03

 サンタクロースはカーペットの上であぐらを組んで、ぼくの話を聞いていた。

 はじめは、なにか口を挟もうとしていたが、そのたびにぼくがかれをさえぎって話をつづけるから、やめたようだ。かれは、いわく言いがたい視線をぼくに向けていた。しだいに退屈を隠さなくなった。

 口をすぼめてあらぬ方向へ息をはき、小指で耳をほじくって爪の先にたまった垢をそのへんにとばした。冷淡きわまりないそのようすを見て、ぼくはかれがなにを言おうとしていたのか、遅ればせながらわかったような気がした。しぜん、言葉をつづけられなくなった。


 部屋に沈黙がおりた。ぼくは訊いた。

 「そのマンガを持ってきてくれたわけじゃないんですね?」


 サンタはあいかわらずじっとぼくを見ていた。

 そして言った。

 「そうだ」


 「なんで持ってきてくれないんですか? ぼくはほんとうにほしかったのに!」


 「かりにさっき言ったことがほんとうだったとしよう」サンタクロースは言った。「おまえがマンガをなくしたせいで葉介くんが困っている。なるほど、そのとおりだろう。で、そのときマンガをほしがっているのはだれだ? おまえじゃなくて葉介くんだろうが」 

 「じゃあ、どうしろっていうんですか?」ぼくは顔が赤くなった。声が思わずと裏返った。「サンタさんはぼくが友だちを大切にするなって言うんですか? 友情はどうなるんですか!」


 「そんなことはひとことも言っていない。友だちは大切にしたほうがいいに決まってる。それはそうだろう。ただわたしはプレゼントを持ってきただけで、おまえの友情の問題をどうにしたいわけじゃないのさ。わたしは、おまえがほんとうにほしいものを持ってきた。その言葉にうそはない」


 「じゃあ、ぼくがほんとうにほしいのは友情ですよ。友情をください!」

 ぼくはサンタへ向けて手のひらをつき出した。

 「さあ、くださいよ! うそをつかないんでしょ!」


 「ほしいものは友情か! ものは言いようだな。しかし、わたしはこうも言ったぞ。おまえのほしいものはこの袋のなかに入っている、と」サンタはそう言って、またおおきな白い袋を示した。さっきに比べて、中身が半分くらいになっている。「おまえは友情がこの袋に入れられるようなものだと思っているのかな?」 


 「サンタさんならできるでしょ、できなきゃほんとうのサンタクロースじゃない!」


 「そんなことできるわけないだろう。わたしは神さまじゃない。ただのサンタクロースだ。おまえ、ちょっとおちつけ。おまえがふざけてなかったということは信じてやろう。ひねくれたやつでもないのだろう。しかし、あんまりバカすぎると、やっぱりプレゼントはわたせない。頭を冷やせ。とくべつに、もう1回チャンスをやろう。30分後にまた来てやるから、そのときは正直に言うんだぞ」


 サンタはふたたび去っていった。


 プレゼントにたいする期待はもうなかった!

 ぼくがほしいものは言った気がしたし、すくなくともそれらではないことはたしからしかった。いったい、ぼくがほんとうにほしいものとはなんだろう? それがなんだったとしても、この先ずっと思いだすことも気づくこともなかったら、ほしくないってこととなにがちがうんだろう? べつにいまもらえなくってもかまわない。いつか必要になるのかもしれないが、そのときはそのときだ!


 ひょっとしたら、こんなやりとりがいつまでも続くんじゃないだろうか?

 ぼくが求めて、サンタが断る。何度も何度も繰り返して、朝がくるまでがんばったら、いい子にしたご褒美とか言って、なにかくれるつもりでいるのかもしれない。〝がんばったで賞〟みたいなものだ。

 それはいかにもありそうな話に思えた。

 そして、それはぼくがほしいものじゃないということだって、ありうるんじゃないだろうか。サンタは、ぼくがほしいものを勘違いしていて、ぜんぜん役に立たないものをよこすのだ、それでいて、ぼくがそんなものほしくないと言っても、かたくなに認めない、おまえのほんとうにほしいものはこれだと言い張る、そういう間違いだってありそうなもんじゃないか! だって、あいつは神さまじゃないんだから。さっきサンタじしんが言ったことだ!


 心のなかでサンタをののしって溜飲を下げたぼくは、窓に鍵をかけると、ライトを消して横になった。律儀にサンタの帰りを待つ気にはなれなかった。


 翌朝、ぼくはいつもよりはやく目覚めた。ぐっすり眠った気がした。枕元には、デパートの紙袋が置かれていた。濃いブルーの地に星とツリーが描かれた包装紙にくるまれて、そのなかにはぼくがはじめに言ったあのゲームが入っていた。一緒に、メッセージカードもある。


 「いつもいい子にしているからプレゼントだよ サンタクロースより」


 その日は、朝のジョギングをしないで、ゲームで遊んでいるうちに登校時間が来た。


 クラスでは、みんなもらったプレゼントについて話していた。ぼくと同じようにゲームをもらったやつ、あたらしい服、ぬいぐるみ、絵描き道具一式を買ってもらったやつ、さまざまだ。ぼくも自慢するつもりでランドセルにゲームをしのばせていたけれども、パソコンやペットを買ってもらったやつらにはかなわなかった。なかには、プレゼントをもらわなかったというのもいた。かれにとってクリスマスはフライドチキンとケーキを食べる日にすぎない。サンタクロースを信じていない派の仲間たちと一緒に、信じている派の子どもたちに食ってかかっていた。


 葉介もサンタクロースを信じていない子どもの1人だった。親に頼んでクリスマスプレゼントを前倒しにしてもらったかれは、発売日当日に同じゲームを買ってもらっていた。ぼくはほんのすこし遊んだだけだが、葉介はずっと先までいっている。ぼくのことを知ると、葉介はきさくに話しかけてきた。この先ぼくを待ち受けているという難所や攻略法についてとくとく語って、通信でレアアイテムを渡してくれるとまでいった。


 放課後、ぼくらはそろって通学路にちかい公園へ寄って、ベンチに座ってゲームをした。じっさいに見ていると、葉介はいうほど先に進んでいない。かれが語ってみせた攻略法もあまり役にたたず、耳をあかくして参っていた。ご愛嬌と言うもの、ぼくらはかるく笑いとばした。


 ふと画面から目をあげると、公園の端のほうにあるジャングルジムのうえに、だれかが腰かけているのに気づいた。子どもではなかった。大人、しかも並の大人の倍はありそうな大男で、目をひく赤い衣裳に身を包んでいる。丸まると太ったからだをジャングルジムの天辺にのせて、へりから丸太のような両脚をなげだしている。


 きのうのサンタクロースだった。陽の光の下でみたせいだろうか、服はあちこち擦れたり汚れたりしていて、白いひげも乱れていて、夜みたときよりもずっとくたびれたようすだった。帽子をぬいではげた頭を丸出しにしている。白い袋は膝のうえに置かれて、中はほとんど空だった。


 いや、なにか1つ入っている。


 「うそつきめ!」サンタクロースは腕を組んで、まちがいなくぼくのほうを見ながら、叫んだ。「このうそつきめ! おまえにはもう、なにもやらないからな!」

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きのうのサンタクロース 山茶花 @skrhnmr

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