神様と届かなかった手紙と首吊り

犬丸寛太

第1話神様と届かなかった手紙と首吊り

 私はずっとこの町を見てきた。

かつては観光で栄えていたこの町だがそれもとうに久しく町はすっかり活気をなくし当時を記憶しているのは高台に打ち捨てられた展望台とそのそばに佇む私だけだ。

まだ町が栄えていたころ私は人気者だった。

訪れる人々曰く、私に願いをかけた短冊を吊り下げると叶うとかなんとか。

当然私にはそんな神様のような力は無かったが、訪れる人々の笑顔を見るのに悪い気はしなかった。

美しい海、にぎやかな街、人々の笑顔。吹き抜ける風に私は体を揺らす。

私はここにあること、あり続けられることを心の底から嬉しく思っていた。

しかし、時は流れ町が衰退していくとともに、私を訪れる人々から笑顔が消えていった。

私の愛した美しい景色が災いしたのか、私が丈夫な体を持っていたためか、人々は人生を私に吊り下げていくようになった。

一時期は人々の願いを一身に受けていた私だったが今ではただの首吊りの道具になってしまっていた。

始めはそれがとても悲しくて、精一杯に体を伸ばし、できるだけたくさんの願いを叶えようと、人々を笑顔にしようとしたがそれももう昔の話だ。

今日も一人私に縄をかけようと誰かがやってくる。私はすっかり老いていた。きっと彼が最後になるだろう。

そばに近寄り私を見上げる人間を私はよく知っていた。彼は幼いころから展望台から見える景色と私の絵を描き続けていた。

彼はいつも友人と二人で私を訪れていた。雨の日も風の日も海との境を見失うほどの青空の日も。

独り言だろうか、彼は私に語り掛けるように話し始めた。

彼は幼いころに引っ越してしまった友人へ年に数回手紙を送っているらしかった。

その手紙には毎回この展望台から見える二人の大好きな景色の絵を添えて。

ある時から返事が来なくなりそれでも送り続けていたがいよいよ出した手紙すら届かなくなってしまったらしい。

人間はこんなにも他愛の無いことで自分の人生を捨ててしまう。

愛する者との別れ、人間同士のいさかい、将来への不安。

過去、現在、未来。

人間はあらゆる時の流れから理由を見つけて自らを殺してしまう生き物らしい。

彼はまさに過去に縛られ、今を絶望し、未来を失ってしまったようだ。

彼の話を聞きながら、しかし、それは私も同じだった。

かつての賑わいに心を囚われ、今に立ち向かおうとしたが、叶わなかった。

彼はいよいよ私に縄をかける。

ありがとう。自嘲気味つぶやく声が聞こえた。

私こそありがとう。君たちの、君の笑顔があったから私は今日までここに立ち続けることができた。

叶うならば最期にかつてのような笑顔を見たかったよ。

遠くに船の汽笛が聞こえる。伸ばし切った体のせいで船の姿はよく見えない。

とうとう彼は私にその体を、人生を吊り下げた。

その瞬間、私の体に激痛が走った。

伸ばしに伸ばした私の腕は彼をぶら下げた拍子に折れてしまったようだ。

ドスンと腰を打ち付けた彼は痛めた腰と私をさすりながら今度はごめんと言った。

やはり自嘲気味に、けれどほんの少しだけ笑っているように聞こえた。

彼は立ち上がり届かなかった手紙を破り捨て放り投げた。

何も破り捨てることは無い。海風がきっと友人に届けてくれるはずだ。

いつも願われてきた私は初めて願い事をした。

腕が折れた分、見晴らしの良くなった景色の先に港に着いた船が見える。

懐かしい顔が見えた。

私もまだまだ捨てたものじゃないな。

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神様と届かなかった手紙と首吊り 犬丸寛太 @kotaro3

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