第3話 怪物のいるべき場所

 いつからか怪物は、家の奥の日の当たらない、一番小さな部屋の中に閉じこもるようになった。

 日のあたるあたたかい部屋は、怖い。親切な家の者たちは、怪物を心配したが、怪物のしたいようにさせた。毎日何回も部屋の戸の前に食事や必要なものを置き、外の世界の出来事を話し、やさしい言葉をかけていく。そのやさしさは、かえって怪物を責め立てた。


 ここは地獄以上に地獄だ。

 憧れていた愛とは、拷問だった。獄卒の金棒より恐ろしかった。悲しかった。不安だった。虚しくて満たされないものだった。

 怪物にとって、人間の平穏な愛とは、行き止まりの激しい虚無感だった。偽りのような落ち着かない、ひどい苦しみでしかない。

 なぜそう思うのか、怪物にもはっきりわからなかった。

 今までの怪物の生き方とかけ離れていたからかもしれない。傷つけられることが当たり前だったから、傷つけられないことが落ち着かないのかもしれない。あとで裏切られるのではないか、怖いのかもしれない。

 ただひとつ、明確にわかることがある。

 怪物は、愛とやらを受けることが許される存在ではない。誰かから愛される資格など、初めからなかった。


 

 ある晩、女の家族が、家の奥の暗い部屋へ食事を運んだ。入ると、真っ二つに割れた女の死体が、床に倒れていた。

 



 地獄の血の池の中、人間の亡者に混じり、半分液体の怪物がプカプカと浮いていた。獄卒の鬼めらが怪物をあざわらい、石を投げ、矢を射って、怪物を傷つける。

 そのいたみや屈辱は、果たして怪物を安心させた。誰からも嫌われ、誰からもさげずまれ、不幸せになる場所こそ、自分にふさわしい。

 怪物は激しい苦しみと安心を感じながら、血の池の底へ、音もたてず沈んでいった。

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地獄の淵の一匹の怪物 Meg @MegMiki34

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