エピローグ さよならの数え方

第45話 幼馴染のために、俺は花嫁になる

「ちょっと待って……あんたさぁ」

「そんな怖い顔するな。なに」

「私よりもドレス似合ってるよ」

「いやいや。そんな冗談要らないから」


 新郎新婦、二人とも白いドレスを着て鏡の前に立っている姿を見るのは、なんとも言えないものがあった。これはこれで俺たちらしいけれど。


「……本当に俺たち結婚するんだな」

「なんでまだ未婚みたいな言い方するのよ。婚姻届はもう出したじゃないの」


 婚姻届を出すのに思いのほか苦労してしまったのは、今になれば笑い話。

 届けと一緒にお互いの戸籍謄本が必要だとは知らず、結婚記念日にしようとしていた日に間に合わず……。申し訳ない気持ちでいっぱいだった俺に向かって夏菜子が言ってくれた、『これはこれでいい思い出になる』という言葉でより一層好きになってしまったのは秘密である。


「そりゃそうなんだけどね」


 俺と夏菜子がいわゆる夫婦になってしばらくが経ち、結婚式をすると決まってからはあっという間だった。

 夏菜子は、お色直しの衣装はどうするかとか式はどこで挙げるかとか、そういうことをずっと調べていた。心の底から楽しそうにしている彼女の姿を見ているだけで幸せだった俺は、度々怒られた。『一緒に調べようよ!』……とね。


「ねぇ……もうちょっと時間あるからさ」

「ああ」

「ダブル花嫁で写真撮らない?」

「いや、それはほんときつい。なんで真っ白なドレスを着ちゃってるんですか俺は」

「大丈夫だよ。お色直しのときは私がタキシード着るから」

「…それがまずおかしいって気づかない?」


 疑問には返事をしないまま、黙って夏菜子はカメラを取り出した。おふざけ半分で自分の目のあたりを手のひらで隠してみたりした。


「ほんとにそれでいいの? 一生残るよ。こういうときにもふざけてるんだって……」

「分かった。もう受け入れることにします」

「それでいいのよ。じゃあ、撮るからね」


 夏菜子がカメラを構えたところで、俺は慣れない自分撮りというやつをしているんだと実感した。多少は慣れている夏菜子にしてもらったほうが、なにかとよさそうだと判断した結果だ。


「はい、チー……」

「バター」

「え」

「……え」


 隣にいる夏菜子の表情は固まっていた。よくわからないままシャッターを切ってしまい、お互いが見つめあうような写真が意図せず撮れてしまったみたいだ。


「ちょっとぉ……変なこと言わないでよ。なに『バター』って」

「なにって、写真撮るときになんか言うだろ」

「それはチーズ」

「……そういえばそうか」

「肝心なところで天然ボケしなくていいのよ。……まあ、そういうところも果鈴らしいけどね」


 どちらが先なんてのはなく、どちらともその気だったんだと思う。

 軽い口づけ。ほんの一瞬のはずなのだけれど、それはとても大切な瞬間で。目の前にいる夏菜子が、俺のたった一人の家族なんだと実感させられた。こんなに幸せでいいのだろうか。


「ドレス、似合ってるよ」

「時間差ひどくない? もうその段階終わった気がするよ?」

「それでも言いたかった。いや、言いそびれてた」

「そっか。ありがとね」


 この部屋には鍵があり、着替えを済ませて中から鍵を開けない限り誰も入って来れない。それにしても、同じ白ドレスを着るからという理由で同じ部屋で着替えることになるとは思ってもいなかったが。間仕切りはあるが、いろいろな意味で恥ずかしくなってしまった。

 だからこうして、式の準備時間のあいだは夏菜子と二人きりにさせてもらってるというわけだ。ずっと慌ただしくてまったりとした時間を過ごせなかったので、このくらい許してほしい。


「ほんとに綺麗だ」

「ドレスにしてよかったでしょ?」

「いや、今のはそういう意味でなく……だな。和服でもありだったよ」

「ありだったか。それで、どういう意味だったの?」

「か、夏菜子が綺麗だって意味」

「そこで噛んじゃうのよくない」


 恥ずかしくて夏菜子の顔を見られず、ごまかすように彼女の顔を自分の胸のあたりに近づけた。完全に当ててしまうとせっかくのメイクが崩れてしまうので、本当の意味で近づけることしかできないけれど。


「どうしたの。もしかして惚れ直しちゃった?」

「そのまさか」

「惚れっぽいから困っちゃうね」


 顔を近づけられない代わりに、俺は軽く彼女の体を抱き寄せてみたりした。それはいまだに実感が湧いていない現実を受け入れるための、いわば準備のようなものだった。だからこそ、余計に不安だった。


「どんだけ私のこと好きなんだよぅ……」

「今だけは離れたくないくらいに好き、だよ」

「果鈴の見た目が綺麗なお姉さんだからさ、ちょっと混乱中」

「惚れ直しちゃった?」

「……ばか」


 健気で可愛い夏菜子とこういう関係になるとは、考えてもいなかった。こんなにも愛おしいと思えるなんて想像できなかった。これからはどんな未来が待っているんだろうとわくわくしている自分にびっくりしたり。


「それにしても果鈴、ほんとに似合ってて綺麗だよね。メイクしてもらってるせいもあるのかな」

「夏菜子は…もし俺が女の人になりたいって言ったらどうする?」

「どしたの急に。……まあ、普通に受け入れちゃうと思うよ。その場合は私、レズビアンってことになるんかね。あ、でもそうなっちゃうと離婚しないとね」

「それはなんか違う気がするし、確かに離婚しないとだね」

「私はさ、きっと『立花果鈴』のことが好きなんだと思う」

「俺は立花夏菜子のことが好き」

「そういうことじゃなくて。もう、茶化さないでよ」


 俺は優樹菜のお願いを守れているだろうか。ちゃんと好きな人できたぞ。とうとう結婚したんだ。だから、安心して見守っててくれると嬉しい。

 これからもきっと大丈夫だ。

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幼馴染のために、俺は女装をする 六条菜々子 @minamocya

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