もとより存在しないものを手に掴む方法

 身ひとつで空を目指す架空の競技、『フルオーバー』の選手の、挫折と復活のお話。
 設定としてはSF的な部分もありますが、物語そのものはジャンル設定の通り、がっつり現代ドラマです。思い悩む競技者の男性と、たまたま出会ったファンと思しき女性との対話劇。
 一応スポーツものなのですけれど、そのアプローチの仕方の大胆さというか、実質「ファンとの対話」という一場面のみで構成されているところが特徴的です。競技の概要や実戦の様子などは、ほぼ回想のような形で語られており、ある意味もったいないようにも思えるのですけれど、でもこの辺の圧縮のさせ方が本当に好み。
 なにぶん架空の競技であるため、この辺を大真面目にやろうとすると、どうしても細かいルールや複雑な動作等に描写を割かれると思うのですけれど。でもそれをうまく回避したまま、競技のイメージ自体はしっかり伝えてくる。力点の絞り方の思い切りがいいというか、『この作品を通じて伝えたいこと』の優先順位がはっきりしているような感覚。約4,000文字という分量もあり、非常にシンプルかつコンパクトにまとめられたお話だと感じました。
 あとは『空』というモチーフの扱い方、というか徹底してそれのみを書いているところにこだわりを感じます。『フルオーバー』の設定といい、お話の舞台である空中霊園といい、画的な面からも空を想起させてくるところ。加えて、主題の部分。「そら」は同時に「から」であるということ。遥か上空にある実態のない何か、そこに向けてただただ手を伸ばし続ける、とあるひとりの競技者の栄光と挫折の物語でした。