移り変わり

 いつこんな大きな傘屋さんが出来たのだろう。

 僕は心斎橋の大きな傘専門店の中にいた。

 何百色もあるさまざまな傘が所狭しと広いスペースに飾られている。

 藤堂さんの所に来てしばらくした頃、陽子と言う老舗の傘専門店の娘と交際していた事がある。

 明治から続く心斎橋にある傘専門店の娘だった。

 藤堂さんが得意先に配るのだと言って大量にミニチュアの傘を注文した事があった。

 お店の中にもあちこちにお店の名前が入ったミニチュアの和傘が飾られていた。

 その時に担当者としてお店に来ていたのが老舗の傘専門店の娘の陽子だった。

 和菓子職人は料理人ではなく芸術家であると言うのが藤堂さんの口癖だ。

 「お前のセンスを見せてみろ」と言われ、ミニチュアの傘の色やデザインは僕と陽子で考えた。

 陽子は僕と似ていた。

 老舗の傘専門店の長女で、何の疑問もなく親の仕事を引き継いだ。

 一つだけ違ったのは、陽子は自分の仕事に誇りと自信を持っていた。

 「世界中の人に日本の傘の良さを分かってもらいたい」と言う夢も持っていた。

 ある日、彼女は僕に別れを告げに来た。

 100年心斎橋で続いたお店を閉めるのだと言って泣いていた。

 職人が作る手作りの傘に誰も見向きもしなくなったと言って泣いていた。

 一本、大きな紳士物の傘を陽子は差し出した。

 「私、負けない。絶対に負けないから」

 これからどうするのか、聞こうとしたけど聞けなかった。

 陽子は別れを告げに来たんだ、これからの事を聞いてどうするんだ?

 陽子を失いたくないと言う気持ちがなかった訳ではないが、その時の僕にはどんな言葉を掛ければ良いか分からず、黙って陽子が差し出した傘を受け取った。

 傘の専門店が心斎橋ではもうやっていけないと言って、陽子の家族は心斎橋から出て行ったのに、こんなにカラフルな色の傘が所狭しと並ぶ傘の専門店が新たに心斎橋にオープンしていたんだ。

 陽子がこのお店の商品を見たらどんな顔をするのだろう。

 一つ確かなことは、ここは陽子が目指していたお店ではないということ。

 だけど陽子の家は心斎橋から出て行き、このお店は新たに心斎橋にやって来た。

 何が正解なのだろう。

 正解ってなんなのだろう。

 正解なことしかやってはいけないのだろうか。

 正解ではないことをやることの意味ってなんなんだろう。

 正解ではないこと。

 そう。多分正解ではないんだ。

 今日、僕は正解ではないことたった今やって来た。

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令和の中の昭和 名織光世(ナキ) @MaryAnne2020

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