第8話 終わりの先の物語

「なんのお咎めもなしってどういうことなの!?」


 マリアが叫んだ。


「彼らの書類改竄能力がすごいからよ。保身能力とも言えるわね」

「そんなんでいいの、吸対!?」


 珍しく彼女と同意見だと頷いた。



 結果的に私は生き残った。

 特に後遺症もなく、外れた右手も元通りになった。

 あなたのナノマシンが頑張ったからじゃないかしら、とマリアは言う。

 それだけなはずはないと思うけれど、そういうことにしておいてあげよう。

 例のゾンビーパウダーの被害はなく、何度も行われた水質検査も異常なしだった。残っていたゾンビたちの身柄も無事取り押さえた。


 問題はそれから先のこと。

 これまでの経緯をまとめた報告書は、吸対の職員たちを騒然とさせた。

 中でもマリアが真名を取り戻していた事実には上を下への大騒ぎであった。

 業務怠慢による処分を恐れた彼らのとった行動は、事実の歪曲だった。



『ゾンビ被害を事前に察知した吸対課は、ソラとマリアの両名に調査を命じ、戦闘の際に真名解放を一時的に許可した』


 とのこと。

 彼らの揺るぎなさにほとほと呆れるばかりだが、今までと変わらない世界が続くなら、まぁいいじゃないかなとも思う。


「安心するのは早いわよ、ソラ」


 真名を再び奪われたマリアは力が使えなくなりVtuberも引退することになったが、それでちょっとおとなしくなるかと思いきや、いつも通りであった。


「あのゾンビたちが言っていたように私たち吸血鬼って、人類の脅威になりそうな芽があったら、大きくなる前に摘んでいたの。ある意味、人類のセーフティネットだったのよ。でもそれがなくなってしまって50年、色んなところで芽が育ちきったのでしょうね。今後もああいうのがポンポン出てくるわ。これは狼煙よ。それとももう上がっているかしら? 協力してあげるから今すぐに私の拘束を解いきなさい」

「いやよ。あなたの物語なんて、初めさせないもの」

「終わらせてもくれないくせに、本当に生殺しだわ」


 むくれるマリアにふふっと笑うと彼女はますます口をとがらせた。


 そう。

 これは、完結した物語の先にある、何も語ることのない物語。

 でもその延長で、マリアのあの顔が見れるなら。

 私は生きていこう。

 そう思い、青空を見上げた。

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空っぽ少女と最後の吸血鬼 ももも @momom-

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