第3話 彼女が好きな人は

山岸やまぎしさん、あなたの事が好きです。お付き合いしてください!」


 勇気を振り絞った矢田部の声を聞いて、


(やっぱりな)


 と洋介ようすけはどこか納得していた。

 しかし、どのような返事を返すのか。それが気がかりだ。


「そっか……ありがとう。矢田部やたべ君。私の事を好きになってくれて」


 丁寧に、矢田部に向かって、頭を下げる。


「私なんかに、告白してくる人は少ないから。ちょっとびっくりしてる」


 そう言う遊子に。


「そんな、「なんか」なんて……!山岸さんはすっごく魅力的だと思う」


 本気の言葉をぶつける矢田部。

 一部始終を覗いているのが申し訳ない。


「でも、どうして、私なんかの事を好きになってくれたの?」


 彼女にしてみれば当然疑問に思うことだろう。

 なんせ、今まで告白されたことなど数える程。

 洋介と一緒にいたせいなどと、本人は知る由もないが。


「それは……」


 少し躊躇した様子の矢田部。


「それは?」

「山岸さんはいつも自由で、輝いてるから。文化祭でも、体育祭でも、新しいアイデアをどんどん考えて、実行して。だから、僕にとって山岸さんはいつも憧れだった」


 矢田部の言葉に、ほう、と洋介は息を呑む。

 遊子は容姿が良い。ずっと一緒にいる洋介ですらそう思うくらいだ。

 それに、活発で明るいところも人気がある。

 だから、可愛いとか、活発だとかそういう言葉を言うのだと思っていたのだが。

 なかなかどうして本質をよく観察している、と認めざるを得なかった。


「そっか、ありがとね。矢田部君。私の事よく見てくれて」


 嬉しそうな、でも申し訳無さそうな表情をする遊子。

 その表情を見た瞬間、彼女が出す結論が嫌でもわかってしまった。


「でも、ごめん。私は矢田部君とは付き合えない」


 誤解の余地がないように、きっぱり、はっきりと言う。


「……そっか、ごめんね。僕なんかだと無理、だよね」


 肩を落とした様子の矢田部。

 自信がない彼のことだ。お眼鏡にかなわなかったと感じたのだろう。

 しかし、遊子はそういう人を値踏みする人間ではない。断じて。


「違うの。あのね。私は生まれついての変人なんだ」


 どこか寂しげな表情。


「そんな、変人なんて……」


 卑屈になっていると感じたのだろう。矢田部は言い募ろうとする。

 

「ううん、そうなんだよ。例えば……去年の文化祭で、クラスの出し物で、コスプレメイド喫茶やろうなんて言ったの、なんでだと思う?」


 ああ、そういえばそんなこともあったなあ、と洋介は思い出す。

 男子向けには女子のメイド服姿を餌に。

 女子向けには、露出が少ない可愛い系の服だから大丈夫と説得して。

 さらに、可愛い服を着てみたい女子も煽ったり。


「それは……クラスを盛り上げたかった、んじゃないの?」


 そう。きっとそう思うのが普通なんだろう。彼は何も間違っていない。


「ううん。私はただその光景が面白そうだったから。ただそれだけなの。あれこれ理由をつけたのはただの詭弁」


 洋介は覚えている。虚構で見たことのある風景を実現させてやるんだと。

 目を輝かせて、そう不敵な事をぬかしていた彼女を。


「私はただの変人。矢田部君とは根っこが違うの。だから、恋人にはなれない」


 住む世界が違うのだと。はっきりした拒絶。


「それにね。私が好きな人はずっと昔からただ一人なんだ。たぶん、お父さんやお母さんも理解してくれない、変なところを理解してくれた、たった一人の人」


 洋介の居る方向を見ながら、はっきり宣言する遊子。

 心臓が飛び出るかという思いだった。

 条件に当てはまる人など、たった一人しか居ない。

 それに、こちらを見てきたのも……。


「そっか……。わかった。その人とうまく行くのを祈っているよ」


 自分を振った相手に、そう言える矢田部は本当にいい奴なんだろう。


 帰り道。いつものような二人の下校風景。

 洋介にとって、どこか落ち着かない光景。

 しかし、躊躇しても仕方ないか。と話を切り出す。


「昼休みの話だけど……どうして、矢田部の告白、断ったんだ?」


 盗み見していたのはもうバレている。隠さず素直に言う。


「やっぱり見ていたんだね。趣味悪いよ、洋ちゃん」

「……」

「とにかく、理由は言ったと思うんだけど?」


 確かに、それは聞いた。洋介が好きなのだという仄めかし。


「せめて、具体例が欲しいな。言うほどお前のこと理解してる自信ないぞ?」


 正直な想いだった。

 未だに彼女の心象風景の全てを理解出来てるとは思えない。


「洋ちゃんの部屋にかかってる橋。最初に作った時の事、覚えてる?」


 どこか、昔を懐かしむ様子で告げる。


「めちゃくちゃ怒られたな。非常識だとか危ないとか」


 当然の反応。洋介の両親も遊子の両親も同じ。

 我が子の安全を願う故に、あるいは、常識を教えるために。


「でも、洋ちゃんだけは違ったよね」


 叱られた後の事。木材で作った橋を撤去されて。

 くじけそうになった遊子に彼は言ったのだった。

 「なあ、また橋、作ろうぜ?」と。


「単に俺が非常識なだけだろ」


 洋介も自覚していた。あの時、彼女を思いやったわけではない。

 単に常識とかいうわけのわからないものに縛られたくなかったのだ。


「うん。一緒にやった洋ちゃんも同罪。でも、だから良かったんだよ?」

「お前もゲテモノ好きだな」


 非常識なのがいいなどと。恋愛対象に普通求めることではないだろう。


「ううん。違うよ。ただ、私をそのまま理解してくれたのが嬉しかったの」


 そのまま、か。


「クラスの子もさ。「ちょっと変だけど、明るくていい子だよね」とか言ってくれるけど、私にとって、「変」が本質なのに。変な事はマイナスで、明るいとか社交的なのはプラス。皆そう思っているんだろうね」


 さしずめ、彼女にとって、世界は巨大な遊び場。それが本質。


「まあ、わからんでもないけど、クラス連中に理解求めるのは酷だろ」

「わかってるよ。だから、洋ちゃんだけは理解してくれるのが嬉しいの」

「生まれつきっていうのは大変だよな」

「洋ちゃんも、人の事言えないと思うよ?」


 遊子は不服そうな表情を見せる。お前も同類だと。


「まあ、多少は変わってると思うが。具体的には?」

「理科で習った事を、だいたい実験してみようとするところとか」

「いやいや、普通だろ。実験してみたくなるだろ?」


 彼にしてみれば当然の衝動だった。

 授業で習った通りなら、手順に従えば再現出来るはずだと。


「そのために、実験の授業があるんだと思うけど?」

「しかし、そんなの先生の想定通りでつまらんだろ」


 彼にしてみれば、実験の設計も含めて、知るための活動なのだ。

 先生に「よく出来ました」と言われるためのものではなく。


「そのせいで、事故りそうになったの、一度や二度じゃないと思うよ?」

「ま、まあ。今はちゃんと安全確保が重要なのはわかってるって。うん」


 中学の理科の授業で習った化学反応を自宅で再現しようとして。

 危うく、火事になりかけた事がある。

 さすがの彼も、以後は、安全確保の重要性を認識するようになった。


「と、そういうこと。洋ちゃんの気持ちはよくわかるんだけどね」

「わかるのかよ」

「うん。だから、好きになったんだから」


 照れもせずに、堂々と告白の言葉を言う彼女。


「おっけ。理由がちょいアレ過ぎるが……お前の気持ちはよくわかった」


 奇人変人の類だから好きになったなどと、およそまともな告白じゃない。

 しかし、彼女も彼も、どうせまともではないのだ。


「それで……洋ちゃんの気持ち、聞かせてほしいんだけど?」


 初めて、少し頬を染めて、ちらちらと視線を送ってくる。


「言わないでも、だいたい伝わったと思うけど?文脈的に」

「はっきり言ってほしいの」

「そんな所だけ、普通の女子か」

「そうだよ。変だけど、私だって普通に恋するんだから」


 今度は、はっきり洋介の目を見つめて言う洋子。

 じっと見つめるその姿には真剣さが宿っていた。


「わかった。俺も、遊子の事が好きだよ。変な事を思いつきで実行するところも。俺と違って、思いつきを執念深さで実現させるところもな」


 どこか皮肉った返事。


「洋ちゃんもそれ、大概な返事だと思うなー」

「あ、もちろん、可愛いところも好きだぞ?」

「そのフォローは絶対におかしいよ!」


 いつも通りの掛け合い。

 ふと、言い忘れた事を彼は思い出した。


「あ、そうだ。あの橋のことなんだけどさ……」

「あれがどしたの?」

「俺もさ、あれが面白そうだとは思ったのは確かなんだけどさ」

「言ってたよね。実験してみたいって」


 彼女の思いつきに洋介が賛同したのはそんな理由。

 木材の厚みや重量などを計算すれば、行けるはずだと。

 そして、それを机上の計算ではなく、実現させてみたいと。


「実はさ。お前ともっと一緒に居たいってのもあったんだよ。ちょっとだけどな」


 それらしい理屈に隠した、率直な想いを彼は語る。

 「ちょっと」を強調して。


「そっか。実は私もね。コスプレメイド喫茶の時だけど……」

「ん?面白そう以外の理由があったのか?」

「メイド服を見た洋ちゃんの感想ってどうなのかなって。ちょっとだけだけどね」


 頬を朱に染めて、思いつきに隠した本音を語る。

 「ちょっと」を強調して。


「そうか。可愛かったよ。凄く」


 遅まきながら、感想を語る。とても照れくさそうにしながら。


「ありがと。じゃ、やって良かったかな」


 ぽつりとそれだけの言葉を返す遊子。


 そんな、変人同士の二人は、肩を寄せ合って仲良く帰ったのだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 変人同士カップルの、ちょっと変なお話はこれにて完結です。

 よく考えると、告白はしても「お付き合いしてください」がないですが、

 二人はそんなことをいちいち気にせずに仲良くやっていきそうです。

 

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隣に住む幼馴染は、窓から侵入してくる頭おかしい奴なんだけど、どうすればいい? 久野真一 @kuno1234

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