聖剣伝説と暗殺の村

区隅 憲(クズミケン)

聖剣伝説と暗殺の村

あるところに、魔王を倒せる聖剣が収められている村がありました。

その聖剣は村の森の奥の台座に刺さっており、勇者の素質を持つ者しか抜くことができないと言い伝えられておりました。

そして今まさに、世界は邪悪な魔王の手によって滅ぼされようとしているのです。


その伝承を聞きつけた人々はこぞってこの村を訪れました。

ある者は自分こそが勇者であると名乗り、聖剣を抜こうとする者。

ある者は聖剣がどんなものか気になり、観光に訪れる者。

ある者はそうした旅行客の噂を聞きつけて、商売を始める者。

そうした人々の行き来から、貧しかった村はとても繁盛するようになりました。

井戸ができ、風車ができ、レンガの家ができ、

今までとは比べ物にならないほど文化が発展しました。


さてここに、また勇者と名乗る若者が訪れました。

その若者は大きな皮袋を背負い、剣を腰に携え、赤いマントに身を包んでいました。

その若者は言いました。


「俺は世界中を旅してきた冒険者だ。俺はどんな危険があろうとも立ち向かい、今までずっとそれを乗り越えてきた。これほど勇気がある者は他にはいまい。俺はきっと聖剣を抜いてみせよう」


その話を聞き、村長は早速若者を聖剣のある場所へと案内しました。

村の森は入り組んだ迷いの森となっており、村長しか聖剣のある場所を知っておりません。

しばらく歩くと確かに森の奥に聖剣がありました。

冒険者の若者は早速台座に近寄り、聖剣を引き抜こうとしました。

すると見事に台座から聖剣を引き抜くことができました。


「やった! やったぞ! 剣を抜くことができたぞ! これで俺は本当の勇者だ! 魔王を倒すことができるぞ!」


若者は叫ぶようにはしゃぎ、剣を天上にかかげ仰ぎ見ました。

その喜びようといったら、まさに天に届くほどの無邪気な声です。

若者は人生の中で、これほどの名誉と幸せに包まれたことはありません。

ですが、次の瞬間


ズシャッ


若者は背中をナイフで刺されていました。

その刺された場所はちょうど心臓のところであり、血が飛沫のように吹き上がりました。

若者は突然何が起こったのか全くわからないまま死んでしまいました。


「やれやれ、まさか本当に抜いてしまうとは」


若者の後ろに立っている村長は言いました。

全身は赤く血で濡れていました。

するり、とナイフを背中から引き抜くと、ずさり、と若者は倒れました。


「聖剣が失われたらこの村には誰もこなくなってしまう。そうなればこの村の繁栄はなくなり、以前のような貧しい村になってしまう」


そう呟くと村長は若者の手に握られたままの聖剣を奪い、台座に突き刺して戻しました。

そしてズルズルと若者の死体を森のさらに奥へと引きずっていったのでした。


聖剣の村は今日も人々で賑わっていました。


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ある日の夜、村に大男がやってきました。

大男は全身を黒い鎧で包み、背にはを大きな両手剣を背負っていました


「我は戦士だぁッ! 我こそどんな魔物をもこの大剣で斬り伏せる強者だぞぉッ! 

聖剣はどこだぁッ! 我こそが勇者であるぞぉッ!」


大男は村いっぱいに怒鳴りました。そこへ駆けつけたのが村長です。


「これはまた立派な身なりでございますなぁ。あなた様も聖剣を抜きに来たのですか?」


「おうよッ! その剣でさらに我が功名を上げてみせる!」


戦士の大男は意気揚々と言いました。

さて、早速村長は森の奥の聖剣の元へと案内しました。

大男は聖剣に近寄り、力任せに引き抜こうとします。

すると見事に聖剣は引き抜けました。


「ガハハハ、やはり我こそは勇者だ! この聖剣で魔王をも叩き切って見せようぞ!」


大男は聖剣を腰に携えました。

さてここで、村長は大男を暗殺しようと考えます。

ですが困ったことにそれはできません。

何故ならその大男は全身を鎧で包んでいるからです。

これではナイフで心臓を刺すことができません。


村長はしばらく考えました。

そして言いました。


「おめでとうございます。あなた様こそ真の勇者です。そこで明日勇者がこの村に誕生したことを祝って宴を開きたいと考えております。どうでしょう、この村にご滞在していただけないでしょうか?」


「おうよッ! ならばその申し出、しかと受け止めようッ!」


戦士の大男は上機嫌に返事をしました。

村長はニヤリと笑いました。


「では、今宵は私の家にお泊りください。前祝いとして美味い酒も用意しましょう」


「おうッ! それは有り難いッ!」


男は村長の家を訪れると早速浴びるように酒を飲みました。

鎧を脱ぎ、兜を脱ぎ、剣を下ろし、顔を真っ赤にして大笑いしていました。

酒は行商人から手に入れた最高のものです。

これほど美味い酒はないと大男は何度も手を叩いて喜びました。

やがて大男は机に突っ伏し、そのまま大きなイビキをかいて寝てしまいました。

しめた、と思った村長はすかさずナイフを手に取り、大男の首を突き刺しました。

大男の首からは滝のように血が吹き出しそのまま死んでしまいました。


村長は家の裏手から荷車を運び入れ、大男を乗せました。

そのままうんしょ、うんしょ、と荷車を引きずり森の奥へと消えていきました。


夜の村は大男の大声が嘘のようになくなり、穏やかに静まり返っておりました。


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ある日の朝、村に騎士団が訪れました。

その部隊は10人ほどであり、皆きらびやかで立派な鎧を身に着けています。

その部隊の中の隊長は声高らかに村の人々に呼びかけました。


「我らは王国より派遣された聖騎士団である! ここに魔王討伐がための聖剣があると聞きつけ馳せ参じた。どなたか聖剣の在処のわかる方はいらっしゃるか!」


その声を聞きつけて、早速村長が騎士団の前に現れました。


「おお、王国からの使者とは何とも頼もしい限りです。あなたたちならきっと聖剣を抜くことができましょうぞ」


村長は森の奥にある聖剣の元へと騎士団を案内し始めます。

もちろん騎士団を暗殺するためです。

ですが、村長は困りました。

騎士たちは一様に立派な鎧を身につけており、ナイフ一つではとても全員を殺せそうにありません。

もしそんなことをしたら自分が返り討ちにあうことでしょう。

かといってお酒に酔わせるということもできそうにありません。

皆一様に真面目くさった顔をしており、酒を勧めても酔いつぶれるほどに飲み干すような真似をしそうになかったからです。


村長はしばらく考え、そしていつもと違う森の道を歩きました。

騎士たちもそれに倣いついていきました。

やがて時間は昼になり、そして夜になりました。

それでもまだ聖剣の場所にはたどり着きません。


「村長殿、聖剣の場所にはいつになったら着くのですか?」


騎士団の隊長は尋ねました。

けれど村長は何も答えません。

騎士たちはそんな村長の様子を不審に思っていると、突然村長は脇の茂みに素早く移動して身を隠しました。

呆気にとられた騎士たちはとっさに反応することができませんでした。


「一体どうしたというのだ?」


騎士たちは村長が隠れた茂みの中に入り、村長を探し始めます。

けれど一向に村長は見つかりません。

何度も何度も村長に大声で呼びかけます。

けれど一向に村長からの返事はありません。

案内人を失った騎士たちは、深い森の中で迷子になってしまいました。

右に左に、上に下に、あちこちと移動しました。

けれど出口は見つからず、ずっとずっと森の中をさまよい続けました。

それは騎士たちが食べることも飲むこともできぬまま、死ぬまで繰り返されたのです。


騎士団の案内をした明くる日、村に戻った村長は村人たちに「騎士たちは聖剣を抜くことができず、諦めて帰ってしまった」と伝えました。


村はいつものように立派なレンガ造りの家が並んでいました。


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ある日、この村に世界を滅ぼす魔王が現れました。

魔物の大軍を率いており、村を何重にも覆い囲っておりました。

魔王は先頭に立ち、稲妻のような怒号を上げて言いました。


「聞け人間ども! 我こそはこの世界を支配せんとする魔王なり! 命が惜しくば我を聖剣の元へ案内せい!」


村長はおずおずと魔王の前に現れます。


「わ、私が村の村長です。私が聖剣のある場所を知っております。で、ですがどうか命だけはお助けください」


「ならばさっさと案内するがいい」


村長は魔王に蹴り飛ばされると聖剣の元へと案内します。

お供の魔物の一軍も大勢おります。

もはや魔王にはいかなる策を持ってしてもかないっこありません。

村長は何の企みもなく聖剣の元へと案内しました。


「ほう。これが我を滅ぼすと呼ばれる聖剣であるか」


魔王は躊躇いなく聖剣を引き抜こうとします。

ですが、何度引き抜こうとしても聖剣は台座からビクリとも動きません。


「なるほど、確かに勇者にしか抜けぬようだ。ならばこうするまでだ」


魔王はその聖剣に向かって呪文を唱え始めました。

炎の魔法、氷の魔法、雷の魔法、あらゆる魔術が聖剣に襲いかかりました。

しかし聖剣はいくら魔王が魔法を施しても全く壊れる気配がありませんでした。


「おのれ忌々しい! ならばこの村ごと聖剣を砕いてくれるわ!!」


魔王は怒りだし再び呪文を唱え始めます。

それを聞いていた魔物の一軍は恐れおののき、誰も彼もが魔王を諌め止めようとします。

ですが、魔王は部下たちを振り払い呪文を唱え続けます。

その様子を見ていた村長は慌てて駆け寄り魔王に言いました。


「お待ち下さい魔王様! 実は私は勇者であり、剣を抜くことができます。何もこの聖剣を破壊する必要はございません」


「ほう、貴様は勇者なのか? ならば我を滅ぼすのが貴様の務めのはずだ。何故今聖剣を抜いて我と戦おうとせぬ?」


「とんでもありません。私のような軟弱者が魔王様に勝てるはずがありません。私は世界を救うなどとたいそれたことは考えておらず、ただこの村が平和であればいいのです」


「フハハハ、お前のような腰抜けな勇者は初めて見たわ! 世界が滅べば、この村だって滅びるのだぞ」


「わかっております。ですので魔王様にお願いがあります。魔王様は世界を滅ぼすつもりなのでしょうが、この村だけはどうか見逃していただきたいのです。もし私の願いを叶えてくださるのならば私が魔王様の代わりに聖剣を抜きましょう」


「フハハハ、なんと身勝手で愚かな人間であるか! ならば望み通りこの村だけは滅ぼさずにいてやろう」


魔王が了承すると、村長は聖剣を抜き魔王に渡しました。

魔王が聖剣を受け取ると魔王たちの軍勢は空へと飛び立ちました。

そして次の瞬間、世界に地響きが起こりました。

世界中の大地は地中に沈み、やがて聖剣があった村だけがこの地上に残ったのでした。


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人々の行き来がなくなって以来、聖剣があった村は元の貧しい村に戻っていました。

井戸は枯れ、風車は止まり、レンガの家はボロボロになっていました。

村の仕事も人手が足りずおろそかになり、村人たちは次第に活気を失っていきました。

やがて作物は不作となり、この村には飢饉が訪れました。

村人たちは次々と死に絶えていき、最後には村長一人だけが村に残されました。

村長はやせ衰え動けなくなった体のまま、ポツリと呟きました。


「どうせ同じ運命だったさ。聖剣がなくなれば、この村が滅んでしまうことに変わりない」

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