没落令嬢が拾った男の子は、世界を救う勇者パーティーの一人のようだ

卯月みつび

第1話 読み切り風短編

「フリューゲル! そっちに行ったよ!」


「あぁ……わかってる」




 見通しのよい草原。


 腰ほどの草木が集まる茂みの近くで、二人の男女が声を上げて走り回っていた。


 決して遊んでいるわけではない。


 彼らは冒険者。魔物を狩り、未踏の地に踏み入り、人々への利益を力づくで奪っていく職業である彼らは、今も狩るのが難しいとされている大きな馬型の魔物に挑んでいる真っ最中だ。




 身軽な装備の女――ララは、自分をすり抜けて相棒のフリューゲルに向かっていく魔物にナイフを投げる。


 そのナイフは後ろ脚の付け根に刺さり、明らかに魔物の動きを阻害した。




「これであんたにもやれるでしょ!」


「なら最初からこっちに来させるな」




 憎まれ口をたたきつつ、フリューゲルは魔物と向かい合う。


 彼はララと同じように肩と胸、そして腰回りに軽めの防具をつけていた。しかし、ララと違うのはその手に持っているのが杖、という点だろう。


 身軽さをうりに相手の攻撃を避けながら引き付けるララの後ろから、魔法と魔法剣でとどめを刺す、それがフリューゲルの役目だ。




「集え、集え、荒ぶる熱を刃に」




 短い詠唱は優秀な証。


 数秒で、杖を炎を剣に変えたフリューゲルは、動きが鈍くなった魔物の横をすり抜けながら横なぎにする。


 すると、水平に真っ二つに切り裂かれた魔物は地面に沈み、じわりと血がにじんだ。




 二人は構えを解かずに様子を見ていたが、しばらくするとほっと息を吐く。戦いが終わった。




 ◆




 大物を倒した二人は街に戻ろうとしたが、すでに日は暮れかけていた。


 やむなく野営をすることになったが、先ほど倒した魔物の肉を食べないわけにはいかない。熟成したほうがうまみが増すと言われているが、新鮮じゃないと食べれない部位もあるからむしろララは楽しみにしているくらいだ。




「ほら! 早く食べようよ、早く!」


「うるさいな。今、やってるだろ? いいから待っとけ」


「だって、お腹減っちゃたんだもん。今日はフリューゲルが料理当番なんだからいいじゃない」


「ふん、いいから待ってろ。気が散る」




 フリューゲルはそういいながら、綺麗に肉をさばいていた。


 彼が手に取ったのは肝臓だ。


 まだ狩りたての魔物だからこそ食べられる珍味。冒険者であるからこそ食べられるそれを、まるで宝石を扱うかのように丁寧に洗っていく。


 ララは流れるようなその動きを見ながら、目を輝かせていた。




「ふむ、いい肝だ」


「ねぇねぇ、今日は何にするの?」


「うるさい。静かにしてろ」


「なによ! ケチ」




 二人が言い合っているのは日常茶飯事だ。


 特に険悪な様子などなく、フリューゲルは調理に集中しララはそれを眺めながら時折口を挟んでは鼻歌を歌っていた。




 ◆




「できたぞ」


「やったー! いただきます!」


「今日は、肝臓のテリーヌ風と炙りだ」




 フリューゲルが作ったのは、二つの品。


 一つは、茹でた肝臓の中央部をくりぬいて炙ったものだ。一見生に見えるがほんのりと温かく火は通っている。ララは、それをキラキラした目で見つめながら口に放り込んだ。




「うっま!! これ、めっちゃうまいよ! フリューゲル!」




 肝臓の炙りをかみしめた瞬間にあふれ出るのは、肝臓特有の香りとしっとりとした食感、そしてあふれ出る肉汁だ。油ではない染み出る肉汁は濃厚な旨味があり、それを肉の中に閉じ込めながら調理した技術の高さを示している。




「うん、火の通りもうまくいった」


「うまくいったなんてもんじゃないよ! こんなうまい肝臓初めて食べたよ! あー、最高っ!!」




 ララはそういって笑う。


 屈託のない笑みを浮かべる彼女とは裏腹に、フリューゲルはどこかぶすっとした表情を浮かべていた。ララは、それに気づく様子もなくテリーヌへと手を伸ばす。




「こ、これは……いまにも崩れそうだね」


「別に崩れても味が変わるわけじゃない」


「だけど、すごい綺麗だから……よっと――っんんんん!?」




 ララが肝臓のテリーヌを食べると、さっきまでの炙りが持っていた野性味とは違う、洗練された味に驚愕した。




「何よこれ! 本当に肝臓? 全く臭くないし、しっとりなんてレベルじゃなくて、とにかく、なによこれ!」


「茹でた肝臓の外側を使ったんだ。細かくこして固めただけ。この味は俺もびっくりだ。うまいね」


「やっぱり、こいつは持ってた魔力もなかなかだったんだね。強いわけだよ、本当に」




 魔物が持つ魔力は、その魔物の味に影響を与えると言われている。強ければ強いほどその傾向は強く、二人が倒した魔物も、普段あまりおまみえしないレベルだ。


 どこか感心したようにテリーヌを眺めていたララだったが、フリューゲルはその発言に眉を引く突かせる。


 そして、ゆっくり肉を置くと、ぎろりとララをにらんだ。




「誰かさんがもっとうまくやってくれれば、もっと楽だったんだけどな」




 その言葉に、上機嫌だったララも顔をしかめた。




「何よ、その言い方。確かに私もミスったけどフォローはしたでしょ?」


「どうせ、自分のほうが速いって油断したんだろ? あいつはわかってたよ。ララが足止め役だから俺を倒したほうがいいって」


「そんなの魔物が考えるわけないじゃない! 逆にいうと、私のフォローがなきゃあんたなんか踏んづけられて死んでるけど?」


「それをさせないのがララの役目だし、もっと慎重に立ち回っていればもっと簡単だったんだ」


「そんな言い方ないじゃない! 一生懸命やってるのに!」


「一生懸命で腹が膨れたら苦労しないよ」


「なによ!」


「別に」




 言い争いは段々とヒートアップしながらも、夜は更けていく。




 ◆




 ララは、焚火を見つめながらぼーっとしていた。後ろではフリューゲルが寝ている。


 今は、野営の見張り番の時間。二人で交代しながら朝まで火を絶やさずにいないと、すぐに魔物が寄ってきて殺されてしまうのだ。


 もっと多い人数のパーティーなら楽ができるのだろうけど。


 そんなことを思いながら、ララは眠い目をこすりながら頑張っていた。




「本当に……二年前はもっとずっと子供だったのに」




 二人の出会いは本当に偶然だった。


 たまたまフリューゲルを助けたララだったが、いつの間にか一緒に冒険者をやることになり、いつの間にかこんなに生意気になっていた。


 ちなみに、彼女のほうが二つ年上だ。




「角兎を倒すとき、半べそかいてたのが信じられないよね」




 ずっと一人で戦ってきたララからすると、だれかと組んで仕事をするなんて本当にびっくりすることだったのだ。しかし、今ではフリューゲルと一緒じゃないと成り立たない戦闘スタイルになっている。


 料理もうまいし、戦いでもすっかり頼りになる存在のフリューゲルを横目で見ながらララは小さく息を吐いた。




「……本当に感謝してるんだよ? 訳アリの私なんかと一緒に冒険してくれるのだって嬉しかったんだから。別に、もう一緒にいなくていいのにね。フリューゲルは自由なんだから」




 一緒に旅をするにあたって、フリューゲルとした約束は二つ。それは、独りでやっていける実力をつけるまでは一緒に旅をすることと、一緒にいるのが嫌になったらすぐに言うことだ。


 ララは、自分の事情がこれでもかと複雑なのは理解しているし、それにフリューゲルを巻き込むつもりはない。


 なにより、希望をかけらも持てなかったフリューゲルがもしやりたいことを見つけたら、自分の事情に縛り付けずに自由になってもらいたいという想いがあったから。




「いっつも、文句いってくるんだから……たまには昔みたいに甘えてくれないと、お姉ちゃん、寂しいぞ」




 そう言いながら、ララはフリューゲルの頬をつついた。


 その顔は、すっかり男性の顔になっており、昔あった頼りなさや情けなさなどまったく感じない。




 ――すっかり男の子だな。




 そんなことを考えてながら、ずぶずぶとつついていると「ん……」という声をフリューゲルが出したため咄嗟に手を引いた。




「……ララねぇ」


「え?」




 出会った頃のフリューゲルのララの呼び方。


 懐かしい響きに、ララはひどく驚いた。




「な、なな……」


「俺……嫌なんだ…………」


「い、嫌?」




 目はつぶっている。呂律も回っておらず、ふにゃふにゃした話し方だ。


 だが、驚いたせいなのか、ついついララは聞き返していた。




「ララねぇが盾になるのも、俺が守れないのも……気を抜いて怪我なんてしたら、俺は死んでも死にきれない」


「え? えぇ!?」




 小声で叫ぶという芸当を繰り広げつつ、ララは普段のフリューゲルからは想像もしない言葉にただ狼狽えるばかりだ。




「ララねぇを守るために強くなったし、おいしいって言われたくて料理も頑張ったんだ……だから、だからさ……お願いだよ」


「お、ねがい?」




 困惑とともに、どこか悲痛な様子をはらんできたフリューゲルの言葉に、首をかしげてララは問いかけた。




「一緒にいなくていいなんて言わないで……。俺は、ララねぇと一緒にいたいんだ」




 一緒にいたい。


 その言葉を聞いて、ララの胸は急に高鳴っていく。




「だって、俺は、ララねぇのことが――」




 この展開! まさか!


 そんなことが脳裏によぎったララの心臓は、とてつもないことになっている。


 鼓動が頭に響くし、息も苦しい。


 ずっとただの弟みたいな存在だと思っていたフリューゲルの口から、まさかこんなことを聞かさえるなんて。


 男の子が急に男性になったかのような。


 全く同じ意味なのに、まるで違うような。


 奇妙さと困惑と照れがまじりあい、ララは混乱の極致だ。




 そして、この後に放たれる言葉は、当然女子ならばあこがれた言葉。


 訳アリで冒険者なんてやっている自分には到底縁のない言葉だと思っていたのに、寝ぼけている弟のような存在から発せられるなんて思ってもみなかった。




 聞こえるのは鼓動と焚火のぱちぱちとした音。


 いつくるか、いつくるか。


 来るだろう衝撃に備えるよう胸の前で手を握りしめていると、聞こえてきたのは気の抜けた音だ。




「すぅー、すぅー」


「はれ?」




 寝息のように聞こえた言葉は、やっぱり寝息だ。


 拍子抜けしたララは、ふたたびフリューゲルの頬をぐいぐいと押すと、嫌がるように手を振り払ってそっぽを向いてしまう。


 最後まで聞けなくてほっとしたような残念なような。そんな複雑な思いを抱きながら、ララはしずかにフリューゲルの頭をなでる。




「突然だからびっくりしたよ。いつの間にかおっきくなって……」




 ララはそう呟くと、大きく深呼吸をして焚火へと視線を向けた。




「どうせ寝ぼけてただけだよね。変に意識しないようにしないと」




 自分に言い聞かせるようにしてスイッチを切り替える。


 油断すると命に関わる場所なのだ。


 さっきまで感じていた思春期女子の甘酸っぱい感情に必死に蓋をして、ララは意識を集中させた。




「いつか、起きてる時に聞けたら、きっと嬉しいんだろうなぁ」




 その呟きは炎に紛れ消えていく。そうして夜はどんどんと深くなっていった。


 焚火に照らされたフリューゲルの横顔は、すこしだけいつもより赤く染まっていた。




 完 

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