第107話 ゲーム前夜?
「……噂には聞いていたけど、グリュネル伯爵邸は大きいな。優れた錬金術師だったとは聞く。だが、変わり者で生涯独身だったとも。彼の死後、その屋敷は王国に接収されたが、巨大な錬金工房のついた屋敷だ。他の貴族に下賜するのは難しく、王国で管理していたと」
「なるほど。そういう経緯があるのですね」
「アーノルドなら運用できると踏んでの下賜であろう。マカー大陸に広大な土地を貰っても、今のアーノルドでは持て余してしまうから、いい褒美だと私は思うよ」
「それもそうですね」
「私も、アーノルドのおかげで昇爵するとはね……」
王都にある巨大なお屋敷兼錬金工房。
長らく無人でホルト王国が管理していたのだが、内乱鎮圧に貢献した功績で王国から貰ってしまった。
それと、爵位も法衣ながら侯爵になった。
侯爵の年金と、マカー大陸副総督他いくつかお飾りの職を貰ったので、これの役職給もある。
それも褒美というわけだ。
貰った屋敷に向かうと父がいて、このお屋敷の元の持ち主を教えてくれた。
錬金の達人だったが、人嫌いで結婚しなかったそうだ。
彼の死後、グリュネル伯爵家は後継者不在で断絶し、屋敷は王国の管理となっていた。
他の貴族に下賜しようにも、付属している錬金工房を持て余すからだ。
俺に与えれば、そこから沢山錬金物が生産される。
無人のままだと維持費ばかりかかって赤字であるし、管理費自体もこれほどの大きさの屋敷と錬金工房だとバカにできない金額となるはず。
俺に与えるのにちょうどよかったわけだ。
「すまないな、人手を紹介できず」
「いえ、父上も大変でしょうから」
伯爵となって仕事が増えたのに、リルル、ビックスをこちらに寄越してくれた。
人を増やさなければいけない時なのに、父は俺を気遣ってくれているのだ。
「ローザ様、申し訳ありませんが……」
「お父様が張り切っているから大丈夫ですよ」
俺は侯爵になったので、もう裕子姉ちゃんとの家格の差を指摘する貴族はいないはず。
デラージュ公爵としては、娘のためにもいい人を紹介してくれるはずだ。
それがわかる父は、裕子姉ちゃんにお礼を言ったわけだ。
「それともう一つ、アーノルドにお願いがあるのだ。ローザ様にも」
「お願いですか?」
「実は、セーラが随分とアーノルドを心配していてな。一度、ここを訪ねさせていいだろうか?」
「ええ、そのくらいなら」
「私もいいと思います」
十歳で魔王退治やら、その残党退治に出かけたのだ。
普通の少女であるセーラは、さぞや心配したはずだ。
俺たちが無事なのを確認してもらうのは悪くないだろう。
「そうか、すまないな。来週にもセーラを訪ねさせよう」
「わかりました」
今のセーラは、俺の可愛い義妹だ。
まさか裕子姉ちゃん……ローザを没落はさせないだろうから、ここは友好関係を結んだ方がいい。
変に避けた結果嫌われ、恋愛シミュレーションゲームと同じ結果になったら目も当てられないのだから。
「お義兄様、ご無事のお帰りで安心しました」
「僕は大丈夫だよ、セーラ」
「私、お義父様とお義母様から、お義兄様のことを聞いてから心配で……毎日お祈りをしていました」
「そうか。じゃあ、僕たちが無事なのはセーラのおかげかな? 痛ったた!」
「お義兄様? まさかお怪我を?」
「怪我はしてないよ。筋肉痛かなぁ?」
無事に王都に帰還し、爵位やお屋敷、新しい錬金工房などの褒美を貰ってから数日後。
義妹であるセーラが俺を訪ねてきた。
いきなりマカー大陸に向かい、魔王軍の残党と戦うことになったので心配したのであろう。
以上の点から、俺はセーラはとてもいい子だと思うのだけど……裕子姉ちゃん!
死角から蹴りを入れるのはナシだと思うよ……突然俺が大声をあげたから、セーラが心配しているじゃないか。
裕子姉ちゃんは、まだセーラを警戒しているのかな?
「せっかく来られたのですから、中にどうぞ」
ほら。
リルルも、セーラをまったく警戒していないじゃないか。
「セーラ様は、しばらくご滞在で?」
「はい。お義父様とお義母様から許可をいただきまして。こちらの方は?」
「我が家の筆頭お抱え魔法使いのオードリーだよ」
「初めまして」
「アーノルド様の義妹様ですか。よろしくお願いします」
ビックスの質問に朗らかな笑顔で答え、オードリーとも挨拶をするセーラ。
彼女の明るさと可憐さは、すぐにホッフェンハイム侯爵家の家臣たちのハートを掴むことに成功したようだ。
さすがは、主人公補正である。
「これは、お義父様からの手紙です」
「ありがとう、セーラ」
セーラは、父から手紙を預かっていた。
開封して中身を読むと、ホッフェンハイム伯爵家はどうにか人手を集めたようだ。
徴税の仕事も増えたが、なんとか新しい家臣たちと共に仕事をこなしていると、その手紙には書かれていた。
「父上は大変だな」
「はい、お仕事が増えて大変なようです」
法衣貴族は元々人手が少ないし、領地からの収入があるわけではない。
決められた給金の中で、必要な人員を増やすのは大変なんだと思う。
「お義兄様も大変ではないのですか?」
「父上ほどではないよ」
俺は侯爵になったけど、与えられた役職はお飾りの名誉職ばかり。
実務はないに等しく、今は錬金学校に通って錬金をしていればいいのだから。
むしろ、陛下やデラージュ公爵としては、他の仕事などしてくれるなと思っているはずだ。
「私は家にいても、大変なお義父様やお義母様に負担をかけているような気がするのです。家族を失った私を助けてくれたのに……」
「それは、気にしなくていいと思うけどなぁ……」
父は、セーラの父親に恩義を感じていた。
だからセーラを引き取ったのだから、まだ十歳のセーラがそれを気にする必要はないと思う。
それに、うちは裕福になったからな。
「あっそうだ。『基礎学校』はどうするの?」
「『基礎学校』? なにそれ?」
そんな設定、シャドウクエストには……裕子姉ちゃんの好きなゲームの方か……。
タイトルは忘れたけど。
だって、全然興味ないから!
「貴族の子女が、学園に入学するまでに通う学校よ。期間は三年間。そこで貴族令嬢に相応しい教育を受けるの」
ずっと家庭教師に教えてもらうのは、余裕がある上級貴族のみということか。
中、下級貴族の子女は、学園に行く前に基礎学校に三年間通うのが決まりとまではいかないが、そうした方がいいに決まっているそうだ。
「ローザは?」
「錬金学校に通えば、基礎学校は免除よ」
他にも、基礎学校に通うことを免除される条件が複数あるらしいのだけど、錬金術師になる裕子姉ちゃんはともかく、ただの貴族令嬢であるセーラは基礎学校に通わないと駄目なのか。
「基礎学校に行くか、免除条件を得られないと、貴族令嬢扱いされないわよ。必ず通うべきね」
ここでセーラの基礎学校通いを妨害したら、裕子姉ちゃんに没落フラグ立ってしまうかもしれない。
なんとしてでも、セーラを基礎学校に通わせたいのか。
「基礎学校ってどこにあるの?」
「学園の隣よ」
「じゃあ、実家から通うのは難しいかぁ……」
父と母は、基礎学校のことを覚えているのであろうか?
もしかしたら、昇爵と仕事が増えた件、人を増やしたせいで忙しくて忘れているかもしれない。
「ローザ、ありがとう。両親に手紙を書くよ」
「そうした方がいいわよ」
「あの……ローザ様。お義父様とお義母様に悪いので……」
セーラは、ホッフェンハイム伯爵家に引き取ってもらっただけでも過分な恩情なので、基礎学校に通うことを遠慮しているようだ。
でも俺は、ちゃんと基礎学校に通った方がいいと思うな。
「あのね、セーラ。ホッフェンハイム伯爵家は、今ホルト王国で一番注目されている貴族家なのよ。たとえ養女でも、そこの家の娘が基礎学校に通わなかったら、お義父様とお義母様が悪く言われるの。遠慮しないでここから通えばいいわ」
それはそうだよな。
僕が侯爵で、父が伯爵となったホッフェンハイム家は、現在他国からも注目されているはずだ。
そこの義娘が基礎学校に通わなかったら、なにか事情があるのではないかと勘繰られる……ローザの差し金と思われるかも。
ないとは言えないよなぁ。
「セーラ、基礎学校はこの屋敷から通えばいいさ。部屋は沢山あるし、僕にも義妹を養うくらいの余裕はあるから」
「そうしなさいな」
「ありがとうございます。お義兄様、ローザ様」
その後、俺が父に手紙を出すと、やはり基礎学校の件は忘れていたようだ。
ようやく生まれた俺が錬金学校に行ってしまったので、両親は基礎学校のことを失念していたらしい。
俺には兄がいないので仕方がないのか。
無事に許可が出たので、セーラも俺の新しい屋敷に住むことになった。
「お義兄様、ローザ様。私、お手伝いを……」
「その必要はないわ」
「えっ?」
裕子姉ちゃん、ここでそうくるか?
セーラに嫌われると色々と問題があるのでは?
「セーラには、貴族令嬢としての基礎をすべて身につけてもらうわ。それまでは、アーノルドのお手伝いも無用。むしろそちらが優先よ」
「ローザ、その意図は?」
「基礎学校に通う貴族のガキなんて、実家の爵位に関係なくバカが一定数いるわ。セーラのお父様の件を知らない者はいないはず。陰口なんて序ノ口。意地悪してくる子もいるはずよ」
「イジメ? それは僕に言ってくれれば」
「そこで一度上から抑え込んでも、バカはバカだから完全には収まらないわよ」
「そんな……お父様のことで……」
亡くなった父親の件で苛められるかもしれない。
十歳の子には厳しい現実だと思う。
「だからこそ、隙のない貴族令嬢となって、そんなものを振り払うしかないの。理不尽は力でねじ伏せなさい。完全無欠の貴族令嬢となって学園に入学できるようにすれば、ホッフェンハイム伯爵家の名も生きてくるはず」
「なるほど」
さすがは、元悪役令嬢らしい意見……裕子姉ちゃんの素か?
「あなたの境遇には同情するけど、ただ慰めてもらうだけでは駄目! 自分も強くなって、素晴らしい貴族令嬢になれば、きっと天国のお父さんも喜んでくれるはず」
「わかりました! 私、ローザ様の言うとおり頑張ります!」
「頑張って、私も手伝うから」
「はいっ!」
セーラは、力技を提案する裕子姉ちゃんに感動しているようだけど……なにかがおかしいというか、意図があるんだろうなと思う。
俺も長年、裕子姉ちゃんの従弟をやっているからなぁ……。
あとで聞いてみよう。
「意図? そんなものは簡単よ! 『セーラを、数いる好条件イケメンたちに押しつける作戦』ってわけ」
「作戦名、まんまだね」
二人きりになったので、俺は裕子姉ちゃんに真意を問い質した。
すんなりと教えてくれたのだけど、その内容が……。
セーラを完全無欠な貴族令嬢に育て上げてしまい、マクシミリアン王子たちゲームの攻略キャラたちに押しつけてしまうという、そのままなんだか、変形させたのかよくわからない計画を立てていた。
「ゲームでも、勉学とかマナーとか覚えて数値を上げるのよ。そうすると、攻略キャラとのイベントで好感度が上がりやすいから」
今のうちに育てあげてしまって、攻略キャラたちの気を一気に引かせるわけか。
「ゲームみたいに私はお邪魔キャラにならないし、学園編のスタート時からセーラのステータスはカンスト状態。すぐに誰か落ちるわよ。そうすれば、私とアーノルドは安泰ってわけ」
「なるほどねぇ……」
よく考えたものだと思う。
「これも、弘樹の大好きなクソゲー攻略を分析した成果ってわけ」
クソゲーで悪かったな!
なににしても、先にセーラを強化して攻略キャラにくっつける作戦は理解した。
俺も上手く行くと思う。
「ゲームだと、なぜかゲーム開始一年前にホッフェンハイム子爵家に引き取られた時。あまりステータス数値がよくないのよ。特にマナーとかが全然だめで、だから余計にローザからいじめられてしまうの。どうしてなのかしら?」
「ゲームだからじゃないかな?」
いきなりステータスの数値が高くて、攻略キャラの好感度が高かったら、ゲームとして面白くないから仕方がない。
現実との整合性については知らん!
「来年度から三年間。基礎学校でみっちり鍛えれば大丈夫よ。ゲームだと短期間でステータスが上がるから」
「ゲームだからね」
「とにかく三年もあるから大丈夫」
まあ、まず大丈夫なんだろうけど……。
もうすぐ俺たちは錬金学校の二年生となり、セーラも基礎学校に入学する。
はたして、裕子姉ちゃんは没落しないで済むのか?
俺はどうなるのか?
残念ながら、それはまだ誰にもわからなかったのであった。
クロスゲームシンフォニー(多重奏)~従姉は悪役令嬢、俺は好感度判定キャラ~RPG風味 Y.A @waiei
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