第33話 月夜に咲くは鎮魂の花 その8『結末』

 

 カイセンに申し伝えていた通りに、夕刻前には商業地区にある行政を司る社へと私は出頭した。


 村の中央区画は村長が住まう社となっており、同時に村の方針を決める為の催事場としての機能を担っていた。


 社は本尊を中心に煉瓦積みの塀によって正方形に囲われており、それとは別に結界を張るための魔石が埋め込まれた石柱が四方を囲むようにして建てられていた。


 仏教で言うところの卒塔婆に似ているが、刻まれているのは文字ではなく魔族に聖獣として崇められる神の姿であり、その見た目は和風なトーテムポールであった。


 中に入るには四方にそれぞれ設置されている正門を潜り抜ける必要があったが、その門にはそれぞれ警備が付いている。村の中でもそれなりの強者が務めるという慣習になっているらしく、この任に就く事が出来るのは強さの証明として一部の者からは憧れとされているようであった。


 社の警備を厳重にする理由については諸説あったが、村全体の結界維持を担う機構が存在する為と言うのが専らの噂である。


 門を過ぎて社に到達すると、ここでもまた正面に設置された内部へと続く扉が有り、側に寄るだけで自動的に扉が開いた。生物の持つ魔力を検知し害意の無い者に対してのみ扉が開かれる仕組みになっているとの事であったが、そこまでの機能が本当に備わっているかは定かでは無かった。


 どうやらノクタスが開発に寄与しているとの事であったが、本人は対して気にも止めておらず、そんなものもあったかと言うような体であった。


 社の扉を潜る前に名乗りを上げることが習わしとなっており、これを怠ると中に入る事が出来ずに村の外へと強制転移させられる仕組みとなっていた。


 過去にグリムが何度か痛い目を見たとの事であったが、この仕組みを止めるには内部に作られる村全体の魔力供給機構を破壊せねばならず、社が厳重に管理される理由の一つでもあった。


「ポリトリ村の南東地区の母トマムの息子、ラクロアがお呼び出しに従い参上致しました」


 村長に対する口上は生まれてこの方厳し目に躾けられていた事も有り容易に対応可能であったが、高々十歳の子供が話す言葉としては仰々しく感じられ内心で苦笑していた。


 何処に住み、誰の庇護下置かれているか、そして種族と名前。記号的にせよ自分の身分を表すという事が重要であると都度トマムから口酸っぱく教えられてきた。


 中に入ると既に待機していたカイセンが此方を見付けるなりニコニコと笑顔で私を見ながら私に手を振り出した。


 場にそぐわぬとシドナイに窘められていたのが印象的であったが、その直後にシドナイも私に軽く合図を送ってきた事から二人は同罪であった。


 人族からは長老のバニパルス、先んじて村長と会話をしていたサウダース家のダグナス、ミナレットが付添人として私の取り調べに帯同していた。魔族側にはカイセン、シドナイに加え、しょんぼりと翼を竦めるトマムの姿があった。


 この村における法体制に知見が無く、子の罪が親にまで遡及するのかと危ぶんだが、村長を待ちがてらに話を聞くと、単純に監督不行届きで怒られたとの事であった。極めてトマムらしいと言えばその通りなので私は呆れつつも理解を示した。


 私が成長するにつれて、ここ最近のトマムは母親と言うより色々と抜けているお姉さんぐらいの距離感で接する事もしばしばであるように思う。魔族の二百歳という精神の成熟度合はもしかすると二十代程度とあまり変わらないのかもしれなかった。


 暫く待機していると、部屋の奥にある社の奥へと繋がる別出口からとずるずるとした地面を這うような動きを見せる魔族が姿を見せた。部屋に入ると同時に強い魔力反応を感知すると共に、僅かに私の魔翼が反応を示すも、敵意を感知できずローブの中で再び静かに待機していた。


 私達の目の前に現れたのはオルム種と呼ばれる太く長い蛇の肢体に、龍と人間を混ぜたような胴体に硬質な鱗を纏わせる種族であった。彼らは極めて知力が高い事で知られ、その中でも特に知者として名高く皆の信頼を集めるのが村長であるトリポリであった。


「皆集まったか。それでは人族のラクロアへ聴取を始めるとする。事前に大凡の内容は聞いておるが、話に相違がないか念のためラクロアからも聞くとしよう」


 厳かな声で査問会の開始を告げ、トリポリに促されるまま私は今回の顛末を掻い摘んで聞かせ、カトルアが帯同していたことや、カイゼンとの遣り取りについては伏せて話を進めた。そうした中で焦点はやはり村以外の人間との接触による戒律の抵触へと話が及んだ。


「ふむ、大森林の東方のみならず幾つかの人里が存在しているのは我々も認知するところであるが、何故そうした人族との接触を管理しているかお主はわかるか?」


 トリポリは私に質問を投げかけるが、それはどことなく大人が子供に物事の道理を説く為の前準備のようにも見えた。


「新たな争いの火種になるからでしょうか?」


 私の返答に対し、同席する大人達は渋い顔を見せる。情報の流出が仮にスペリオーラ大陸まで流れた際に、これを契機と時の人族の王が同胞を取り戻すために挙兵するかもしれない可能性や、単純に裏切り者として村にいる人族を誅殺しようとする可能性は高くはないが、決して捨てきれないものであった。それを聞いたトリポリは大人たちとは違い「ほう」と大きく頷いた。


「その通り、人族はその歴史から魔族を恐れている。それは何も、我々が暴力で彼等を支配した訳でもなく、彼等の世代を経る毎に蓄積された培われた魔族という異種族に対する漠然としたイメージが、いわゆる安全保障上の猜疑心を生み出したと言える。更に現実に大戦で敗北を喫した歴史がそれに拍車を掛けてより大きなものとしているのだ。そしてまた、人族の王が用いる専制政治による支配形態もまた、その作用に一役買っていると言えよう。人族にとっての共通の敵である魔族という存在が誇張されればされるほど、人族は結束を強め、我々に牙を剥く事となる」


「人族が魔族の村で暮らしていると分かれば、それを政治上の権力強化の為に宣伝的に利用して魔族に対する印象操作を強める可能性があるという事ですね」


「その通り、それ故に我々は魔族と人族が友好的に暮らす事が出来ている事実を伝える相手を確りと見極めなければならない。無闇に自ら火中へ飛び込む必要はないという事でもある」


「では、タオウラカルは諦めろと?」


「魔族と相容れぬとして孤高を選んだのは元々彼等の選択であってこそ。それを翻意にすると言うのも一つの選択ではあるが、果たしてそのような者達を信ずる事が出来ると言うだろうか。ラクロアよ、お主は如何に考えるか?」


「人は時として過ちを犯すものです。ですが、人はそれ以上に経験に学ぶ事が出来る特性を持ちます。何よりタオウラカルの民が魔族と交わした約束は大戦時代のもの、そして不可侵の取り決めも大凡七十年前の物と聞きました。魔族とは違い人族は短命の生物です、先祖が結んだ約束が子孫を縛り付けるとするのであればそれこそ人との宥和など、不可能と言うものでは無いでしょうか?」


「ふむ、それは正論だな。親の罪が子に及ばぬように、先祖の約束から翻意する者が出たとしても不思議では無かろう。して、タオウラカルの民は人族のみならず魔族と手を取り、村での生活を受け入れると言うのかな?」


「……いえ、彼らはこの村で暮らす事を望まないでしょう。我々との交流と共に彼等の集落に対する援助を求めると思います。あの地で生まれた彼等は、あの地で生き、そして死ぬ事を望むと思います」


 トリポリはそれを聞いて少し難しい表情を見せる。人族の感情に由来する考えを非合理として受け止めているようであった。


「人族と言うものは難しいものよな。すると、交流とは一方的な援助を要請する事を意味するのか? 我々が手を差し伸べたとして彼等は我々に何を与えてくれると言うのだね?」


 それまで間に私とトリポリで交わした会話を聞くに徹していたバニパルスはやれやれと言った体で会話に割り込みトリポリを諫め始める。


「ふむ、トリポリ殿や。政治談議の戯れはそれくらいにしてくれんかのう? 我々はこの場は議論を交わす場ではなく、ラクロアの行為に対して結論を下す場として理解しておる。政治については私の役目なれば、引き取らせて頂こう。率直に言って、タオウラカルの民の扱いについては人族としての結論が出ておる。同族が危機に瀕しており、我々に助けを求めている事を知りながら、我々に彼等を助けないという選択肢は無いのじゃ。村としての判断で考えるならば、彼らと交流を図る上で何らか、利益を提供できれば良いのじゃろう?」


 バニパルスが間に割って入った事に対しトリポリは含み笑いを見せつつ対応を始める。


「許せ、バニパルス。人族の子供にしては弁が立つので少々楽しくなってしまったのでな。お前の言う通り判断を下すとなれば、部族会議に於いても主題はその対価についてとなるであろう。彼等を用いて何が出来ると考える?」


「外を知る事が出来るじゃろう。外界の情報は我々が持つ情報網から得るのは難しい。じゃが、タオウラカルの民はそもそもこの村に魔族が居る事を知らぬ。彼等をそうした外部の情報取得要員と捉える事が出来れば有用じゃろうて。彼等も取引の材料にスペリオール大陸側の情報提供を引き換えとするとすれば、諸手を挙げて賛同するじゃろうなあ」


「ふむ、情報の価値に目をつけるか……。確かに人族の中でも名が知れた家名を持つそなた等では無く、タオウラカルの民を用いるというのは、それは十分に検討可能な選択肢であろうな。して、監視役は誰とする? 市井に顔を出すのであれば、正確性を期す為にもその役割が必要であろう」


 ちら、とトリポリは私に視線を送る。私も話の流れからそうなるであろうことは理解が出来ていたので軽く頷いて返した。


「それはラクロアに担わせる。今回の顛末、聞けばラクロアの独断によるもの。それであれば本人に責任を取らせるのが罰としては適当じゃろうな」


「他の人族との無断交流における処罰は程度によって無期限の勾留若しくは一定期間の無償労働、若しくは魔大陸への追放何れかによる刑罰が充てられるが、この点、ラクロアに対しては無償労働による奉仕を当て嵌めるというわけだな」


「さよう。タオウラカルの民が知る我々の情報は少ない。これはラクロアを除いて子供達が必要最低限の会話しか行わなかった事にも起因すると言えよう。ラクロアについても、集落に赴き接触は図ったものの最低限の情報交換で済ませていたのは運が良かったと言えると思うがのう。やっている事は許可を得た大人たちと大して変わらんじゃろうよ」


「カイゼンの報告からもその点は確かなようだ。それでは、ラクロアの処遇は決まったな。それでは他の子供達の処罰だが、カトルアについては如何に考えるべきか?」


 カトルアの話題が上がると、バニパルスの眉が一瞬ぴくりと動いた。ミナレットもまた僅かに気配が先ほどよりも鋭いものへと変わっていた。これまでカトルアの話題は出さなかっただけに、皆が僅かながらに反応を見せてしまう。


「村長はどうお考えですか?」


 何を、とは問わずに私はトリポリへと問い掛ける。トリポリはにこりともせず私に何処か憐みを込めた視線を送る。見抜かれていると私は直感したが、トリポリは結論を即座に下すつもりは無いようであった。


 その様子を見てカイセンが私と約束した通りにトリポリへと再度進言を行う。


「先程の通り、タオウラカルの民を助け、それに同行したのはラクロアの独断。カトルアは自らの意思でカトルアに同行したのでは無く、ラクロアの専行を諫めるために同行したに過ぎず、責めを帰すべきはラクロアなれば、カトルアに罪を問うのは酷かと」


 ふむ、とトリポリはカイセンを見やりどことなく察したようであった。


「ラクロアよ、お主はそれでよいのか? 己が全ての責を取ると言うのか? それは理不尽と言うものではないのか?」


 ああ、と私は先程の眼差しの意味を理解した。トリポリは単純に平等な裁きを求めている訳では無く、私が上手く大人達の掌で転がされているのではないかという懸念と、仮に私の意思であったとしても、その真意を測りかねている様であった。


「お気遣いは無用です。これは私が自らの意志で選んだ事ですから」


 トリポリはそうか、と頷き言葉を続けた。


「であれば私から言うことはもう何もあるまい。好きにするがいい。して、バニパルスよ。部族会議にてタオウラカルの民との協調について決を取る。明日の朝に改めて参集する事として、本日の会は解散としよう」


 そういうと、トリポリは席を立つと私に近づき頭を撫でながら私にだけ聞こえる声で「人というものはままならぬな、ラクロアよ」そう言い残し部屋を後にした。


 部屋を出るトリポリを見送るとトマム含め皆安堵した様子であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない 緑青ケンジ @Rokusho_Kenji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ