エクストラ 

 キジトラが何処いずこかへと旅立って2度目の冬がやってきた。かつて駐車場にたむろしていた猫たちは、駐車場にほど近いタバコ屋の前に集まって会議をするようになっていた。


 ボス猫の茶トラが仕切る形で老猫のブチ、飼い猫のミケ、そして野良のチンチラとアメショーという以前と代わり映えのしない面々で、退屈そうに日々の出来事や相談事などが話し合われている。


 ちなみに飼い猫のクロは飼い主が再度引っ越してしまい、それに伴って町を離れている。


 変わった事と言えば、ブチの痴呆が進んで前以上に意思疎通が難しくなった事くらいで、目立った色恋沙汰も無く、時間が止まった様な日々を猫たちは過ごしていた。


「ねぇ、昨日ふと思い出したのだけれども、以前『キジトラ』って居たよね? あいつ今何してんのかな?」


 アメショーの呟きには追慕の念も愛おしみも無い。本当に『ふと』思い出して気になっただけなのだろう。

 なにしろ猫である。何年も前に居なくなったやつを気に掛ける事はまず無いのだ。


「あ〜、懐かしいね。そもそも何でアイツ居なくなったんだっけ?」


「ニンゲンにもらった飯が美味かったから、それを自分で取りに行って独り占めしてやる、みたいな事を言っていた気がするな…」


 チンチラの言葉に茶トラが答える。アメショーも『そうそう、確かそんなアホな理由で居なくなったんだっけ』と思い出し、ほんの少し懐かしい気持ちになる。


「まぁキジトラあいつも一端のノラだから、きっとどこかで元気にやってるでしょ」


 ミケが興味無さそうに話をまとめる。皆がそうだそうだとうなずく中、ブチはずっと眠っているのか、或いは生きているのかどうかも怪しいほどに動かない。尤もそれが通常運転なのか、他の猫たちはブチの沈黙を気に留める事はない。


「やぁみんな! 久し振り!」


 聞き慣れた、しかしとうの昔に忘れ去った声が響いた。一同が声の主に顔を向けると、以前よりも薄汚れた… 言い換えると精悍な顔つきになったキジトラが佇んでいた。


 それだけでは無い。彼の隣には真っ白な美猫びじんが静かに微笑み、更にはキジトラと隣の白猫をそのまま小さくした様な仔猫が2匹ふたり連れ添っていたのだ。


「おぉ、キジトラじゃねぇか。久し振り、元気だったか? えっと、そちらの新顔は…?」


 茶トラの挨拶にキジトラは『待ってました』とばかりに満面の笑みを浮かべる。


「俺の嫁さんと子供たち。また今日からこの町でお世話になるよ、よろしくな」


 キジトラの言葉に従うように白猫と子供たちが茶トラらに頭を下げる。明日からまた賑やかな集まりになりそうだ。


「それはそうとキジトラおまえ、『ニンゲンのくれる食べ物を探しに行く』とか言ってたのは見つかったのか? 心配してたんだぞ…?」


 茶トラの質問にキジトラは一瞬だけ首を傾げて、あっけらかんとした顔で「なにそれ?」と答えた。

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【完結】ねこかいぎ ちありや @chialiya

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