヤバいやつは消滅したんだし怖がることはないんだと自分に言い聞かせて、ふたたび歩きはじめる。

 その後は特に何事も起きぬまま、無事に居候先である祖父の家に到着した。

 玄関の横開き戸を閉める。

 戸にめ込まれたガラス越しに、ぼんやりと白く光っている物が見えた。

 くらの裏からあいつが、真っ白いのっぺらぼうの頭がこっちを覗いている……ついて来ちゃってんじゃん。

 怖いし気にはなったがスイちゃんに見ちゃいけないと言われたのを思い出して、今度はすぐに視線を外して、私は回れ右をして急いで階段を駆け上がる。平時ならばまずは一階にある洗面所で手洗いうがいをして、それから寝ている祖父を起こさないように静かに階段を上って自分の部屋へと向かうのだが、そんな余裕なんてなかった。

 自室として宛がわれた和室の襖を開けると、布団にだらしなく寝そべってアイパッドで動画を見ていた冥子ちゃんが私を見上げて、「あらおかえりなさい、ねえさま」と言ってくる。

 私は布団にダイブして冥子ちゃんの背中に抱き着く。


「わっ!? なに、どうしたの!?」


「あばばばばばばばっ……な、なんか変なのがっ、変なのがうちまでついて来ちゃいました!」


「ええ? なんかとか変なのとか言われても、何が何やらさっぱりわからないのだけれど……言われてみれば外に妙な気配を感じるわね」


 私は冥子ちゃんの背中をぎゅっと抱きしめながら、今日あった出来事を話して聞かせた。


「ふむふむ、なるほどね」


 と冥子ちゃんが頷いて、それから私に訊ねてくる。


「で、どうして姉さまはそんなに慌てているの? 確かにそれなりの妖力ようりょくを感じるし、そこら辺にいるあやかしよりは強いのかもしれないけど、姉さまからしたら取るに足らない小物じゃない?」


「だから、息ができなくなって、鼻血が出てきて、死んじゃうんじゃないかと思って……」


「でも、見なければ多分大丈夫なんでしょ? 目を瞑って引っぱたけばいいじゃない」


「見なきゃ大丈夫なのかもはしれませんけど、スイちゃん光線ビームから逃れたみたいですし、目を瞑って引っぱたこうとしても避けられちゃうかもしれないじゃないですか! というか、理屈抜きにとにかく怖いんですよ! だってのっぺらぼうですよ、のっぺらぼう! のっぺらぼうに家を知られちゃって、ついて来られちゃったんですよ!? お、お風呂で頭を洗ってる時とか、トイレに入ってる時とかに家の中に入ってきたら、ぜったい心臓止まっちゃいますもん!」


「痛い痛いっ、痛いわ姉さま、そんなにぎゅうぎゅうと締めつけられたら冥子が先に死んでしまいそうよ! 怖いのはわかったからとにかく離してちょうだい!」


「い、一緒にお風呂に入ってくれるって約束してくれたら、離してあげてもいいです……」


「え~?」


「だ、だって私、あののっぺらぼうがいなくなったのを確認できるまでは一人でお風呂に入れません!」


「うちのお風呂狭いじゃない、二人で入れるかしら? それに、冥子はもうお風呂入っちゃったもの」


「お願いします、なんでもしますから!」


「ん~、それじゃ、来月のお給料で冥子にこれを買ってくれるなら、のっぺらぼうがいなくなるまで一緒にお風呂に入ってあげようかしら」


 そう言って冥子ちゃんは私の腕の中で身をよじり、こちらを向いてアイパッドの画面を見せてくる。

 さっきまで女の子が一人で心霊スポットらしき場所に行ってる動画を見ていたのに、いつの間にかネットショップの商品ページが開かれていた。


「えーと、ピコラ、コンパクトソファーベッド……ごまん、はっせんえん?」


「今月はもうお金がなさそうだから、来月でいいわよ? のおやつ代まで使い込んでしまったら、あとが怖いし」


「うっ……、お布団とおざぶ座布団じゃダメなんですか?」


「昔はそれでよかったんだけど、冥子、最近までずっと海外にいたのよ。結構長くベッドや椅子のある生活をしていたから、床に座ったり寝たりするのがしんどくなっちゃったのよね。本当はソファーとベッドは別々がいいんだけど、でもこの部屋は狭いでしょう? だからソファーベッドにしようと思って」


「う~」


 当たり前のことだがさすがにじいじ祖父に一緒にお風呂に入ってもらうわけにもいかないし、冥子ちゃんに一緒に入ってもらうことができなければ一人で入るしかなくなってしまう。

 もしかしたら、明日にはあののっぺらぼうが居なくなっている可能性もなくはないが……色々と怖い思いをしたり、山道を歩いたりで結構汗をかいてしまったから、たとえ今晩だけだとしてもお風呂に入らずに寝ることを思うとかなり憂鬱だ。


「どうする?」


「一旦タイムです! ちょっと杠葉さんに電話してみます!」


 私は冥子ちゃんを解放して布団の上に座り、ポケットからスマホを出して冷光家に電話をかける。

 数回のコール音のあとにアンコちゃんが電話に出た。


『はい、冷光です』


「あ、私です、ヤマコです。杠葉さんに代われますか?」


『はーい、今呼んできますので少々お待ちくださいねー』


 そう言ってアンコちゃんが受話器を置き、クラシックか何かのメロディ(詳しくないのでよくわからない)が流れ始める。なんだか聞いていると凄く眠たくなってくるな。

 数十秒ほどして、謎のメロディがプツッと途切れて杠葉さんが電話に出る。


『ヤマコか? なんの用だ?』


「今、帰り道でさっきののっぺらぼうのちょっと背の小さいやつに追いかけられまして、そいつがうちまでついて来ちゃったみたいで、今も多分すぐ外にいるんですけど、どうしたら――」


 いいですかね? と続ける前に、杠葉さんが『ふむ』と頷く。


『そうだな、念のために明日また海野の屋敷を確認する必要はあるが、そいつがヤマコについて行ったのならばもう問題はなさそうだな。よくやった』


「ほへ?」


『報告ご苦労だった』


 その一言を最後に一方的に通話を切られた。

 わざわざ助けに来てくれるとまでは期待していなかったが、どうやら杠葉さんにはアドバイスをくれる気すらもないらしい。

 私はスマホを枕元に放り投げて、薄ら笑いを浮かべてこちらを見ていた冥子ちゃんと目を合わせた。


「うーわかりました! 来月そのソファーベッド買いますから、お風呂お願いします!」


「ふふ、交渉成立ね! ならさっそくお風呂に入っちゃいましょう、姉さまったら汗くさいわ」


「だって、いっぱい汗かきましたもん……主に冷や汗だった気がしますけど」


 そうこぼしつつ冥子ちゃんと一緒に立ち上がって、パジャマを持って一階にある洗面所に向かう。

 持ってきたパジャマをカラーボックスの上に置き、脱いだ服を洗濯かごに入れて浴室に入った。

 浴槽の湯を追い炊きしつつ、シャワーから熱めのお湯を出して浴びる。


「二人で洗い場にいると狭苦しいし、冥子はもう綺麗だから湯舟に入ってるわね」


「はいどうぞー」


 シャワーも浴びないままに冥子ちゃんがお湯に浸かって、気持ちよさそうに目を閉じる――って、ん?


「ちょ、目を閉じないでくださいよ!? ちゃんと私のこと見ててください、怖いじゃないですか!?」


「え~? いくらなんでも、そののっぺらぼう?が家の中に入ってきたらわかるわよ……」


「寝ちゃうかもしれないじゃないですか!? ダメです、ダメです! もう冥子ちゃんはお湯に浸かるの禁止です! 湯舟の縁に座って足湯しててください! これはちゃんとした取引があった上での一緒にお風呂なんですから、ちゃんと私の指示に従ってください!」


「はいはい、わかったから……姉さまったらもう、どうして顔と指がないだけのあやかしがそんなに怖いのよ?」


「それだけでも十分怖いですけど、それだけじゃないんですってば! 息ができなくなって、鼻血が出たんですよ!? ぜったいにヤバいやつですよ!」


「も~、めんどくさいから冥子がそいつを消し飛ばしちゃおうかしら」


「えっ、やってくださいよ! もしも今夜中にやってくれたら、一緒にお風呂も私がこの怖さを忘れるまでのあと数日くらいで済むと思いますよ?」


「え? 今夜中にそいつを消し飛ばしても、あと数日は一緒にお風呂に入らなくちゃならないの……?」


「そりゃそうですよ、五万八千円も払うんですから! あ、今から頭を洗いますから、できるだけまばたきをしないで、集中して私のことを見ていてくださいね!? もしもドアのすりガラスの向こうに何か居たりしたら、すぐに教えてくださいね!?」


「はぁ、もう……わかったから、落ち着いてちゃんと洗いなさいね」


 そんな風に冥子ちゃんが請け負ってくれたので、安心してゆっくりと丁寧に頭を洗う。

 しかし、頭を洗い終わって振り返ると、冥子ちゃんは私に背を向けて浴室の壁を見ていた。


「なんでそういう意地悪するんですか!? 信じられないです! ほんとに! これは取引ですよ!? わかってるんですか!? わかってないでしょう!? ちゃんとやってくれないならソファーベッドもなしですよ、なし!」


 恐怖と焦りから早口になって怒鳴る私に、冥子ちゃんが後ろを向いたまま声をかけてくる。


「ねえ……」


「なんですか!? 言い訳ですか!?」


「のっぺらぼうって……もしかしてこんな顔だった?」


 そう言って、浴槽の縁に座っていた冥子ちゃんが両手で顔を覆いながらゆっくりとこちらを向く。

 そして、いきなりバッと顔から両手を外した。


「うひょおああッ!? ――って、のっぺらぼうじゃないじゃないですか!? お、驚かさないでください! なんでそうやって意地悪ばっかりするんですか!? 泣きますよ!?」


「ふふ、ごめんなさい。姉さまの反応が面白いから、ついふざけたくなっちゃった。あら、姉さま? ほんとに涙が出てる」


「ううう、冥子ちゃんが意地悪するからですよ! ばか!」


「ごめんなさい姉さま、そんなに怒らないでよ? かわいい妹のかわいい冗談じゃない」


「かわいい冗談なんかじゃありませんでした!」


 私はぷんすか怒りながら浴槽の湯に体を沈める。

 冥子ちゃんが体を反転させて浴槽の中に細いあしを入れてきて、足の裏で私のお腹をぷにぷにと踏む。


「やめてください」


「だって姉さまのお腹かわいいんだもの」


 くそう、冥子ちゃんの脚ほんとに綺麗だな、お腹も私と違ってぷにぷにしてなさそうだし……私もそこそこの美少女であると自負しているが、スタイルでは冥子ちゃんに敵いそうもない。

 私はお腹の上から冥子ちゃんの足を退かして、ちょっと悔しい気持ちで浴室から出る。

 濡れた体をタオルで拭いパジャマを着て、ヘアオイルをつけた髪をドライヤーで乾かす。ちなみにヘアオイルはホワイトリリーのフレグランスだ。正直を言うとホワイトリリーの匂いを私はよく知らないのだが、冥子ちゃんが気に入っているのでこれを使っている。

 なお、ヘアオイルは共用だが化粧水は別々だ。私はアロエを使ったわりとぬるぬるする化粧水を使っているのだが、冥子ちゃんはぬるぬるしたりベタベタするのが嫌いで、ネット通販でしか買えないカモミールの化粧水をわざわざ取り寄せて使っている。祖父の家に居候している私の部屋にさらに居候している超居候の身でありながら、なんともわがままなやつである。

 冥子ちゃんと並んで歯を磨いて、電気を消して洗面所を出る。

 台所に行き、フタ付きの大きいタンブラーに水道水をんで一杯飲み、ふたたび水道水で満たしてからフタを閉める。寝ている間にトイレやらでちょっと起きてしまったときに、喉が乾いていることが多いので部屋に持っていくのだ。

 階段を上りながら、すぐ後ろにいる冥子ちゃんにお願いする。


「あの、トイレに行きたいんですけど……怖いのでドアの前で待っててほしいです」


「プフッ――いいわよ」


「今笑いました? 笑いごとじゃないんですよ、ほんとに死にかけたんですよ? 息ができなくなって、鼻血が出てきて――」


「わかったから、もう百回は聞いたから」


「わかってないから笑うんじゃないですか! わかってたら笑えませんってば! まったくもう、冥子ちゃんはあの恐怖を体験してないから……」


「多分だけど、そののっぺらぼうって呪詛じゅそを振り撒くようなタイプでしょう? だとしたら、冥子やには効かないと思うわ。だって、冥子たちはたたりそのものだもの」


「じゃあ外にいるのっぺらぼう、冥子ちゃんがやっつけてきてくださいよ」


「面倒くさいけど、毎日姉さまと一緒にお風呂に入ったりする方が面倒くさいからやっつけてあげてもいいわ。じゃあ、今からちょっと探してくるわね」


「今はダメです、絶対にダメです! もしも冥子ちゃんがのっぺらぼうを探しに行った隙に、のっぺらぼうが私を殺しにやってきたらヤバいじゃないですか! 今晩はずっと私といてください、のっぺらぼう退治は私が学校に行ってる間とかにしてください! 今からトイレに入りますけど、絶対にドアの前を離れちゃダメですからね!? 絶対ですよ!?」


「もう、姉さまうるさい。おじいちゃんが起きちゃうじゃない」


「うっ……と、とにかく。一瞬でも、ちょっとの距離でもドアの前から離れたらもう絶交ですから」


「はいはい。でも、冥子が動いていないってどうやって確かめるの?」


「私がトイレに入っている間、冥子ちゃんはずっと歌っていてください。そうしたらドアの前にちゃんといるってわかりますから」


「それ、もしもおじいちゃんが起きちゃったら冥子、夜中に廊下で歌ってる頭のおかしい子だと思われちゃわないかしら?」


「どうせ一分二分ですから大丈夫ですよ、じいじが起きたとしても朝には忘れてますよきっと。それにですね、そうでもしないと私、トイレに行けないで漏らしちゃいますよ?」


「もう……じゃあ歌っててあげるしドアの前から一歩も動かないでいてあげるから、早くおトイレ入ったら?」


「約束ですよ? 冥子ちゃんのこと信じてますからね?」


「それって、信じてない時に言う言葉だと冥子は思うのだけど……」


 冥子ちゃんがぼやくのを背中で聞きつつ、私は二階のトイレに入ってドアを閉めた。

 ドアの外から、冥子ちゃんの歌声が聞こえる。


『森の木陰でドンジャラホイー……』


 私は安心して便座に座り、目をつむる。


『今夜はお祭り夢の国ー……』


 ギシ――


「……ん?」


 ギシッ――


「え?」


 冥子ちゃんはドアの前でずっと歌っている。

 にもかかわらず、誰かが階段を上ってくる足音がしている。

 普通に考えればじいじが、なぜか廊下で歌いだした冥子ちゃんの様子を見に来たんだろうと思うところだが……どうしてか、そんな風にはまったく思えない。


「め、冥子ちゃん? なんか、階段の方で音が――」


『アホーイホーイヨー……』


「いや、私がトイレに入ってる間ずっと歌っていてほしいって確かにお願いしましたし、ドアの前から一歩でも動いたら絶交だとも言いましたけど! さすがに緊急事態じゃないですか!? え、大丈夫なんですか!?」


『のっぺらぼうかはわからないけど、何か入ってきちゃったみたいね』


「そんな落ち着いて言うことですか!?」


 とりあえずすっきりしたので、急いで拭いてパンツとパジャマのズボンをまとめて穿き、水を流してドアを開けようとする……が、ドアが少しも開かない。


「えっ!? ドアが開きません! 助けてください、冥子ちゃん!」


『ドアが開かないのは冥子がドアの前にいるからだと思うわ。でも、弱ったわね。冥子は姉さまがトイレにいる間は、ドアの前から一歩も動けないから……』


「こんな時にまでふざけないでください! ヤバいですって、なんか階段上がってきてましたもん! どいてくださいー!」


『だって、どいたら絶交なんでしょう? 姉さまと絶交なんて嫌よ、冥子』


「私が悪かったですから! だいたい絶交なんてするわけないじゃないですか、一緒の部屋に住んでるのに――うわっぷ!?」


 不意にドアが開いて、ドアに全体重をかけていた私は前のめりに倒れる。


「いたた……もう、急にどかないでくださいよ、転んじゃったじゃないですか」


 と、文句を言いながら顔を上げるが、冥子ちゃんの姿がどこにも見当たらない。


「あれ? え? 冥子ちゃん? どこ? どこですか? え? なんで、やだ――」


「プフッ」


 開ききったトイレのドアの裏側から、冥子ちゃんがき出す声が聞こえてきた。

 よく見ると、トイレのドアの下の隙間から冥子ちゃんの足が覗いている。


「も、もう! ほんとに冥子ちゃんは……! ふざけないでくださいよ、心臓止まるかと思いました」


 怒りながら私がトイレのドアを閉めると、にやにやと笑っている冥子ちゃんが姿を現す。


「だって今の姉さま、からかうと楽しいんだもの。冥子は、そんなに面白い反応をする姉さまが悪いと思うわ」


「私は悪くありませんし面白い反応もしていません!」


「プフッ!」


「その笑い方やめてください! っていうか、階段の音はなんだったんですか? のっぺらぼうほんとに入ってきたんですか? 今どこにいるんです? あ、じいじ大丈夫かな……?」


「姉さまに憑いてきているようだから、おじいちゃんは大丈夫なんじゃないかしら? でも、心配なら冥子がおじいちゃんについていてあげてもいいわ」


「うっ……冥子ちゃん、私がぜったいに一人になりたくないのを知ってて意地悪を言ってるでしょう? でも、実際じいじのことも心配ですね……お布団をじいじの部屋に運んでみんなで寝るのがいいかもしれませんけど、そうするには階段を下りないといけないんですよね……」


「何かが家に入ってきた感じはするけれど、今は姿を隠しているみたい。階段で足音が途絶えたからといって、階段にいるというわけではないと思うわ」


「うー……まあ、今のところは電気も消えていませんしね。じゃあじいじの部屋にお布団を持って行って、みんなで寝ます?」


「冥子は構わないわよ」


 そんなわけでまずは私のお布団一式を三つに折りたたみ、それを冥子ちゃんと二人で持ってじいじの部屋へと向かう。

 階段を下りる時はかなり緊張したが、何もいなかったし、何事も起こらなかった。

 一階に下りてじいじの寝室のふすまを開けると、室内は真っ暗だった。これは霊障れいしょうとかそういったものではなく、ただ単にじいじが灯りを消して寝るタイプの人だからである。


「うー、真っ暗だと怖いんですけど……」


「そう? 姉さまは冥子と同じで、真っ暗でも目がくでしょ?」


「見えはしますけど、暗いとおばけが出そうですしやっぱり怖いですよ。電気つけたらじいじが起きちゃいますかね?」


「すぐに豆電球にすれば平気じゃない?」


 と冥子ちゃんが言うので、私は電灯から伸びたひも(じいじが布団に横になった状態でも電気を消せるように、かなり長くなっている。)のなるべく高いところを握って、手早くカチカチカチッと三回引っ張って豆電球をける。

 じいじはまったく起きる気配がない。

 すでにのっぺらぼうにやられて死んでいたりしないよなと不安に思い、じいじの顔の前に手のひらを差し出す。

 ……うん、ちゃんと息をしてるな。


「何をしているの、姉さま?」


「え? 念のために生きてるかどうか確認してたんですけど……」


「見なきゃ大丈夫なら、寝ていれば危険はないんじゃないかしら?」


「ですけど、起こされるかもしれないじゃないですか」


「冥子たちがすぐ横で布団を敷いたりなんだりしていても、おじいちゃん全然起きる気配がないけれど……」


「確かに」


 とにかく私のお布団を敷き終えて、今度は冥子ちゃんのお布団を取りに二階の自室へと戻る。

 やはり階段を上る際は緊張したものの、のっぺらぼうが現れることはなかったし、電気が消えることも足音が聞こえることもなかった。

 先ほどと同じように冥子ちゃんのお布団を三つに折りたたみ、二人で一緒に持ち上げる。

 自室の電気を消して襖を閉めて、お布団を運びながら慎重に階段を下りる。階段を上ってくる足音が聞こえたときには生きた心地がしなかったが、そのあとに階段を下りてまた上って何事も起こらなかったので、さすがに今回はあまり緊張もしない。

 前にいる私は後ろ向きに歩くことになるため、時折進行方向うしろを振り返ったり、お布団を高く持ち上げて足元を確認しなければ危ない。

 階段のちょうど真ん中の段あたりでお布団を持ち上げて足元を見ようとしたら、お布団の下にのっぺらぼうがいた。


「ヒュッ――」


 不意打ちをもろに食らった私は、反射的に後ろに飛び退いてしまい――結果として、階段から落下した。



◆◇◆◇◆◇< 冥子視点 >◆◇◆◇◆◇



 姉さまが階段から落ちてしまった。

 ならばたとえ飛行機から落ちても死にはしないだろうが、姉さまは人間なのでちょっと心配だ。

 しかし、すでに落ちてしまったのだからもはやどうしようもない。

 とりあえず逃げられる前に、のっぺらぼうの白くてツヤツヤとした顔を手でつかむ。

 特に力を込めることもしなかったが、冥子が触れただけでのっぺらぼうはあっけなく消滅してしまった。

 多分、姉さまが本気でにらんだら、息ができなくなったり鼻血が出たりすることもなく呪いにも打ち勝てたのではないだろうか?

 そしてどうでもいい部分ではあるが、姉さまの話ではのっぺらぼうは上半分が白くて下半分が黒い着物を着ているということだったけど、元は真っ白い長襦袢ながじゅばんだったのではないかと思う。下半分が黒く見えたのは大量の血液を吸っており、それが酸化していたからだ。あののっぺらぼうは元々は人間だったのではないかと思うのだが、指がなかったし拷問でもされたのかもしれない。顔がないのもたとえば眼球をくり抜かれて舌を抜かれて、まぶたや口を縫いつけられたりなんて目に遭っていたのだとすれば頷ける話ではある。実際のところはわからないが、多分それに近い目には遭ったのだろう。面倒くさいから初手で消滅させてしまったけど、裸にして調べてみてもよかったかもしれない。呪いは冥子のルーツでもあるから、邪道であれば邪道であるほど興味がある。

 っと……いけないいけない。そんなことよりも、今は姉さまの安否を確かめなくちゃ。

 階段に落とした布団を踏み越えて、階段の下に仰向けになって倒れている姉さまの様子を見に行く。


「姉さま、大丈夫?」


 そう訊ねてぺちぺちと頬を叩くと、姉さまがむくりと起き上がり、の声で言う。


「階段から落ちたのは、先月に続き二回目です」


「そうなの?」


「わらわは、春子はるこの部屋は一階にした方がよいと思うのですよ、愚妹ぐまいさま」


「確かにそんなにしょっちゅう階段から落ちていたら、そのうちに死んでしまいそうよね」


「春子はドジで脆いのですから、階段を下りるときはお前さまが下にいなければなりませんよ、愚妹さま」


「次からは気をつけるわ。冥子は人間よりずっと長く生きてるけど一度も階段から落ちたことなんてないし、お年寄りとかならともかく、ほんとに落ちる人がいるだなんて思わなかったのよ」


「…………」


「姉さま? 難しい顔をして、どうかしたの?」


「わらわは何度か階段から落ちたことがありますよ、愚妹さま」


「プフッ――」


 思わず噴き出してしまい、に睨まれる。やはり姉さまとは異なり、の目には迫力がある。


「あまり時間がなさそうなので、手短に言いますが」


 と、が話し始める。


「先週頂いたハーゲンダックアイスクリームのショコラトリュフ味と、おととい頂いたプリンの上にホイップクリームが載っているプークリンとやらはとても美味でした。春子にまた食すように伝えてくださいね、愚妹さま。わらわの愚昧な愚妹でも、それくらいはできるでしょう? それさえもできないのでしたら、お仕置きですよ、お仕置き」



◆◇◆◇◆◇< 春子視点 >◆◇◆◇◆◇



 目を開けると、すぐ目の前に冥子ちゃんの美貌びぼうがあった。


「あら、目が覚めたのね姉さま? 頭は大丈夫?」


 心配そうな表情をした冥子ちゃんが聞いてくるので、ぶつけた後頭部を撫でて確かめてみる。

 うーむ、れてるな。


「たんこぶになってて触ると痛いですけど、とりあえずは大丈夫そうです。あれ……でも、私なんで立ってるんでしょうか? たしか階段から落ちたと思うんですけど――って、そんなことよりものっぺらぼう! のっぺらぼうが布団の下から覗いてたんです! どこ行きました!?」


「のっぺらぼうは冥子が退治してあげたわ、軽く触っただけで消し飛んじゃった」


 そう言って冥子ちゃんは胸を反らし、得意げな顔をする。


「えっ、ほんとですか!? じゃあもういないんですよね、安心していいんですよね?」


「ええ、安心して! 冥子が姉さまのために退治してあげたから!」


「め、冥子ちゃん……! ありがとうございます~!」


「ふふ、困った姉を助けるのは妹の仕事でしょ? それにしても来月が待ち遠しいわね、早くソファーベッドを使ってみたいわ」


「あっ、ベッドといえばですけど、そういえば冥子ちゃんのお布団を運んでる途中でしたよね? とりあえずじいじの部屋に持って行っちゃいましょうか?」


「もうのっぺらぼうはいないけど、おじいちゃんの部屋で寝るの?」


「すでに私のお布団を持って行っちゃってますし、疲れてて眠たいんで今晩はじいじの部屋で寝て、明日またお布団を運び直せばいいかなって思ってるんですけど」


「いいんじゃない? じゃあ運んじゃいましょうか」


 そんなこんなで冥子ちゃんのお布団もじいじの部屋に敷いて、私たちはじいじを真ん中にして川の字になって寝た。

 ちなみに、じいじの「なんだァこりゃあ……?」という不機嫌そうな声で目を覚ますことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女子高生ですが、大妖怪に間違えられて式神になりました。 バケツJK @Baketsu_JK

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ