エピローグ

 ラクトとレオナを巻き込んだ悪魔憑きの事件は、様々な人物の思惑と悲しみが混ざり合い、多くの人間を不幸に陥れながらも、終結することとなった。

 今回の事件の黒幕であるマーシアス・グレイナスは後悔の海に沈んたまま死に、実行犯であるレジーナ・グレイナスは悪魔憑きとして今後研究対象となって、二度と表に出てくることはないだろう。


 クルールは捕まることをよしとせず、結局自らの手で自殺した。ただ、最後にラクトと話をした彼の表情は、まるで肩の荷が下りたように安らかな笑顔で、その姿に狂気の色は完全に消えていたのが印象的だ。

 レオナは二人が何を話したのかは知らない。知らないが、二人で話す姿は仲の良い兄弟が笑い合う様にも見え、微笑ましい物だった。最後に自殺を図るとき、ラクトはそれを止めなかったようだ。それがクルールにとって幸せだったのかもしれない。


 ラクトも最後までその事について触れることはなかったため、レオナも詳細は分からない。ただ、震えている彼を支えようと、そっとその手を握って体温を分け合った。

 そして――




「ママー、ご飯まだー?」

「もうちょっと待ちなさい。それにパパもまだ帰って来てないでしょ?」

「うー……」


 あれから八年の時が流れ、あの事件に関わった人も、そうでない人もそれぞれの人生を歩み始めた。レオナはラクトと結婚し、愛らしい一人娘と共に幸せな家庭を築き上げていた。


「ただいまー」

「あ、パパだ! パパー、おかえりー!」

「あ、まったく」


 父親が帰って来たのに気付いた五歳の娘は、先ほどまでエプロンを引っ張ってぐずっていたのが嘘の様に笑顔に変わり、玄関へと走っていく。そんな現金な娘に呆れながらも、レオナはエプロンで両手を拭くと、玄関に向けて歩き出した。すると靴を脱いだラクトが娘を抱っこしながら笑っているのが見える。


「お帰りなさい」

「ああ、ただいま」

「ママー! パパ帰ってきたよ! だからご飯!」

「だからまだ出来てないの。先にお風呂入って来なさい」

「うん! あ、パパも一緒に入ろ!」

「おお、いいぞー。レオナも一緒に入るか?」


 ニヤニヤと笑うラクト。レオナは一緒に入るという言葉で顔を赤らめてしまう。何年経っても可愛らしい反応を示す嫁は、ラクトにとってからかい甲斐のある最高の人物だ。


「もう、私も入ったら誰がご飯の用意するのよ。今日は駄目」

「ちぇー」

「ちぇー」


 父娘二人揃って唇を尖らし、拗ね始める。そんな様子が可笑しくて、つい笑ってしまう。


「おーい、ラクトー? 私の事を忘れているんじゃないかーい?」


 そしてラクトの背後で泣きそうな声を出しながら顔を出す人物は、今や世界中にファンを持つリングベルトが生み出した大スター、ナル・バレンティア。CGやアシスタントを一切使わない、その身一つで行われる派手なアクションシーンが話題を呼び、あらゆる映画の出演依頼が来ているという。

 特に大口を叩きながらもピンチになると大泣きする姿などは、演技とは思えない真に迫るものがあり、業界内でも話題になっていた。


「あ、結構マジで忘れてた」

「酷い! 泣いちゃうよ、私泣いちゃうよ!」

「うぜぇ」

「あ、ナルさん。お久しぶりです」

「やあレオナちゃん。また一段と綺麗になったね。こんなお嫁さんを貰ってラクトは幸せ者だ」

「あはは、ありがとう」


 ナルはこうしてたまに時間が空くと、ラクトの下に現れては業界内で苛められると愚痴を零していた。すでに同年代でも圧倒的な人気を博している筈なのに、苛められるという彼はもはや天性のモノを持っているのだろう。


「おいリフォン、ママをナンパする悪い奴だ。やっつけろ」

「うん! えいやー!」

「ちょっ、リフォンちゃん!? 痛い痛い痛い、結構本気で痛いから止めて―!」


 ラクトとレオナの娘はリフォンと名付けられ、すくすくと成長していく彼女はもう五歳。一人でパンチも繰り出せる年齢だ。

 かつてレオナに憑りついていた悪魔がリフォンに取り憑き、今では立派な悪魔憑きレディーと化した彼女のパンチは、成人男性を遥かに上回る力を誇る。

 大の大人が小さな少女に泣かされる姿は滑稽で、玄関を笑いの渦へと変えていった。


「まったく、お主らは相変わらずじゃの。レオナ、鍋が噴いとるぞ」

「あ、やばっ!」


 家の奥から出てきたグリアが呆れながらそう言うと、レオナは慌てて台所に走る。

 ずっと一緒だという約束通り、レオナ達は結婚をしてもグリアの診療所から離れることはしなかった。三人で過ごし、リフォンが生まれてからは四人で仲良く暮らしている。たまに現れるラクト達の家族達も、最初はレオナにいい顔をしなかったが、悪魔憑きだと分かれば一転して優しくしてくれた。


「グリアちゃん!」

 リフォンは現れたグリアに向かって飛びついた。家で一番リフォンを甘やかすため、懐かれているのだ。あまりに孫可愛がりをし過ぎるため、たまにレオナに怒られているのもご愛嬌というやつだろう。

「おお、リフォン。よしよし、相変わらず可愛いのぉ……」

「えへへ……」

「相変わらずデレデレだなおい」

「デレデレだね」


 見た目だけで言えば幼い姉妹といった様相で、非常に微笑ましい。実際は十倍以上の年齢差があるが、それについては誰も指摘などしない。

 全員で家の中に入る。ナルこそ部外者であるものの、かなりの頻度で現れるため、気にする者は誰もいなかった。レオナの料理は最初の頃こそ酷い物だったが、結婚してからの上達ぶりは目を見張るものがあり、いつも美味しい料理を出せるようになる。

 ワイワイと家族仲良くご飯を食べる姿を見て、ラクトは知らず知らずのうちに頬が緩む。すでに見慣れた光景だが、例えあと千年経っても自分はこの光景を見て幸せに浸る事が出来るだろうと思っていた。


 それに気付いたレオナが、そっとテーブルの下でラクトの手を握る。


「ねえラクト。私、今凄く幸せよ」

「ああ。俺も、最高に幸せだ」


 辛いこともたくさんあった。悲しいこともたくさんあった。だけどこうして、今を笑い合えている。世界は相変わらず悪魔憑きには厳しいが、それでも少しずつ改善され始め、きっと全ての悪魔憑きが笑える日もいつか来るだろう。


 ゴミ箱に住んでいた悪魔は様々な人と出会い、幸せな日常を得ることになった。それは決して自分だけの力ではなく、共に歩む者、彼を守ろうとする者、そして彼が守りたい者がいたからだ。


「レオナ、リフォン。これからも一生、幸せに生きような」


 そんなラクトの言葉に、二人は笑顔で頷いた。グリアとナルもそんな家族を見て微笑む。きっとこの家族はいつまでも笑顔を絶やさないだろう。


 こうして、悪魔達は幸せに生きることになりました。



悪魔と呼ばれた男は愛を知る 完


―――――――――――――――――――

【後書き】


ここまで読んで下さりありがとうございます。

これにて『悪魔と呼ばれた男は愛を知る』完結です。

自分の好きな要素を詰め込んだローファンタジーでしたので、こうして最後まで読んで下さった読者様がいたこと、大変嬉しく思います。


これからも色々な作品を書いていきますので、良ければ応援よろしくお願い致します!

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悪魔と呼ばれた男は愛を知る 平成オワリ @heisei007

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