第3話 急

CyberARMerサイバーアーマー……どんなものを作るかと思えば子どものオモチャと来たか」

 大男は不敵ふてきに微笑みながら左手で右の手首をつまんだかと思うと、右手の表皮を一気に引きがした。皮膚に見えていたものは強化ラテックスの手袋だったのだ。その下から現れたのはあやしげな光沢を放つ黒い骨格。

(何だあれは?)

 男は金属の右手で足元の小石を拾うと、顔の前に差し上げたかと思うないなや、指の先だけで粉々に砕いてみせた。蟹江かにえの背筋に冷たい恐怖が走る。そういえば青木ヶ原あおきがはらがちらっとデータが漏洩ろうえいした可能性を話していたはずだ。データどころではない。現物があらわれたじゃないか。

「特別なのはお嬢ちゃんだけじゃねえってことさ。金さえ積めば何でも手に入る。たとえ極秘の技術でもな。資本主義の唯一の美徳びとくだ」

 言うなり大男は開いた右手を前に突き出して走り出す。怪力パワー型のARMで押し切るつもりだ。

 少女の左腕からヨーヨーが飛ぶ。それを男の右手が難なくキャッチした。

「俺はついこの前まで社会人チームのキャッチャーでね」

 武器を封じられた少女と大男がヨーヨーのワイヤーで繋がったまま対峙たいじする。引き寄せられる人ならぬ力に少女の端正な顔がゆがむ。

「貴様、もしや『新世紀焚書教会しんせいきふんしょきょうかい』か!」

「いかにも」余裕すら漂う声で男は答えた。「正しい社会を作るためなら腕の一本や二本、犠牲ですらない」

「ふざけるな! 人の命を虫けらのように奪っておいて!」

「同じことよ」男は平然と言い放つ。「そうでもしなければ変わらんのだ。この国は病気だ。人類の患部だ。手術に血が流れるのは避けられぬ」

「そんなものはテロリストの理屈だ!」

「それは歴史が決めること。悪書駆逐あくしょくちくは世界の潮流だ。もはや誰にも止めることはできない。しかしもっとも遅れているのがこの国なのだ。我々は一刻も早く清廉せいれんな社会を作り上げなければならぬのだ。でなければこの国はいずれ終わる」

詭弁きべん!」

 叫ぶ少女に、男は問う。

何故なにゆえに下劣な表現を守る。知恵も倫理も問題提起もないような扇情的せんじょうてきな表現に何の意味がある」

 少女は答える。

「意味などないっ!」

「何だと?」

「意味がないからこそ、人はそこに自分の物語を見出すんだ!」

 少女の左腕がブーンという低い音を上げて唸った。発射機構ランチャーとは明らかに違うシステムが駆動くどうしている。

戯言ざれごとだな」

 唇の端をじ曲げて笑う男に、喰いしばった歯の奥で少女は言う。

「ひとつだけく。丸山書店を爆破したのは貴様か!」

 大男がふんと鼻を鳴らした。

「俺ではない。隠れてコソコソ動くのは性に合わぬ。きたいことはそれだけか。ならば綱引きは終わりだ!」

 右目の視界の隅に赤いランプがともるのを少女は見た。

放電スパーク!」

 声紋認識スイッチが作動し、小型蓄電池がワイヤーを通して5万ボルトの電流を放出した。

「グアアッ!」

 高圧電流の直撃を受けた男の右腕が制御を失い、悲鳴とともにつかんでいたヨーヨーを取り落した。少女の機構メカはわずか0.3秒でそれを回収する。

「おのれぇ、小賢こざかしい真似まねを!」

 感電のショックから立ち直った大男が走り出す。

 反射的にホルスターの拳銃に手をかけた蟹江の脳裏のうりに、真田さなだの言葉が蘇った。

「ただし本当に危険な時以外は手を出すなよ」

「基準が曖昧あいまいすぎるんだが」

「一秒後に命の危険がある時だ」

 少女が左腕を真っ直ぐに伸ばして手を開いた。その先に突撃してくる男。聞こえてくる機械的なうなりは先刻以上だ。

 逃げる様子のない少女の姿に、蟹江は動くことも銃を抜くこともできない。

(何をするというんだ)

「……超電磁ちょうでんじ、バレル」

 少女が呟くと同時に、目には見えないが、開いた左手の前方に強力なトンネル状の電磁場が形成される。少女が左手をぐっと握った。

発射シュート!」

 再び射出されたヨーヨーは電磁場の干渉による加速で瞬時に音速を遥かに超えた。視認不能な速度で男の金属性の指を砕き、肩の接合部を破壊して根元から千切ちぎれた腕が宙を舞う。衝撃の伝導で声をあげる間も無く失神し、右半身の数カ所を骨折した男は、独楽こまのように回転しながら弾け飛んだ。

 蟹江の足下に転がってくる物体があった。潰れて変形しワイヤーから外れたヨーヨーだった。見ると少女の左腕からも過負荷かふかのせいで白い煙が上がっている。

「ば、化け物だ!」

 誰かが叫んだ。それが合図になったかのように、凍り付いていたデモ隊がパニックを起こして逃げまどった。不意に聞き慣れたサイレンがユニゾンで近付いてきた。公園の四方からパトカーと覆面車が一斉いっせいに入ってくるのが見えた。蟹江は苦々しい思いを奥歯でみ潰した。あいつらめ。どうせ容疑者だけを回収していくつもりだ。あるいは口封じのために。そもそも基本データを盗み出したくらいで、あんなサイバネティックな怪人が作れるはずがないじゃないか。

 視線を移した蟹江は、ワゴン車に戻って行く少女の後ろ姿を捉えた。

「君、朝宮あさみやといったな」

 少女は歩みを止め、首だけをわずかに蟹江に向けた。

「ひょっとして、君の父親はあの朝宮ツトムか」

 少女の無言を、蟹江は肯定こうていと受け取った。

「私は彼の小説が好きだったよ。年甲斐としがいもないと思うだろうがね。腹立たしい仕事を片付けた後で、頭を空っぽにして彼の小説を読む時間が好きだったんだ」

 やはり少女は何も言わなかった。しかし蟹江は少しだけ口元を緩めた彼女の横顔を、背筋が震えるほど美しいと思った。

 ……

「蟹江警部補!少しお話を……」

 不躾ぶしつけな大声に振り向くと、見覚えのありすぎる一課の刑事が二人、小走りでこちらに近づいて来ていた。

「ラストの余韻よいんを台無しにするんじゃねえ!」

 突然の蟹江の怒号どごうに、若い刑事はあわてて立ち止まると、困惑した顔を見合わせた。急発進するワゴン車のタイヤが悲鳴を上げた。


〈つづく〉


         ●


 俺は小説を読むのも書くのも好きだ。たぶん世の高校生の平均的な好きさ加減よりは遥かに好きだ、と思う。けれど、文芸部に入部して以来、他の部員の作品をちゃんと最後まで読めたことがない。否定しているのではない。これは自分のための小説ではない、と思ってしまうのだ。義務のように読んでしまうのだ。それはどう考えたって、違う。

 ひょっとしたら上手いのかもしれない。スゴイのかもしれない。でもそういう問題ではないんだ。ジャンルの問題でもない。だって梶井基次郎かじいもとじろうとかウラジミール・ナボコフとか好きだし。ラノベだって読めないやつは読めないし。

 一方で俺は決して変わった人間じゃないと思っている。嗜好しこうかたよっているつもりもない。

 人間はいろんな好きと、いろんな嫌いと、いろんなどうでもいいもので出来ていて、その混ざり具合が他人とまるで違ったり似ていたりするのだ。そこに属性で境界線を引く意味なんてあるだろうか。あるのは「自分のためのものかどうか」という個人的な問題だけだろう。

 だから俺は、どこかにいるであろう「もう一人の俺」のために書いている。あるいは、アイツなら読んでくれるはずだと思える「俺のような誰か」に向けて書いている。それは一人や二人であるはずがない。彼らの後ろには百人、千人、いやそれ以上の「俺」がいるはずなんだ。俺が読みたいと思うような話を待っている「俺」が。

 きっといるはずなんだ。

 ないじゃないか、そう思うしか。

 俺は負けない。

 俺のための話を根拠なく待ち続けていられるほど俺は気長ではない。

 行きたい場所への電車がないなら、自分でレールを敷くしかないんだ。


         ●


 それこそが詭弁だって?


 他人にかこつけているだけのプライドそのものだと?


 自分の書くものに意味があると思っているじゃないかって?


 わかった。認めよう。俺は欺瞞ぎまんに満ちた人間だ。だが最後にひとつだけ。


        ●

 

 投稿サイトなんかで、なぜこんな作品に人気があるのかと疑問に思ったことはないか。その理由を時代やら空気やらシステムやらに求めたことはないか。俺はある。だが気付いた。それは間違いだ。理由があるとすれば、それは自分自身なんだ。なぜ、と思った時点で、そこに集う人たちを馬鹿にしてしまっている。わかっていないのだ、と誰かが言う。だが、わかっていないのは、どっちだ。


         ●


 さて。


         ●        


 ★☆☆☆☆

「エンタメを書くならエンタメに徹するべきです。新しいものを書いているつもりなのかもしれませんが、中途半端で読んでいてイライラします。悪ふざけとしか思えません」


 ★☆☆☆☆

「これがなぜ純文学ジャンルに置いてあるのかが理解できません。SFやサスペンスでは自信がないということでしょうか。気持ちはわからないでもありませんが、はっきり言ってナメていると思います」


 ★★☆☆☆

時折ときおり考えさせられる部分もあるだけに、剽窃ひょうせつまがいのタイトルや設定が残念だ」


 ★☆☆☆☆

「私も高校で文芸部に所属していますが、こんな小説を見せられたら部長と同じ態度を取ると思います。文芸に対する悪意すら感じます」


 ★☆☆☆☆

「時間の無駄だった」


 ★☆☆☆☆

「話が途切れたり登場人物がメタな発言をしたりするたびに冷める。かといって物語自体もたいして面白くない」


 ★★★☆☆

「言いたいことはわかるが、おそらく誰にも届かない叫びだろうという気がする。賢明な読者なら途中で放り出すだろうから」


 ★☆☆☆☆

「作者が驚かせようとしている仕掛けが、読者にとってはことごとく失望である」


 ★★★★☆

「僕はけっこう好きですよ。普通の小説に食傷気味しょくしょうぎみだから。何が言いたいのかはわからないけど」


 ★☆☆☆☆

「才能のなさを必死でごまかしている。見苦しい」


 ★★☆☆☆

「自分でも書いている人には少しは響くのかもしれないけれど、一般読者にはどうでもいい話だ」


 ★☆☆☆☆

「よお小林、まだ書いてんのか。せいぜいとらぬたぬきの皮を数えながら生きるがいいさ」


         ●


 小林猫太様


 平素は『小説家になるぜ』をご愛顧あいこいただき、誠にありがとうございます。

 さて、貴殿よりご投稿いただきました作品『とらぬ狸の超電磁ヨーヨー(とらぬたぬきのハイパーウェポン)』につきまして、著作権に抵触する恐れが複数の読者様より指摘されました。これを受けて事務局で精査の結果、誠に勝手ではございますが、本作を公開停止とさせていただきましたことをお知らせいたします。なお、今回の措置につきましてご意見がございましたら、当事務局までご連絡願います。

 今後とも『小説家になるぜ』をよろしくお願い申し上げます。


『小説家になるぜ』事務局


         ●


 クッソ笑う(笑えない)



         ※


         

「勝手に人を出すなよ」

 原稿を読み終えた文芸部部長曾根崎そねざきは、表情ひとつ変えずに俺をめ付けながら言った。

「しかもこれじゃ悪役だ。気分が悪い。だいいち俺はこんなこと言わない」

「そうかあ?」俺はわざと皮肉を込めた口調で答えた。「なら名前は変えるさ。本名の方が書きやすかったもんでね。リアリティが違う」

「おまえ、俺をどんな人間だと思っているんだ……いや、そんなことはどうだっていいんだ。それより、」

 片方のまゆを吊り上げて言う。

「パクリじゃねえか!」

 曾根崎の口許が少しだけ笑っているように見えたのは、たぶん気のせいだろう、ということにしておく。


(『とらぬたぬき超電磁ヨーヨーハイパーウェポン』・完)

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とらぬ狸の超電磁ヨーヨー(とらぬたぬきのハイパーウェポン) 小林猫太 @suama

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