屋上

弱腰ペンギン

屋上


 世界は腐っている。

 結局誰がどうこうしたって、私のような20にも満たない子供には、誰もやさしくなんてない。価値がないから。

 どこか腫れ物を扱うかのように、遠巻きに笑うだけ。

 だから、両親から見放されたら、誰も私の奥深くまで見てくれる人はいない。

 見るのは外の、飾り物でキラキラした私だけ。中にどれだけどす黒いものを抱えてたって、誰も見てはくれない。

 もしかしたら、20を過ぎれば価値が出てくるのかもしれない。

 大人の女になれば、それだけで価値があるのかもしれない。

 街を行く女性はみんな大人びていて、自信に満ち溢れているように見えるもの。

 スタイルがいいわけではないし、声も特技も何もない。ただ、着飾るのがウマイだけの子供なんて、賞味期限が切れたらポイっと捨てられる。

 そのことを少しずつ、でも確実に感じている。

『そんなことやめるんだ!』

『来ないで!』

『君を失いたくない! 僕の大事な生徒なんだから!』

 この人も、大事な生徒と言っておきながら私たちより大人の女のことを考えているのだろう。

 今日はいつ会える? 何時に? どこで?

 そんなセリフをかけるのは恋人にだけ。

『そんなこと言って、私のことなんて見てくれなかったじゃない!』

『違う! 君は、君も大事な生徒の一人なんだ!』

『大事に思うならほっといて! かかわりあいたくないの!』

『そんな、クラスのハムスターが亡くなったくらいで!』

『私にとっては『くらい』じゃないの。すべてなの!』

『僕にも気持ちはわかるよ。飼ってた柴犬のハナコが亡くなった時だってつらかった!』

『そんなの関係ない!』

『関係あるさ! 命の大切さを知ったなら、そんなところから飛び降りようなんてしない!』

 安いなぁ。

 もう少しマシなセリフは無かったのかな。

『先生、私……』

 涙を浮かべて先生の胸に飛び込む。そこで。

「はい、カットー。お疲れさん」

 演技終了。

 後ろを見ると、安全対策をされた屋上の端が見える。

 風がごうと吹き、カラビナをつけたADさんが、バランスを崩さぬように体を丸めて耐る。

 今ならネットもマットも取り除いてる作業中だろうから、飛べば逝けるかもね。

 でもしない。今飛んでも、賞味期限の切れた子役が居なくなっただけ。

 みんな悲しんだふりして、信じられないっていう顔しておしまい。次の瞬間には『マジウケる』って言ってそれだけ。

「お疲れー。よかったよー」

「はは、ありがとうございます。監督」

 もうすぐ60になろうかという監督は、無精ひげを生やした、サングラスを手放さない男。

 朝でも夜でもどこへでも無精ひげとサングラス。気持ち悪い。

「今夜、打ち上げどう?」

「わぁ、行きますー」

 ホントは絶対行きたくない。

 いろんな若い役者を捕まえて、自らの映画理論を語るだけ語って、満足したら解散。

 何人かの気に入られた子はそのままお持ち帰り。

 まったく反吐が出るわ。

 スタッフには横柄で、ぶつかったって謝りもしないし、それどころか怒鳴り散らす。

 そんな環境だから人はどんどん入れ替わるし、泣いてる子だってたくさんいる。

 ねえ知ってる? 監督。

 上り詰めたら、あとは落ちてくだけなんだよ。どこまでも続く塔なんてないの。

 あなたが私に登らせたのは砂上の楼閣なの。すぐに崩れる足場だらけの、砂のお城。

 一人分の体重すら支えられない緩い階段を、慎重に駆け上がっていく。上り詰めたら後は砂と一緒に崩れて落ちていくだけ。

 それまでに寄りかかる木を見つけておかないと、飛び乗れないの。

 私はあなたがそうだと思ったのに。

 あなたのお城は砂だらけ。だからね。

「あ、もしもし。週刊サファイアの、えぇ、田中さんをお願いします。大丈夫です。どうせADの顔なんて覚えてませんから」

 今日であなたは終わり。

 私と一緒に終わるの。

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屋上 弱腰ペンギン @kuwentorow

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