深い森の奥、節だけで詩のない歌を歌う『空鳴き姫』と、その歌声に魅入られた何者かの、不思議な交流の物語。
いわゆるハイファンタジーではあるのですけれど、お話の筋としてはタグの通り、ほぼ童話に近いものがあります。心優しく見目麗しく、でも呪いのおかげで半ば幽閉に近い生活を余儀なくされる、かわいそうなお姫様。古典も古典、童心のままに憧れを重ねる対象としての『空鳴き姫』の、その造形の徹底っぷりにため息が出る思いです。
『彼』が好きです。キャラクター性や人物造形はもちろんのこと、彼が物語の視点保持者であること自体が好き。きっと主人公と呼ぶべきは空鳴き姫の方で、そして仮にこの作品が本当に童話そのものであったとするなら、彼女の目線でお話を追うのが常道だと思うのですけれど。でもそれを『彼』の目から見た彼女の物語として描く、この構成がとてもよかったです。
具体的に、というか身も蓋もなく正直に白状するなら、単純に第一話からしてもう最高でした。相手から正体を隠すための仮の姿を、でも出会い頭に貶されて、普通に気分を害しちゃうところ。わかるし、なにより明らかに人知を超えた何者かである彼の、その感情の動きがこんなにわかりやすいこと自体がもう可愛い。
空鳴き姫を童話におけるお姫様とするなら、『彼』はいわゆる王子様的な役どころであることは間違いなく、畢竟どうしても人間味の薄い「ただの報酬」になってしまいがちなところ、でも彼自身の人格がちゃんとわかる。というか、姫に惹かれていくその心の動きがダイレクトに見えるという、その楽しみを否定できないのが悔しいです。いわばこう、イケメンが自分に惚れていく様子を頭の中覗いて鑑賞する楽しみ……なんて、こんなに美しい物語に対して、あまりに欲望丸出しの例えで申し訳ないのですけれど。
よかったです。なんだかいろんなものが満たされる感じ。サービス精神旺盛というか、存分に憧れの世界を味わわせてくれる、古典的かつ真っ直ぐなお話でした。きっとなんだかんだみんな大好きで、美味しくいただけちゃうタイプのやつ。ハッピーエンド最高!