デジジネリデジネミ

崇期

デジジネリデジネミは迷惑なやつ



 デジジネリデジネミは生理的諸事情により土に潜って生活をしていた時代があった。

 

 著者の品性により公言するのはちとはばかれるその事情のことは後回しにして、デジジネリデジネミは、ドイツでは「人が虫を殺すときに抱く感情」という名の酒場の屋根裏にんでいたし、中国では人間と動物と急須を全部足して創られた幸運のキャラクターによく間違えられていたため、自分はちょっとした有名人で、物語に出てくる妖精やかわいらしい小人は皆自分の親戚と思っている節があった(が、実際はゴブリンくずれのようなものであった)。


 なので、仮住まいしていた地下宮殿がどれほど見事な造りであろうと、どれほどモグラやミミズがきれいにずらっと整列し意のままに動いてくれようとも、日の当たらない場所でくすぶっている自分──というものがどうにも納得がいかない風情であったのだ。


 その不遇の暮らしが5年と346日続いたある日、「おれはそろそろ頭を土の上へ出す手筈を整えるぜ」と突然つぶやいて、宮殿の王と最後の食事をし、トマトソースを指につけ「世話になった」とナプキンに書いた。これは料理長への挨拶だった。


「でも、病気が治るまで太陽を浴びちゃいけないのではなかった?」と大きな芋虫の姿をした王が心配して訊いた。(彼は彼で千億万年ほど成虫になれない、という呪いをかけられていた)。


「もう全然、かゆくないのだよ。土っていうのはほんと、体にいいのだね」デジジネリデジネミは地下というのも押し並べて害悪ではない、と言外に匂わせたくてそう言った。


「じゃ、ほんとに戻るんだね? もうここを出ていくんだね?」芋虫は現金なもの──という諺どおり、この王は明日のデザートの琴の葉ケーキの配分のことで「しめしめ」という気持ちになっていた。世の居候いそうろうがだいたいそうである例にもれず、デジジネリデジネミは大食漢だった。


「ああ、今まで清潔な部屋を貸してくれてありがとう。反対に君が困ったことになった日には、まったく同じ親切をおれはお返しするだろう」


「アタシはそういう恥ずかしい病気とは縁がないと思うが。品行方正だからね、まったくもって」


「ふん」とデジジネリデジネミは心の中で思った。道を踏み外すとき、前もってわかっているやつはおらんのだぞ。


 

 いよいよ光溢れる世界へ舞い戻る時間となり、彼、デジジネリデジネミは来たときと変わらない小さな布のバッグを一つ肩に乗せ、宮殿の暗く長いトンネルを歩いて出口へ向かったのだった。


 途中、オケラの大臣に「今、モグラたちが工事やってるんで、近くを通るときは気をつけになっておくんなまし」と声をかけられ、


「おー、おー。わかったわかったよ」と手を振った。


「またいつでも遊びにきてください」


「おー、おー。わかったよ」


「お元気で。もうくれぐれもお遊びはすぎぬよう」


「余計なお世話じゃ(約束はできん)」


 門の外へ出ると、たしかに工事の振動が伝わってきて、土煙が舞って目の前が曇る。なんとかかんとか「石壁の通り」を抜けて、細長い緩やかな坂、通称「アースライン」をのぼっていく。そのとき、工事のあんちゃんらの声がした。


「やばくね。べっぴんさんなんですけど」

「やべ。母ちゃんから美女は見るなって言われてんだ。デジジネリデジネミさんと同じ病気になっちまうからって」

「見るだけなら別に構わないだろ。ついでに挨拶するくらいは構わねーだろし、脳みそに焼きつけるくらいは許されろう」


「なんだって?」デジジネリデジネミは大変好色だったので、この話に足が止まった。地上の光に対する渇望がまったく別の欲望へと早変わりした。


「どこだ、どこだ! その美女ってのは? こんな土の中に、そんな美女が、そんなうまい話があるってのか……」



 遠くなにかが横切るのがわかる。意味ありげな影。魅惑の影。

 急いで追おうとするも、目の前になにやらじゃまな物体がぶら下がっていて、今にも姿を見失いそうだった。


「なんだこれ、じゃまだ」


 人間が長い前髪をかきわけるように、居酒屋の暖簾のれんをかきわけるように、デジジネリデジネミは頭を覆うようにぶら下がる「じゃまもの」をぐいと手で押し広げた。


 ミチチチ、ジリチチッ……。


 そのとき、その曰くの植物、マンドレイクの根っこは人間の足のように二股に分かれた。


 この物語を書くのに著者が調べたところによると、デジジネリデジネミの帰還は美女のために5年も遅れたという。美女熱が冷めるとまた暇になって、病気が完治したことを思い出し地上へ戻る芝居を再演、しかしまたもやそこに美女の影や噂が現れ帰還が伸ばされるということがくり返された。その間、あちこちをうろついたものだから、化石が割れ、自然薯じねんじょがコの字に曲がり、別のマンドレイクが四つ足に分かれるなどの被害が数々生み出された。


 ああ、地球の生き物になに一つの幸ももたらさない小鬼、デジジネリデジネミよ。


 元々マンドレイクというものは一筋縄ではいかぬ特徴を持った植物であることは世の誰もが承知のこと。しかし複雑怪奇に増えていく人間様の家系図の枝分かれのように、マンドレイクがますます「全貌を明かせない」代物になっていったのも彼のせいだし、抜くと悲鳴を上げる、と言われるのも、そこまで広範囲に地中と昵懇じっこんとなっているのに無理やり引き離されるなど苦痛・激痛だからなのだろう。一度「千足観音マンドレイク」が引き抜かれるという歴史的事件が起こったことがあったが、そのとき小さな村が二つ壊滅した。


 とはいえ、悪いことばかりでもなかった。引き抜かれたマンドレイクの根の形状が取り沙汰されイタリアに伝わり、当時世を席巻中だった「未来派」に影響を与えたと言われている。かの有名な「疾走する馬の脚は4本ではなく20本であり……」という一文は顕著な例で(『未来派絵画技術宣言』から抜粋)、著者は思う──人々の心に暗い影を落とし、そこから立ち上がらんと芸術界に数多の花を開かせたのは皮肉にも戦争であるという事実。デジジネリデジネミも「幻獣界の問題児」としていくつかの災害に関わり同時にいくつかの芸術のミューズにもなったところは、よく似ているではないかと。


 たいていの病気はマンドレイクの根を処方すると劇的に治るらしいが、地下宮殿の住民たちはすでに知っているとおり、土に含まれる滋養が生き物の活力源であり、植物たちはそれを体に溜め、地表へ運んでいるだけだ。


 あなたもなんらかの人に言えない病気に悩まされたときはマンドレイクを引き抜こうなどと考えずに地下宮殿へ行ってみるのもいいかもしれない。芋虫王はあと数百数十億万年はそこにいるはずだし、運が良ければ、デジジネリデジネミにお目にかからずに済むかもしれない。



 

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デジジネリデジネミ 崇期 @suuki-shu

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